2013.11.21

人道的介入の倫理とその解剖

松元雅和 政治哲学/政治理論

国際 #冷戦#人道的介入#シリア危機#国際道義

昨今のシリア危機の深刻化・複雑化を契機として、今また「人道的介入」の是非に注目が集まっている。人道的介入とは、一国内で大規模な人権侵害が生じており、当事国の政府が侵害の主体であるか、あるいはそれを阻止する意思や能力をもたない場合に、国家や地域機構などの国際社会が主体となって、人権侵害を阻止するための(とくに)軍事的干渉を行うことである。

今日でもしばしば国際的な論争を呼んでいるように、人道のための軍事介入というアイデアには、その直感的な説得力にも関わらず実は複雑な論点が含まれている。本稿では、それを支える価値や原理の問題に立ち返り、人道的介入の理念とその実際の姿を検証してみたい。

人道的介入とは何か

人道的介入をめぐる議論が国際社会のなかで本格化したのは、ソ連の崩壊と冷戦の終結を経た1990年代以降である。冷戦構造のくびきが外れた世界各地では、分離独立や内戦といった国内・民族紛争が同時多発的に生じていた。こうした武力衝突は、領土や資源をめぐる国家間紛争といった従来の戦争像では捉えきれない。具体的には、旧ユーゴ地域やアフリカ諸国で生じている分離独立や内戦のさなかで、一民族が他民族を公式・非公式に迫害する事件が多発し、こうした事態に対処するための措置として、人道のための軍事介入の是非が、冷戦終結後の国際社会で盛んに議論されるようになったのだ(詳しくは最上敏樹『人道的介入』(岩波新書)を参照)。

もちろん、1990年代以前に平和維持・人道支援の取り組みがなかったわけではない。ただし、冷戦期の国連平和維持活動(PKO)は、国連憲章における紛争の平和的解決(第6章)と強制措置(第7章)のあいだの「第6章半の措置」として、限定的な役割を期待されていた。

第一世代のPKOは、第一次中東戦争(1948-9年)時の国連休戦監視機構が先駆けとなり、第二次中東戦争(1956年)における停戦監視を主な任務として始まった。また1990年前後以降のPKO第二世代になると、ナミビアやカンボジアなど、現地の統治活動に関与して国家再建を支援する平和構築の役割が付け加わるようになる。これらの措置は原則的に、当事国からの同意に基づく支援措置だった。

しかし、冷戦終結後の国際社会で生じている国内・民族紛争を前にして、PKOの性質は大きく様変わりする。ある統計によれば、冷戦終結から今世紀初頭までに生じた紛争は116件あるが、そのうち89件は純粋な国内紛争(内戦)であり、また20件は外国の介入を伴う国内紛争だったという(ナイ/ウェルチ『国際紛争』(有斐閣)247頁)。こうした事態を前にして、ときの国連事務総長B・B=ガリは、就任後まもなく『平和への課題』(1992年)を発表して、次世代のPKOが、強制措置に基づく平和強制など、より一層積極的な役割を果たすべきだとの提言を行った。具体的に彼は、紛争地域に展開される、従来の部隊よりも重装備の国連強制部隊の創設を提案している。

こうして、1990年代以降の国連は、冷戦期に米ソに挟まれて積極的な役割を担えなかった過去を払拭すべく、世界の平和創造に向けて非干渉から介入へと大きく舵を切ろうとしていた。

従来の国連PKOと人道的介入の違いのひとつは、同意の有無である。「介入」あるいは「干渉」という用語自体、当事国からの同意を前提とする第一世代・第二世代のPKOからの逸脱を意味している。実際、ガリ事務総長下の国連では、第二次国連ソマリア活動(1993年)など、従来の平和維持に加え、場合によっては当事国の反対も押し切って、重装備のもとに平和強制に踏み込む活動が見られるようになった。ただし後述するように、ソマリアでPKO部隊が現地勢力と実質的に交戦状態に陥り、敵味方ともに多くの犠牲者を出すと、国際社会では平和強制に関して慎重な意見が相次ぐようになった。

場合によっては、国連の承認を経ない一方的軍事介入の試みもあった。例えば、アメリカとヨーロッパ諸国の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)軍は、旧ユーゴ地域セルビアのコソボ自治州で生じているアルバニア系住民への人権侵害を阻止するため、国連の承認を経ないままセルビアに対して空爆を中心とする軍事攻撃を行った(1999年)。国連の承認を経なかったのは、安保理常任理事国の中国とロシアが介入に反対していたからである。国際世論が分裂するなかで一方的に介入が強行されたことは、人道的介入の論点をさらに複雑なものとした。

国益から国際道義へ

以上言及した人道的介入の実践は、国際政治をめぐる私たちの価値観のなかに根本的な変容が生じつつあることを示している。国益の追求を対外政策の最優先課題と見なす伝統的な価値観においては、国際社会における国家の第一義的な関心は、自国民の安寧であり、他国民の安寧ではない。それゆえ、他国で生じている人権侵害に対して、国境を越える道義的義務に従う必然性もない。アメリカの外交官として活躍したG・ケナンが言うように、「政府が担う主たる責務は、それが代表する国家社会の利益に対する責務であって、当社会の個々人が抱くかもしれない道徳的衝動に対する責務ではない」(Kennan, “Morality and Foreign Policy,” p. 206)。

しかし、昨今の世界各地で生じている事態に、国際社会がただ手をこまねいて傍観するだけでよいのだろうか。とりわけ、そうする能力を備えた大国は、自国民の利益のみならず他国民の利益をも配慮すべきなのかもしれない。

例えば、ときのイギリス首相T・ブレアはNATO軍のコソボ介入に際して、「この紛争において私たちは、領土のためではなく価値のために戦う」と宣言し(Blair, “A New Generation Draws the Line,” p. 40)、またチェコ大統領V・ハヴェルはこの介入を評して、「文明の発展が、最終的に人類を、人間こそ国家よりも重要なのだという認識へと到達させた」と宣言した(Havel, “Kosovo and the End of the Nation-State,” p. 4)。単なる国益の追求よりも重要な国際道義がある――こうした価値観の変容が人道的介入の実践を後押ししている。

冷戦終結以降、人道的介入とそれを支える価値観は政治家や知識人から広い範囲で支持を集めている(ウィーゼル/川田編『介入?』(藤原書店))。自国民のみならず他国民の利益に資するために、私たちは国境を越えて、人道的危機に何とかして取り組むべきだというのだ。しかしながら、国益の追求という伝統的な価値観を乗り越えることは、それほど簡単なことだろうか。あるいは、人道介入論者が熱心に推し広める理念とその実践のあいだには、無視できない食い違いが依然として存在しているのではないか。以下ではこの疑問を、介入の目的と方法という二つの観点から検討してみたい。

選択的な介入

はじめに、その本来の理念に照らして介入の現実を分析すると、はたしてそれが人命の保護という国際道義を第一に考えていたのかどうかについて、実は多大な検討の余地が残されている。なぜなら、介入には常に選択性の問題が付きまとうからである。もし人道的介入が、国境を越えて国際道義を追求するという本来の目的に資するものであろうとするならば、気が向いた場合に気が向いた場所にだけ介入するというわけにはいかない。国際社会は、同じような人権侵害に対して同じように対応してきたのだろうか。この点に関して、現実の対応はかなり選択的であったといういくつかの証拠がある。

アメリカの事例を取り上げよう(詳しくはチョムスキー『アメリカの「人道的」軍事主義』(現代企画室)第3章を参照)。

アメリカは1999年にコソボ紛争に介入してセルビアを攻撃したが、ちょうど同時期に分離独立の是非を問う投票を控えていた東チモールで、インドネシア軍が行った弾圧を阻止する努力は怠った。また、旧ユーゴ地域と同様ヨーロッパにほど近いトルコにおいても、クルド人の分離独立運動を弾圧する政府に対して、非難するどころか武器の拠出を行っている。何よりも、パレスチナでアラブ系住民に軍事攻撃を繰り返すイスラエルに対して、アメリカは常に国際社会の最大の擁護者であり続けている。冷戦終結後のアメリカを、善意に目覚めた公平無私の助っ人のように描写するのは、事実認識として多大な疑問の余地がある。

もちろん、すべての問題を同時並行的に解決することが可能とは限らない。介入国と被介入国のあいだの地理的距離があるし(地球の裏側に兵力を展開するのは難しい)、国際的正統性の有無もあるし(とくに安保理常任理事国の反対は重大である)、国内世論の反応もある(経済状況が悪化して介入どころでないかもしれない)。選択的ではあるにせよ、ゼロよりはましだという考えもあるだろう。しかしながら、選択性の問題は、介入が目的としている国際道義そのものの純粋さに疑問符を付ける。地政学上重要な国や地域にのみ介入が行われ、他方で放擲される国や地域があるとすれば、介入の主目的である人命の保護が別の意図を隠すための言い訳に用いられている可能性も否定できない。

例えば1980年代、中米の国ニカラグアにおいて、親米政権を革命によって打倒したサンディニスタ政権に対抗して、アメリカは反政府組織を「自由の戦士」と呼んで軍事的に支援したのみならず、政府軍をたびたび直接的に武力攻撃した。こうしたアメリカの方針が、冷戦下における反共政策の一環だったことは明白であり、本件を検討した国際司法裁判所も、アメリカの「武力の行使が人権確保の適切な方法であるとは、到底言うことはできない」と断じている(波多野他編『国際司法裁判所』(国際書院)290頁)。

これほど明白な例は例外的かもしれないが、自国民の利益も含め、介入国にとって介入の目的が複数ありうること、他国民の利益がその添え物にすぎないかもしれないことは、常に念頭に置く必要がある。

介入の目的が純粋でないという問題は、介入がほぼ定義的に国家主権の侵害を伴うがゆえに、決して軽視できるものではない。そもそも戦後の国際社会では、諸国家が自国の内政に対して排他的権限をもつという不干渉原則が確認されており(国連憲章第2条7)、人道的介入は、現行の国際法に照らすなら超法規的な性格を多分にもち合わせている。

前国連事務総長K・アナンは、ノーベル平和賞受賞記念講演で、介入される側が「国家の主権を人権侵害の盾にすることはやめるべきだ」と主張した(朝日新聞2001年12月11日付)。それはもっともな意見であるが、ならば介入する側が国益の有無を選択性の盾にすることもやめるべきではないか。国際社会の原則はあくまでも内政不干渉であり(この原則を自ら放棄した大国があるだろうか?)、例外の余地があるとすれば、それは介入が他国民の利益を目指すときに限られるのだ。

空からの介入

ともあれ、国際政治を含む政治の場面では、常に選択と妥協が不可避である。例えば、NATO軍によるコソボ介入を受けて、カナダ政府が設置した国際委員会の報告書『保護する責任』(2001年)では、「そうする正当性があるからといって、ありとあらゆる場合で介入を実施することはできないかもしれない」という現実が率直に告白されている(ICISS, The Responsibility to Protect, p. 37)。

そこで本稿では、選択性の問題をいったん脇に置いておこう。しかしながら、たとえ選択された介入を取り上げたとしても、その方法が本来の目的と合致していないことも往々にしてある。例えば、コソボ介入は主として空爆の形式をとったため、それが大使館の誤爆を含む相当多数の民間人被害を生み出し、国際論争の的となった。人道的介入はそもそも無辜(むこ)の人命の保護を目的としているのだから、それが他の無辜の人命の損失を伴わざるをえないのは一層問題含みである。

なぜ介入は空から行われたのだろうか。その理由は、NATOにとって地上軍の派遣が自軍のより大きな危険を伴う可能性があったからである。これには前後関係がある。コソボに先立つソマリアへの軍事介入においては、PKO部隊と現地勢力のあいだで武力衝突が発生し(モガディシュの戦闘)、18名のアメリカ軍兵士を含む多くの死傷者が出た(この事件については、映画『ブラックホーク・ダウン』で概要を知ることができる)。

その後アメリカ政府は、国内世論に配慮して危険を伴う介入に慎重な姿勢をとるようになる。具体的には、1994年の大統領決定指令(PDD25)が国際紛争への派兵を「選択的かつより効果的に」すべきだとの方針を示し、それがコソボ介入にも反映された。米軍を中心とするNATO軍は、他国民ではなく自国民にとっての危険を最小化する方法を選択したのだ。

しかし介入の本来の趣旨に照らせば、これはおかしな話である。なぜなら、自軍の危険を減らすことは人命の保護という国際道義の要請ではないはずなのだから。介入の本来の目的は、自国民を守ることではなく他国民を守ることである――結局のところ、自軍の危険を最小化したければ、介入に参加しないという選択が最適であるに違いない。自軍の危険を減らそうというねらいは、介入の本来の目的を曇らせる。自国の防衛戦争において、軍隊の被害を最小化するために、市民の被害を増大させても構わないという理屈が成り立つだろうか。もし介入が国籍を問わず、人命の保護を目的としているのであれば、人道的介入においても、こうした打算的考量が入り込む余地はないはずである。

国際政治学者のJ・ミアシャイマーによれば、「アメリカの外交政策には道徳主義が染み込んでいるとよく言われるが、人道的な支援においてアメリカ兵が殺されたのは、過去百年の内でもソマリア介入の時だけである」らしい(『大国政治の悲劇』(五月書房)77頁)。無論、国際政治の場面において国益をまったく考慮しない対外政策はありえないと突き放すこともできよう。しかしながら、その真意を介入先の国民に対してどのように説明できるだろうか――やるだけのことはやるが、その場合でも私たちにとっては他国民の命よりも自国民の命の方が大事なのだ、と。

筆者はこの政治判断を軽々しく非難するつもりはない。各国の政治家の存在理由は他国民ではなく自国民の利益を確保することであり、民主国家の場合、政治家はその約束のもとに自らの地位を獲得しているからだ。しかしながら、人命の保護という国際道義のためにこそ国境を越えて武力を行使するという建前のなかに、以上のように自国民と他国民を差別する根拠は見出しがたい。介入する側の危険を最小化するためなら、介入される側の危険を増大させることをも厭わないとするならば、人道的介入という理念自体が自己矛盾に陥っていると捉えられても仕方がないだろう。

人道的な帰結?

人道介入論者は、以上の反論をすべて受け流すかもしれない。

確かに、介入の目的が自国に有利であることも、さらに介入の方法が自国に有利であることも事実かもしれない。ひょっとすると、それは大国の国益追求の産物だったのかもしれないし、政治家の自己満足の産物だったのかもしれない。しかし依然として、介入によって救われた人々は沢山いる。その観点では、総合的に判断すると、やはり介入はされないよりもされた方がよかっただろう。「終わり良ければすべて良し」と言うではないか。結果的により少ない被害でより多くの人命を救うことができれば、介入の意義はあったのだ。

しかし、介入の目的や方法の適切性はともあれ、介入が人道的帰結をもたらしたという主張も同様に疑わしい。例えばNATO軍の空爆は、地上でのセルビア人によるアルバニア系住民の民族浄化その他の人権侵害をむしろ加速化させ、85万人超が空爆後に難民化したといわれている(小池政行『現代の戦争被害』(岩波新書)117頁)。さらには、空爆で使用された劣化ウラン弾が現地に残した健康被害の問題もある。またコソボでは、介入終結後、逆にセルビア人を標的とする暴力が増加したといわれ、その独立宣言(2008年)をセルビア政府が断固否定するなど、民族間の確執は収まっていない。

他の事例も見てみよう。ソマリアでは、国連PKOが撤退した後に国内分裂が加速し、事実上の無政府状態のなかでテロ攻撃や難民流出が続くなど、現在もなおまったく予断を許さない。ルワンダでは、内戦終結後新政府の統治下で比較的早期に社会の立て直しが進み、経済的には順調な発展を遂げているようである。ハイチでは、アリスティド政権への反発から内乱が発生し、PKO部隊が秩序の安定に努めているが、その後も破綻国家ランキングの上位に位置するなど、依然として国内統治の安定化には至っていない。介入の帰結は各事例で千差万別であるが、決して「終わり良ければ……」と手放しで称賛できるものばかりでもなさそうである。

概していえば、人道目的のためであれ、軍事介入に踏み切るということは、その後の平和構築についても責任を引き受けるということである(篠田英朗『平和構築入門』(ちくま新書)第3章)。というのも、そもそも現地政府が破綻しており信用ならないからこそ、外国がその意向を飛び越えて介入を行ったのである。人道的危機をある時点で阻止したからといって、介入主体がただちに手を引くわけにはいかない。例えば、国連PKOによる暫定統治の枠組みを援用するなどして、国際社会全体が、長期間にわたり、新政府を助け、国内統治を安定させなければならないのである。その課題は、復讐行動の抑止や治安の回復から、統治機構の再整備、難民の帰還、経済復興、戦犯処理など多岐に及ぶだろう。

理念の現実化に向けて

それでは、代わりにどうすべきなのだろうか。筆者が別著で言及したように、人権侵害の発生を目の当たりにしてさえ、暴力的手段に訴えない様々な方法がありうる(松元雅和『平和主義とは何か』(中公新書)第6章)。とはいえ、現在国連PKOを中心とする国際活動が、場所と内容によっては効果をあげていることも事実であり、それらを一概に否定すべきではない。より建設的な方法は、非暴力手段と並んで、これまでの介入の問題点を是正し、それをより本来の姿に沿うかたちで再編する道筋を示すことだろう。別著ではその試案として、国内的な警察活動のモデルに従い、介入を国際的な警察活動と見なすことを要約的に提案した(同204頁)。以下ではその内容をさらに敷衍してみたい。

介入を警察活動と類比することの第一のポイントは、それが法の執行の一環であることである。現行の国際法では、人権侵害を取り締まるような法規が国内法のように整備されているわけではないが、それでも戦後の国連体制のもとで、ジェノサイドの禁止や国際人道法の重大な違反行為などが明文化され(藤田久一『戦争犯罪とは何か』(岩波新書)第4章)、国際法学者によっていわゆる強行規範としても考えられている。こうした国際法規範の一環として位置づけられるならば、人道的介入の理念は一国の都合に振り回されない強固な国際的指針を得ることができるだろう。無論、その正統性を担保するためには、国連のような真の国際機構が主体となり、国連安保理あるいは国連総会の承認を経ることが望ましい。

これは上述した選択性の問題の改善を迫るものとなるだろう。ある国の人権侵害を取り締まり、別の国の人権侵害を取り締まらないのは、警察活動として失格である。もちろん、緊急性や正統性との関連で、今この時点で行動を起こすかどうかは状況に左右されるが、それが介入の必要性を認定する基準にはなりえないし、なってはならない。それはまるで、一般市民は御しやすいから優先的に取り締まり、権力者は御しにくいから後回しにすると警察が公言するようなものである。国内の警察活動と同様、法の中立性と公平性という原則に固執することが、介入の信頼性を高める結果になるだろう。

類比の第二のポイントは、国際司法機関との連携をもっと密にすることである。確かに、国内の警察活動には行政活動と区別される司法活動の余地が存在するが、その役割はあくまでも犯罪者を司直に引き渡すことであり、自ら罰することではない。義憤にかられたからといって、警察が私刑(リンチ)に訴えてよいことはありえない。要するに、国内社会と同様に国際社会でも、警察権力と司法権力を独立させることである。他国の人権侵害を取り締まるにあたっては、この種の自己抑制が介入主体に対して求められるだろう。S・ミロシェヴィッチ元大統領の裁判を管轄した旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷やA・ビジムング元将軍の裁判を管轄したルワンダ国際戦犯法廷、常設の国際刑事裁判所などがそのモデルとなりうる。

以上の点は、介入の方法や武器の使用にあたっても方針と制約を示している。警察の第一義的な役割は、当事者のあいだに割って入り、個人の生命・身体・財産を保護し、公共の安全と秩序を維持することである。介入を警察活動と類比することは、平和構築まで含めた人道的介入が、その主体にとって特殊なリスクと負担を伴うという現実を意識させる。国際政治学者のM・カルドーが言うように、「『人間の安全保障』の活動は実のところ、戦争行為を任務とする現行の活動よりも危険である。『人間の安全保障』に携わる者は、他者を救うために彼/彼女の命を危険にさらす。国内での状況下で警察官や消防官がそうすることを求められるように」(『「人間の安全保障」論』(法政大学出版局)263頁)。しかし、この種の危険を引き受けることが、自分ではなく他人を守るために働くことの本質であるはずなのだ。

人命の保護という明白な目的であるからとか、国家間紛争のような大規模な武力衝突に至らないからとかの理由で、人道的介入が一般的な戦争行為よりも実施のハードルが低いなどと考えてはならない。空から爆弾を降らせたり、政権を転覆させたりするだけで人道的危機が収まると想定するのは安直であり、かつ過去の事例に鑑みればまったくの誤りである。自分を守ることと他人を守ることのギャップは決して小さくない。必要とされる装備も異なれば、戦略や訓練の形態も異なってくるだろう。国境を越えて、人道的危機に何とかして取り組もうとするときにこそ、自国民のためになすべきことと他国民のためになすべきことの本来的な衝突が前面に現れる。

だからといって、わが国を含む国際社会が人道的危機に取り組むべきでないなどと言いたいわけではない。そうではなく、その取り組みを引き受けようとするならば、まずはじめに国益の追求を最優先課題とする伝統的な価値観を見直す必要があるということだ。さもなければ、自国民の利益と他国民の利益を同時に追求することがもたらす歪みを、結果的には介入先の国民に押しつけてしまうことになる。それを支える価値や原理の次元から分析すれば、人道的介入は、国家安全保障の延長線上にあるというよりも、むしろ逆の方向を向いている。現存する戦力の新たな存在・活用意義として、「国際貢献」や「海外派遣」といった錦の御旗を掲げる前に、私たちはそれがいかに特殊なリスクと負担を伴うものである――がゆえに一層困難であり価値がある――かを認識する必要がある。

最後に、この観点からすれば、わが国の自衛隊がこれまでカンボジア、ゴラン高原、東チモールなどで果たしてきた、停戦監視や施設整備などの堅実な海外活動を積極的に再評価することができよう。圧倒的な軍事力によって犯罪者に懲罰を与えることだけが、人道的介入のあり方なのではない。むしろ、日々の警察活動がそうであるように、武力をむやみに使用せず、そのプレゼンスによって国際社会の視線が注がれていることを当事者に示し、社会秩序の構築と維持に貢献することが、決して目立つわけではないが、効果的な介入のあり方なのではないか。長期間の地道な活動を通じて、もはや「介入」という劇的な用語が適さなくなるとき、人道的介入はその形容詞にもっとも相応しくなるのだといえるかもしれない。

国連事務総長として第二次中東戦争やコンゴ動乱の解決のために尽力し、後の国連PKOの先鞭をつけながら、任期中に不慮の事故によってこの世を去ったD・ハマーショルドは、生前の日記中に次のような言葉を残していた。

成功――神の栄光のためか、おまえ自身の栄光のためか。人類の平和のためか、おまえ自身の安らぎのためか。この問いにおまえがどう答えるかに、おまえの努力の成果がかかっているのである。(『道しるべ』(みすず書房)147頁)

引用・参考文献

Blair, T., “A New Generation Draws the Line,” Newsweek, 19 April, 1999

Havel, V., “Kosovo and the End of the Nation-State,” New York Review of Books, 10 June, 1999

ICISS, The Responsibility to Protect, Ottawa: International Development Research Centre, 2001

Kennan, G. F., “Morality and Foreign Policy,” Foreign Affairs, Vol. 64 No. 2, Winter 1985

ウィーゼル、E/川田順造編『介入?―人間の権利と国家の論理』藤原書店、1997年

カルドー、M『「人間の安全保障」論―グローバル化と介入に関する考察』山本武彦・宮脇昇・野崎隆弘訳、法政大学出版局、2011年

小池政行『現代の戦争被害―ソマリアからイラクへ』岩波新書、2004年

篠田英朗『平和構築入門―その思想と方法を問いなおす』ちくま新書、2013年

チョムスキー、N『アメリカの「人道的」軍事主義―コソボの教訓』益岡賢・大野裕・S・クープ訳、現代企画室、2002年

ナイ・ジュニア、J・S/D・A・ウェルチ『国際紛争―理論と歴史 原書第9版』田中明彦・村田晃嗣訳、有斐閣、2013年

波多野里望・尾崎重義編『国際司法裁判所―判決と意見 第2巻』国際書院、1996年

ハマーショルド、D『道しるべ』鵜飼信成訳、みすず書房、1999年

藤田久一『戦争犯罪とは何か』岩波新書、1995年

松元雅和『平和主義とは何か―政治哲学で考える戦争と平和』中公新書、2013年

ミアシャイマー、J『大国政治の悲劇―米中は必ず衝突する!』奥山真司訳、五月書房、2007年

最上敏樹『人道的介入―正義の武力行使はあるか』岩波新書、2001年

最上敏樹『国境なき平和に』みすず書房、2006年

謝辞 本稿のテーマ設定にあたっては、塩川伸明先生より頂いた拙著の書評から示唆を受けた。またその執筆・修正にあたっては、北海道大学法理論研究会において、ご出席の先生方より沢山の有益なコメントを頂いた。共に記して深く御礼申し上げる。

サムネイル「PKO」Vince Alongi

http://www.flickr.com/photos/vincealongi/5596500063/

プロフィール

松元雅和政治哲学/政治理論

1978年東京都生まれ。関西大学政策創造学部准教授。英国ヨーク大学大学院政治学研究科修士課程、慶應義塾大学大学院法学研究科博士修了。博士(法学)。著書に『平和主義とは何か―政治哲学で考える戦争と平和』(中公新書)、『リベラルな多文化主義』(慶應義塾大学出版会)、共著に『守る―境界線とセキュリティの政治学』(風行社)、『実践する政治哲学』(ナカニシヤ出版)、翻訳にM・ウォルツァー『正しい戦争と不正な戦争』『戦争を論ずる』(共訳、風行社)など。

この執筆者の記事