「呪術」という癒し ―― 東アフリカのザンジバルにおける呪術利用

現代でも身近にある「呪術」

 

「呪術」というと、科学を知らない「未開」な人々がおこなう、近代に背を向けたおどろおどろしいもの、というイメージを持たれるかもしれない。

 

私たちは呪術などという不可思議なものと自分とは無関係だと思いがちである。しかし、受験の際に「すべる」「おちる」などの言葉を忌避したり、縁結びのご利益があるというパワースポットを訪れること、また、いわゆる「おまじない」を試してみることも、ある種の呪術的行為であるといえる。つまり、呪術は私たちにとっても身近なものとしてとらえることができる。

 

東アフリカに位置するタンザニア連合共和国の東部に、ザンジバルという島嶼地域がある。ウングジャ島と、それより少し小さなペンバ島というふたつの島を中心とした多数の島々からなるこの地域は、古くよりインド洋交易によって栄えてきた。近年では先進国からのリゾート客を対象とした観光業の進展もあって都市化がすすみ、特にザンジバル最大の都市部であるウングジャ島の旧市街周辺地域に住む人々にとって、病院や薬局、警察、さらには携帯電話やインターネットなどの近代的なサービスまでもが、ごく当たり前の存在となっている。だがそんな近代的な都市空間でも、呪術は身近に存在する。

 

アフリカ大陸の中でも、国や地域によって呪術のありようはさまざまで、タンザニア国内においても地域や民族によってその様相は大きく異なる。ザンジバルにおいては、呪術的行為は何かしらプライベートな問題を解決するための手段として利用されることが多い。それに加えて、呪術的行為は近代的ではないというイメージも強いため、街ゆく人々に面と向かって「あなたは呪術を信じますか?」とたずねても、素直に肯定する人は少ないだろう。しかしながらザンジバルは、タンザニア大陸部からも呪術師が出稼ぎに来ていると言われるほど、呪術の需要が高い土地だとされる。ではザンジバルの人々は、どのような呪術とどのようにかかわっているのだろうか。

 

 

ザンジバルにおける「精霊」と「呪術師」

 

筆者は、2005~2009年の間に合計約20か月間、ザンジバルにおいて観光業に関するフィールドワークをおこなっていた。そしてその際、日常生活を共にしていたザンジバル人の友人たちが「精霊憑依」「コーランを使った占い」「呪物や薬草を使ったお祓い・まじない」などの呪術的行為に関わる場面に何度も遭遇した。なお、ザンジバルはインド洋交易の中継地点であった土地柄、現在も住民の90%以上がイスラーム教徒であるとされるが、精霊を憑依させる行為や、コーランを紐でぶら下げる占い方法などは、イスラームの正統な教えではない。これらはザンジバルという土地で独自に育まれた呪術的行為であると思われる。

 

 

インド洋に浮かぶ島嶼地域ザンジバル

インド洋に浮かぶ島嶼地域ザンジバル

 

 

■精霊憑依

 

まず、ザンジバルには「ジニ」と呼ばれる精霊がいる。それは目に見えないものである。人間世界と並行して存在する世界に住んでいるとも、海からやってくるとも言われている。ジニは、呪術師ではない一般のザンジバル人に憑いていることもよくある。特に女性はジニを持ちやすいとされ、一人の女性に複数のジニが憑いていることも珍しくない。

 

ジニは時折、人間の身体に憑依し、動いたりしゃべったりする。その際には何か欲しい物を要求することもあるが、特に理由もなく、音楽や香りなどの刺激に反応して出てくることもある。ジニを怒らせると良くないことが起きると言われており、ジニを持つ人間は定期的にジニの好きな供物を捧げ、友好関係を保つのが良いとされる。

 

ザンジバルの女性にとって、ジニが憑いていることや憑依状態になることは、日常的ではないにせよ、それほど珍しいことではない。ただし、憑依状態になるためには、ある程度リラックスして集中できる環境が必要なため、道端や人前で突然憑依状態になることは滅多にない。また、たとえば気持ち良い音楽や香りに誘われて憑依状態になった場合は、特に心配されることもなくジニの気が済むまでそのままの状態にされる。

 

だが、もしジニが何か不満を持って表出してきた場合、ジニの性格によっては興奮して人間の身体を傷つけようとすることがある。その時は周囲の人間が羽交い絞めにして動きを押さえ、要求に耳を傾けてなだめるなど、緊張が走ることがある。

 

人間に害をなす悪いジニは、シェタニ(悪霊)と呼ばれる。日常生活において何か悪いことが起きたり、体調や精神状態が急に悪くなった場合、シェタニの仕業ではないかと疑われる。シェタニは自然にあらわれることもあるが、悪意をもった誰かから飛んでくることもある。こういった場合の解決策として、ザンジバルにはジニや呪物を使った治療をおこなう呪術師たちがいる。彼ら/彼女らは、自身のジニと交信することで問題解決のための助言を得たり、依頼者のジニを呼び出して要求を聞いたり、依頼者に憑いたシェタニを祓うことができる。また、生薬や呪物を処方することでシェタニが憑くことを防いだり、呪物を使って「まじない」をかけたりする。以下では、ザンジバルの呪術師たちによる具体的な治療事例を紹介したい。

 

 

 

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