アフガニスタン戦争とアメリカ ―― アメリカ国内政治の展開を中心に

米国にとってのアフガニスタン戦争

 

2001年9月11日の米国同時多発テロ事件(9.11テロ事件)を受け、米国を中心とする北大西洋条約機構(NATO)は2001年10月にアフガニスタン戦争を開始した。当時の共和党ブッシュ政権が同戦争を米国本土が攻撃を受けた9.11テロ事件の報復と位置づけたということもあり、同戦争に対する米国内の支持は圧倒的なものであった。ブッシュ政権のイラク戦争を批判することで2008年大統領選挙での勝利をたぐり寄せ、2009年に大統領に就任した民主党のバラック・オバマもアフガニスタン戦争を「必要な戦争」であると強調し、テロ政策にとっての同戦争の重要性を再確認した。

 

しかし戦争開始から10年以上が経過した2013年現在、このアフガニスタン政策を取り巻く状況は大きく変容しつつある。アフガニスタンでの軍事作戦に対する米国民の支持は低下し、また同戦争を「誤りであった」とする米国民の声も大きくなっている。連邦議会においても、アフガニスタンからの早期撤退を求める声が民主・共和の両政党から上がっている。

 

このような変容を「軍事力で相手を制圧することは得意であるが、長期間に渡り他国を経済的に支援することは苦手である」という米国外交の一般的特徴から説明することもある程度は妥当であろう。しかしアフガニスタン問題の変容過程においては、こうした一般的特徴からは説明しきれない、重要な事案や変化がいくつも観察されてきた。

 

以上の背景を踏まえ、本記事では10年以上にも渡る米国のアフガニスタン政策の変容過程を、主に米国内政治の展開に着目して、できる限り簡潔に整理する。議論の流れとしては、まず共和党ブッシュ政権期(2001年から2009年まで)のアフガニスタン政策について整理し、次に民主党オバマ政権期(2009年から2013年現在まで)のアフガニスタン政策について整理する。これらの作業を行った上で、アフガニスタン政策の変容の象徴とも言えるタリバン(アフガニスタンにおいて最大の反政府武装勢力)と米国との関係の変化について検討を加える。

 

 

ブッシュ政権期のアフガニスタン政策

 

2001年1月に発足した共和党ブッシュ政権は、発足から約9か月後という時期に9.11テロ事件を経験することとなった。これによりブッシュ政権はその外交方針の変更を余儀なくされる。その変化のひとつとして、米国外への軍事介入政策に関する変化がある。

 

2000年の大統領選挙において、ブッシュ候補は当時の民主党クリントン政権の軍事介入政策を批判し、同政権のことを「世界の警察官」のようであると揶揄していた。批判の背景にはクリントン政権によるボスニア紛争やコソヴォ紛争への軍事介入などがあった。大統領選挙において、ブッシュ候補は軍事介入政策に慎重な姿勢を強調していたのである。しかしながら9.11テロ事件を契機としてブッシュ大統領のこのような姿勢は大きく変化する。9.11テロ事件を受け、アフガニスタンへの軍事介入を速やかに実行したのである。

 

アフガニスタン戦争の開戦理由と戦闘目的は明確であった。9.11テロ事件の主謀者とされたオサマ・ビン・ラディンと彼を指導者とするアルカイダの引渡しをアフガニスタンのタリバン政権が拒否したということである。これ以上の対米テロを防ぐためにアルカイダとタリバンを打倒するという、米国益との関わりが明確な戦闘目的が掲げられた同戦争に対する支持は国内的にも国際的にも非常に高かった。

 

前者の国内的な支持については、まず連邦議会の動向が象徴的であった。2001年9月14日、9.11テロ事件に関わった者とそれらをかくまう者に対する軍事力行使を容認するという内容の決議が連邦議会において圧倒的多数で可決された。同決議に対する反対票は下院(定数435)においては僅か1票で、上院(定数100)に至っては反対が0票という結果であった。

 

米国外への軍事介入政策に関しては、連邦議会が介入推進派と介入反対派とに割れることが近年の通例である。湾岸戦争に関する軍事力行使容認決議にしても(1991年)、コソヴォ紛争に関する軍事力行使容認決議にしても(1999年)、またイラク戦争に関する軍事力行使容認決議にしても(2002年)、連邦議会は介入推進派の議員と介入反対派の議員とに割れた。この点を踏まえると、アフガニスタン戦争を念頭に置いた2001年9月の軍事力行使容認決議への圧倒的支持はかなり異例のものであったと言える。

 

また同じく象徴的であったのは、米国内世論がアフガニスタン戦争に対する強い支持を見せていたことである。

 

アフガニスタン戦争に対する米国内世論からの強い支持を示す世論調査は数多いが、例えばギャラップ社による世論調査によると、同戦争を「誤りでない」と回答したのは2001年11月時点で89%、そして2002年1月時点で93%であった。またCBSニュースとニューヨーク・タイムズが共同で行った世論調査によると、同戦争が「良い方向に進んでいる」と回答したのは2002年5月時点で73%であった。さらにアフガニスタン戦争を主導したブッシュ政権は9.11テロ事件の直後から2001年の末まで、常に85%以上という非常に高い支持率を米国民から獲得していた(ギャラップ社)。

 

加えてやや細かいことであるが、孤立主義的な姿勢で知られるパトリック・ブキャナンがブッシュ政権によるアフガニスタン戦争を支持したことも、同戦争に対する米国内の支持の高さをある意味で象徴していた。

 

ブキャナンは大統領選挙の共和党予備選に3度参加したことのある論客で、2002年には『アメリカン・コンサーヴァティヴ』誌を創刊するなど、「保守の立場からの反戦」を掲げている。湾岸戦争やイラク戦争などを始め、冷戦終結後の米国の歴代政権が米国外への軍事介入を実行する度に、ブキャナンはメディアなどを通じて介入反対論を声高に展開してきた。この点を踏まえると、アフガニスタン戦争の開戦当初にブキャナンが「アフガニスタンでの米軍の行動を完全に支持する」と述べたことは注目すべきものである。このようなブキャナンの姿勢からは、国内外からの強い支持をとりつけた同戦争に反対することが、反戦勢力にとっても困難であったということがうかがえる。

 

なお後者の国際的な支持について、米国主導のアフガニスタン戦争は国際社会からも強い支持を獲得した。国連の安保理はタリバン政権に対してビン・ラディンの引渡しを求めたし、またNATOも米国へのテロ攻撃をNATO全加盟国への攻撃であると見なして米国を支持した。

 

このように米国内外からの強い支持を得た同戦争であるが、タリバン政権を打倒するという重要目的が早期に達成されたことにより、同戦争への支持はしばらく高い水準を維持した。その後、ブッシュ政権はアフガニスタンでの作戦をテロ政策の要と位置付けながらも、イラクへの攻撃に軸足を移していく。連邦議会や米国民の関心もその後しばらくはイラク戦争へと傾いていくこととなる。現に2003年から2007年にかけて、アフガニスタンに関する世論調査の数は、その前後の時期と比較すると、圧倒的に少ない。

 

 

 

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