携帯電話を手にしたアフリカ牧畜民、その光と影

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牧畜民の携帯電話利用調査

 

アフリカ牧畜民の携帯電話利用状況を調査するため、筆者は、ある集落の携帯電話端末保有者10名を対象として、2010年の8月下旬から9月上旬の17日間にかけて、携帯電話利用履歴調査を実施した。その結果、合計239の通信事例を収集することができた。

 

まず、携帯電話の通話相手との距離を分析すると、10km以内の相手が27%、集落内が23%を占めており、半分の通話例が比較的近距離の相手との通話であることがわかった。集落内なら、歩いて行けば、直接話せるのだが、その相手とも、結構、携帯電話で話しているのである。

 

また、通話の内容を分析すると、もっとも多かったのが「連絡」であり、28%を占める。連絡内容は、儀礼の召集から開発援助団体による支援の配分に至るまでさまざまである。それに次いで多いのは「挨拶」で20%を占める。筆者は、遊牧生活に適した利用の方法として、家畜管理に携帯電話が利用されているものと予想していたが、「家畜管理」は、意外にも低い割合(7%)に留まった。つまり、牧畜民は、社会生活の雑多な目的で通話していることが多く、必ずしも遊牧生活に関連しているわけではないことがわかった。

 

BBCが放映した番組では、アフリカ牧畜民は、遠距離の相手と通話して、牧草の情報などを得る遊牧生活のために携帯電話で情報を得ることが強調されていたようだ。しかし、これと反対に、筆者の調査結果は、必ずしもそうした通話が中心ではないことを示していた。「遊牧民だからこういう用途で携帯電話を利用しているのでは」という先入観は禁物なようだ。

 

 

ヤギ・ヒツジの放牧

ヤギ・ヒツジの放牧

 

 

赤い電話番号の怪

 

アフリカの携帯電話利用というと、貧困層でも利用できるメディアとして、その利点ばかりが強調されるが、問題点もある。2010年8月末から9月初旬にかけて、東アフリカのある国では、流言が広まったことがあった。この流言は、特定の電話番号に発信すると、電波の影響で脳から出血し、死に至るので、発信しないように警告する内容のものであった。その電話番号に電話をかけると、その番号が、赤色でディスプレイに表示されるという。

 

この流言は、首都で始まったが、携帯電話による通話、SMS、電子メールを通じて、驚くべき速度で全国に拡がり、ある牧畜民の居住地でも9月に入ると流言が広まった。そこで伝えられた内容は、その番号に発信したことによる死者数の情報が追加されており、すでに首都では9人、西部では8人、比較的彼らの居住地に近い地域では20人が死亡した、という内容になっていた。

 

筆者が調査を実施した集落では、ごく一部の若者を除き、ほとんどの端末保有者がこの流言の内容を信じてしまった。ある老婆は、9月1日にこの流言の内容を聞いて、ただちに端末を、家のなかの金属製の箱のなかにしまい込み、4日後にその内容が嘘だと知らされるまで、一度も端末を利用しなかった。

 

こうして流言が急速に拡大したことは、国民の多くが流言の内容に対する批判的検討力を欠いていたことを示している。いずれにせよ、かつてない速度で流言が拡がったことは、アフリカ遊牧社会では、携帯電話の伝達能力が望ましくない方法で活用された場合、大きな危険性をもたらすことを示していると思われる。

 

 

紛争をもたらし、そして平和をもたらした携帯電話

 

残念ながら、その危険性はすでに現実化している。東アフリカの牧畜社会では、自動小銃などの武器が拡がっており、紛争が頻発している。携帯電話は、この地域の紛争を一変させてしまったのである。ある牧畜民の紛争は、携帯電話普及期の2004年に始まり、2009年に終結したが、この紛争では、携帯電話が紛争の激化に大きな役割を果たした。

 

携帯電話を利用することによって、短期間に多くの戦闘員を動員することが可能になった。以前は歩いて動員するより他なかったが、この紛争では、多くの戦闘で、攻撃をする場合も、防衛をする場合も、携帯電話で援軍要請の連絡が行われ、その結果、それ以前では考えられなかった数百人規模の戦闘員が集結したため、紛争は急速に拡大した。

 

 

少年の脚に残る銃弾の跡

少年の脚に残る銃弾の跡

 

 

しかし、その一方で、携帯電話は平和構築にも役割を果たしている。紛争が終結すると、アフリカ牧畜民は、地域住民同士で自主的に話し合って、携帯電話を利用した民族間連絡網を創り出した。敵対する集団間で、携帯電話の番号を交換することで、小さな事件の情報を共有し、それが集団全体に対する紛争であるとの誤解を解き、紛争の拡大に繋がらないように努めているのである。

 

たとえば、家畜が盗まれると、お互いに情報を共有することで、大きな紛争の意思がないことを確認し、協力して家畜を捜索したりするようになった。実際に、この携帯電話を利用した民族間連絡網が導入されてからは、民族間の紛争件数は激減した。彼らの地域では、はっきりいって、警察はあてにはならない。先進国の開発援助団体も、平和構築支援を実施してきたが、この携帯電話による民族間連絡網は、いかなる外部からの支援にも増して成功を収めていると断言できる。

 

 

携帯電話の光と影

 

グローバリゼーションには光と影がある。冒頭に述べたように、アフリカの牧畜社会への携帯電話の普及は、グローバリゼーションのもっともわかりやすい例だが、そこにもやはり光と影がある。たしかに、国民国家から見放され、電気もガスも水道も固定電話もない地域に生きる貧困層の牧畜民が、携帯電話によって安価にコミュニケーション手段を手に入れることができたことの意義は計り知れない。

 

しかし、同時に、携帯電話が間違った情報を増幅して伝えたり、携帯電話によって紛争が急速に拡大したりしたことを見落とすべきではない。やはり、そこには光と影がある。この意味で、当初、紛争拡大の手段として用いられた携帯電話が、その後、平和構築の手段として用いられたことは、多くのことを考えさせてくれる。アフリカの牧畜民は、いわば、影のなかから希望の光をつかみ取ったのだ。

 

先に述べたように、アフリカ牧畜民が携帯電話を利用していること自体は、何ら驚くべきことではない。これに対して、携帯電話で、敵方と情報を交換することで、紛争を防ぎ、平和を構築していることは、驚くべき試みに思える。ある学会でこの試みを発表したら、参加者が仰天していた。スマホを使いこなすわが国の若い方々や携帯電話関連企業の方々にも、このような試みがあることをぜひ知っていただきたいと思う。

 

アフリカの牧畜民は、国民国家から周縁化された世界のなかで、新しいテクノロジーと出会い、それと格闘し、試行錯誤しながらも、メディアと人間の新しい可能性を切り拓きつつある。この意味で、テクノロジーの最先端は、シリコン・バレーだけでなく、アフリカのサヴァンナでも追求されている。ただ、われわれがそれを知らなかっただけなのである。

 

 

本稿に関連する著作

 

湖中真哉(2012)「紛争と平和をもたらすケータイ─東アフリカ牧畜社会の事例」羽渕一代・内藤直樹・岩佐光広(編)『メディアのフィールドワーク─アフリカとケータイの未来』北樹出版: 136-150。

湖中真哉(2012)「アフリカ牧畜社会における携帯電話利用─ケニアの牧畜社会の事例─」杉本星子(編)『情報化時代のローカル・コミュニティ-ICTを活用した地域ネットワークの構築- 国立民族学博物館調査報告 106』: 207-226。

 

 

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