「アラブの春」は今どうなっているのか?――「自由の創設」の道のりを辿る

立憲過程の動揺──多数決型からコンセンサス型へ

 

このように4カ国の移行期は、それぞれの政権崩壊のあり方や、それ以前の国家建設の経緯に由来して、異なる担い手によって進められ、異なる経緯を辿ることになった。そして移行期の政治の最大の課題である憲法制定に関しても、4カ国で事情は異なっている。移行期の過程で、各国とも軌道修正や大幅な変更を迫られている。

 

各国の立憲過程のあり方とその変化を見ていくために、ここではアレンド・レイプハルトが民主主義諸国を分類するのに用いた「多数決型」と「コンセンサス型」の概念を応用してみよう。レイプハルトはイギリスの「ウェストミンスター型」に代表される、選挙によって多数派を獲得した勢力が統治を行う「多数決型」と、スイスやベルギーなどに原型が見られる、社会の幅広い勢力からの代表選出を制度的に行う「コンセンサス型」に民主主義諸国を分類し、通念とは異なり、純然たる多数決型民主主義はそれほど主流ではないことを示した(*2)。

 

(*2)アレンド・レイプハルト『民主主義対民主主義──多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究』粕谷祐子訳、勁草書房、2005年。

 

レイプハルトの議論は定着した民主主義体制についてのものであり、民主主義が定着するかどうかまだ定かでないアラブ4カ国について適用するのは適切と言えないかもしれない。しかしここで問題にするのは、移行期の暫定的な政治過程における、憲法制定という課題に限定した決定機関の選出法である。安定した民主主義に到達するための過渡期にどのような制度がありうるのか、アラブ諸国は試行錯誤、あるいは「実験」をしていると言っても良い。その過程の制度を「多数決型」と「コンセンサス型」の概念で読み解いてみることにする。

 

すでに見てきたように、移行期のアラブ4カ国は、いずれもある種の「革命」的な変動を過去3年の間に経験したものの、単一の革命勢力がそのまま臨時政権を樹立して立憲過程まで取り仕切ってきたわけではない。「革命的正統性」を体現し、「人民の意思」を自らがそのまま代表すると主張できる主体が組織化し統一した形で存在していない。そこから、何らかの形で立憲過程の代表者を選出して、改めて「人民の意思」を表出する手続きが必要となる。

 

アラブ諸国の移行期を見れば、大きく分ければ、選挙で立憲過程の代表者を立憲議会に直接的に選出して多数派の主導による立憲過程を進める「多数決型」の手続きと、選挙を必ずしも経ずに、地域、民族、宗派、部族、職能団体、労働組合そして既存あるいは新興の政党といった各階層・各勢力から代表者を選出した「国民対話」型の会議で立憲議論を行う「コンセンサス型」の手続きが認められる。

 

チュニジアの場合、2011年10月の選挙で選ばれた議員がそのまま「立憲議会」を構成するものとされている。直接選挙による、多数決型の憲法制定過程が設定されたのである。ただし第1党のナハダ党が絶対多数の議席を取れず、イスラーム主義の他の勢力も政治的組織化に未発達だったことから、思想信条を大きく異にするリベラル・左派との連立政権を汲んだことで、一定のコンセンサス確保を目指したと言えよう。しかし2013年に進んだ野党・旧体制勢力の結集の動きが進み、政権としては退陣の表明を迫られた。ただ、立憲議会の解散・再選挙については拒否しており、制度としては多数決型で、運用面でコンセンサス確保を目指す手法での立憲過程を維持しようとしている。

 

エジプトの場合、暫定政権を担った軍の設定した移行の工程表では、2011年から12年にかけて選出された人民議会・諮問評議会は、そのまま立憲議会とはならないものとされた。そして立憲議会(憲法起草委員会)は、多数決原理ではなく社会各層・各勢力から選出するものとされ、その中での議員の割合はごく少数に限定されるものと規定された。そもそも憲法起草委員会委員を、議会両院の議決によって選出するか否かすら、当初は曖昧だったが、選挙で相次いで勝利したムスリム同胞団(自由公正党)は、議会での多数決による立憲会議の議員選出を強く主導し、イスラーム主義勢力が多数を占める立憲会議を成立させた。

 

ムスリム同胞団は少数派のボイコット戦術を押し切って、2012年12月の新憲法制定に持ち込んだものの、これに対して高まった世俗派各勢力の反発が、革命派と旧体制派の合流をもたらし、2013年7月3日のクーデタを呼び込んだ。2013年制定の憲法は停止され、軍と暫定政権が指名した新たな立憲会議(「50人委員会」と呼ばれる、諸政治勢力・団体・学者・知識人・若者などの各種代表者からなる)によって実質的に新たな憲法制定といえる大幅な改正の審議が進んでおり、早ければ年内にも新憲法案への国民投票が行われる見通しになっている。

 

軍が設定した曖昧な「コンセンサス型」の立憲過程において、議会や大統領選挙での多数派形成を背景に、ムスリム同胞団が「多数決型」の運用を行って、一度は憲法制定を果たしたものの、大衆動員と軍の介入によって強制的に停止させられ、よりコンセンサス的な手続きによる立憲過程のやり直しがなされていると言える。問題はやり直しの立憲過程からムスリム同胞団が超法規的・暴力的に排除され、その意思がコンセンサスの中に含まれていないことである。

 

リビアの場合、カダフィ政権との内戦の過程で国民移行評議会が示した工程表では、国民議会が選挙によって選出された後、今度は国民議会が立憲議会(憲法起草委員会)を「選出」するはずであった。この場合の「選出」が、議会の投票によるものなのか、また議員の間から選ぶのか、あるいはまた投票ではなく協議・対話によって、より広範な社会諸勢力への憲法起草委員会委員の議席の配分を行うのかは曖昧なままだった。

 

状況をいっそう紛糾させたのは、国民移行評議会が国民議会に権限を委譲して退陣する直前に、工程表を改正し、憲法起草委員会もまた直接国民によって選挙されると定めたことだ。このような決定が合憲であるかが司法の場で争われると共に、立憲過程のあり方と主体そのものについての議論が振り出しに戻ることで、リビアの立憲過程は停滞し長期化した。そもそも国民移行評議会の決定の「合憲性」を判定する憲法規範が確立あるいは存在しているかどうかが定かではない。

 

結局、2013年7月に国民議会で憲法起草委員会選挙法が可決され、リビアを構成する三つの地域(トリポリタニア、キレナイカ、フェッザーン)に均等に20議席ずつを配分し、ベルベル民族など少数派への割り当ても規定した60人からなる憲法起草委員会を直接選挙で選出することになった。この場合、国民議会との権限の相違や上下関係が将来の問題になる。治安を含めた各種の政治的混乱が続く中で、選挙の実施のめどは立っていない。

 

そうこうしているうちに8月にはザイダーン首相が国民対話会議の開催を提唱した。それによれば、選挙を経ずに、地域・部族・団体等の幅広い諸勢力から代表者を選出し、諸問題に関する議論を行う協議体の設立を目指している。選挙によって選ばれた代表者による多数決原理の決定に限界が見えてきたところで、コンセンサス型の機構を導入する試みと言える。しかし選挙で選ばれた国民議会と、選挙で選ばれることになっている憲法起草委員会、そして選挙を経ない国民対話会議が並存した場合、どこに国民の真の意思が反映されているのかが、少なくとも短期的には分かり難くなるだろう。

 

これに対してイエメンでは、2011年11月の合意の当初から、国民対話会議による、選挙を経ない代表者間での、オープンエンドの協議によってコンセンサスの形成を目指しつつ、当面の危機を回避・先送りするという手法が採用されてきた。そこから、大統領選挙でも対抗馬が出されないなど、政治的な自由化や競合が十分に進んだとは言えない。サーレハ前大統領や側近の追及もなされず、支配政党が依然として最大勢力として、そしてサーレハ前大統領を党首として存続している。十分な改革がなされず、なし崩しに旧体制が復活する可能性が残されている。

 

しかし当面の内戦や衝突を回避するだけでなく、国民対話会議を通じて、これまでになく多様な諸勢力が発言の場を得て、かつてなら弾圧の対象となるような自治や改革、そして分権制や連邦制の要求まで行えるようになったことも確かである。しかしコンセンサス形成を待つ以上、決定までには多くの時間を要する。国民対話会議で諸勢力が多種多様な要求を表明することで、社会に遠心力が高まっていく一方で、既存の支配勢力の変化や自由化への抵抗も頑強になり、一定の「落としどころ」を諸勢力が見出すまでにかかる時間は極めて長いと思われる。その間に国内・国際環境の変化が生じれば、国民対話会議の効力を減じさせないとも限らない。

 

 

アラブ世界に「自由の創設」はなるか

 

上記の4カ国では、移行期の立憲プロセスという地味な過程に注目すれば、派手なデモや暴動や、テロや内戦といった事象とはまた別の、困難な試みが進められていることが分かる。

 

大きな流れとしては、イエメンを除く各国では、「アラブの春」による政権崩壊後、それまでには不可能だった自由で競争的な政治・政党活動を解禁し、自由で公正な選挙を実施して、民意の所在を明確にしようとした。そこから「多数決型」の決定による立憲プロセスがまず試みられた。しかし選挙による多数決型の意思決定が、社会の中のかなり大きく、かつ有力な層から強い不満を呼び覚ましたことで、コンセンサス型の代表者選出による意思決定を導入しなければならない段階にいずれも至っている。

 

確かに、政治的な組織化や動員が長く制限されてきたアラブ諸国では、不意に開かれた政治な自由の空間で、一度だけ行われた、あるいは短期間の間に複数回行なわれた選挙の結果だけに基づいて、多数決型の意思決定を推し進め、恒久的な体制を定めてしまうのは、時期尚早と言えるだろう。しかしコンセンサス型の意思決定は、その選出の手続きや運用の如何によっては、単に従来からの「声の大きい」既得権益に再び大きな意思決定権を配分することにつながりかねず、「革命」の際に期待された改革が停止され、抑圧的・強権的体制の再構築につながりかねない。その場合民衆のデモなどによる不安定化が再度引き起こされ、政権の動揺や崩壊を経て振り出しに戻る、ということになりかねない。

 

しかしこれらはアラブ諸国の固有の文化や心性に由来するというよりは、「民衆の意志を体現する」ことによって正統性を確保する民主政体の成立に必然的に付随する困難である。アラブ世界に「自由の創設」はなるか──「反乱」の段階を越えた、地道で困難な道のりを、粘り強く見届けていく必要がある(*3)。

 

(*3)4カ国の移行過程のより詳細な事実関係は、雑誌『UP』(東京大学出版会)2013年12月号および2014年1月号に掲載予定の拙稿「アラブ諸国に『自由の創設』はなるか」(上・下)にまとめてある。

 

サムネイル「Tahrir Square on February11.png」Jonathan Rashad

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Tahrir_Square_on_February11.png

 

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