トルコのEU加盟問題 ―― 加盟交渉、キプロス問題、国内世論

トルコ国内世論

 

加盟交渉が停滞する中、トルコ国内の世論はどのように動いているのだろうか。

 

トルコ政府は一貫してEU加盟をトルコ外交の最重要課題ととらえているものの、欧州委員会が実施している世論調査(ユーロバロメーター)からは、トルコ世論はここ数年EU加盟に否定的になっていることがわかる。加盟支持が最も高かった2004年3月の世論調査(ユーロバロメーター)ではおよそ7割が「トルコのEU加盟は良いことだ」と答えたものの、その後は徐々に低下、2007年後半からは「EU加盟は良い」とする意見は常に過半数を割る状況が続き、2012年11月の調査ではついに36パーセントと過去最低の数字となった。一方、「EU加盟は悪いことだ」とする回答者の割合は33パーセントに達し、こちらは過去最高となった。

 

 

(出所)Eurobarometerより筆者作成 (注)2010-2011年はデータなし

(出所)Eurobarometerより筆者作成
(注)2010-2011年はデータなし

 

 

トルコにおいてEU加盟に向けた国民世論がしぼみつつある背景にはさまざまな要因があるが、トルコの加盟に反対する声が強まるEUに対する幻滅感と、近年経済発展を遂げたトルコの自信という2つの要因が大きく作用している。

 

第一に、トルコにおけるEUへの幻滅が広がった背景を見てみよう。EU加盟国内ではトルコの正式加盟に反対する国々があるが、その中でもフランスのサルコジ前大統領やドイツのメルケル首相は一貫してトルコの加盟に反対してきた。たとえば、メルケル首相はトルコには「特権的パートナー」という地位を与えるべきだと繰り返し述べている。「特権的」というとなにかトルコだけに特別な恩恵を授けることのように聞こえるが、実際にはトルコを準加盟国の立場に留め、人や農産物の移動には制限を課し、EUの補助金も与えないというものである。もちろんトルコはこれをダブルスタンダードと非難し、あくまでも正式加盟を求めている。

 

また、欧州で広がるムスリムやトルコ人に対する差別も、トルコ国内でEUへの幻滅をもたらしている。トルコからの移民労働者が多いドイツでは、トルコ人を標的とした排斥運動が発生している。ムスリム移民の多いフランスやオランダ、オーストリアでもトルコ人に対する偏見が根強い。トルコに対して人権の尊重や信仰の自由を要求するEUにおいてこうしたトルコ系市民に対する差別があることで、ヨーロッパこそがトルコの模範であるとの幻想は急速に後退した。

 

第二に、過去10年間で高い経済成長と政治的安定化を達成し、外交上のプレゼンスを高めたトルコにとって、もはやEU加盟の重要性が低下したとの意見も出てきている。トルコが正式加盟候補国として認められた1999年当時とは異なり、現在のトルコは一人当たりのGDPは1万ドルの大台に乗り、海外からの直接投資も増加、BRICsに次ぐ新興成長国となった。トルコ共和国が1923年に成立して以来、これほどまでにトルコが一気に経済発展の階段を駆け登った時代は過去10年間をおいて他にはなかったのである。

 

政治面では、イスラム寄りのAKPが長期単独政権を樹立し、EU加盟交渉をテコに民主化改革を推し進め、イスラム系政党を弾圧の対象としてきた軍部の影響力を削ぐことにも成功した。こうした改革が一定の成果を上げる中で、民主化を正当化させる外圧として機能してきたEU加盟交渉の意義が薄れ、今後はトルコ国内の内的力学によって民主主義の定着が進むとする研究者も出てきている。

 

外交分野においてもトルコの「欧州離れ」が指摘されている。現政権は中東、中央アジア、アフリカ、アジア諸国との関係強化に力を入れ、欧米一辺倒であった外交からより多元的な外交を展開している。もちろんトルコがEUから「離れた」わけではないが、トルコ外交におけるEUの比重が相対的に低下したと考えられる。

 

したがって、トルコでEU加盟支持率が低下した背景には、EUに対して高まった「不信」と同時に、国力の増大にともないトルコ国民が自信をつけたという2つの要因が働いている。

 

 

加盟交渉はこの秋以降再開

 

キプロス問題などを原因に停滞していたEU加盟交渉は、今年の6月に再開される予定であった。しかし5月末に始まった反政府デモに対してトルコ政府が催涙ガスと放水車を用いて対応したためにドイツ、オーストリア、オランダなど、以前からトルコの正式加盟に反対していたEU加盟国から懸念の声があがった。結局、欧州委員会がトルコの人権状況などに関する報告書を提出する秋以降に交渉開始時期を遅らせることで加盟国は合意に達し、交渉再開取りやめという最悪の結果は免れた。

 

トルコのエルドアン首相は、EUへの働きかけを強化するために、近々EU本部のあるブリュッセルに与党AKPの海外事務所を開設するとしており、加盟交渉を改めて加速化させたい様子である。しかしながら、トルコの加盟交渉は今後も紆余曲折が予想される。

 

トルコはこれまで地道な国内改革を実行してきたが、そもそもEU側はトルコとの加盟交渉はopen-endedだとの立場を明らかにしている。つまり、EUの要求をトルコが満たしたとしても、正式加盟がすんなり承認されるとは保証されていない。また、トルコの加盟の是非を国民投票で決めたいとする加盟国もある。フランスやオーストリアがこうした方針を示唆しているが、両国の世論はトルコ加盟不支持に圧倒的に偏っており、投票の結果は明らかだ。

 

以上見てきたように、トルコのEU加盟には加盟基準を満たすという技術的な課題以上に、キプロス再統合問題という特殊な事情が絡んでいる。そして加盟交渉が停滞し、トルコ人やイスラムに対する排外的風潮が欧州で広がる一方、トルコが近年新興国として自信を強める中、トルコではEU加盟に対する国民的支持はしぼみつつあるといえる。

 

中東・北アフリカ情勢が悪化の一途をたどる中、イスラム社会としては唯一のNATO加盟国であるトルコとEUが今後どのような関係を構築していくのか、まずは今秋に再開予定の加盟交渉の行方に注視すべきである。

 

参考文献

 

・八谷まち子・間寧・森井裕一. 2007年. 『EU拡大のフロンティア―トルコとの対話』信山社.

・Bürgin, Alexander. 2012. Disappointment or New Strength: Exploring the Declining EU Support Among Turkish Students, Academics, and Party Members. Turkish Studies 13: 565-580.

・European Commission. 2012. Turkey 2012 Progress Report.

 

サムネイル「Early morning Ankara」brewbooks

http://www.flickr.com/photos/brewbooks/3626647368/

 

 

 

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