インドIT産業とグローバル化の幽霊――繋がること、切りはなすこと、そして折りたたまれる世界

テレビや新聞でごく自然に用いられ、ありふれた表現となった「グローバル化」。しかし、この言葉が何を指しているのかは漠然としています。もちろん経済自由化を基盤にした交易範囲の拡大、インターネットを通じた情報の共有、地球規模の環境問題への取り組みといった個別のトピックは思い浮かびますが、ではそうした現象が私たちの生活をどのように変えてきたのかは必ずしも明確ではありません。ここでは、インドIT産業の発展とそこで働くインドの青年たちの日常生活をみていくことで、グローバル化が私たちの生きる世界にいかなる影響を与えているのかについて考えていきます。

 

 

グローバルな協働

 

インドのIT産業は、国外市場向けのソフトウェアの輸出を中心として成長してきました。ただし、ここで言う「輸出」は、この言葉の一般的なイメージとは大きく異なるものです。IT企業が販売するソフトは、顧客の要望に応じて開発され導入されメンテナンスされ、それらの作業の多くは、おもに欧米に本拠をおく顧客企業のサーバーに直接アクセスすることで行われます。さらに、国外企業の業務の一部をインド企業が代替するBPO (ビジネスプロセスアウトソーシング)や、カスタマーサービスを代替するコールセンターなどのIT-es(IT enabled service)企業もまた、インドIT産業を構成する重要な要素となっています。

 

このように、インドITの産業形態は、情報ネットワークを介して国外企業のIT部門や業務の一部をインド企業が担当するものであり、単なる輸出やアウトソーシングというよりも、ITを基盤とするグローバルな協働として把握できるものです。こうしたグローバルな協働は、まずもって労働の成果や対象をコンピュータが扱うことのできるデータ(デジタルな数列)に置き換えることで可能になっています。インドで開発されたソフトはデジタルな数列であるからこそ、顧客企業のサーバーに直ちにアップロードされ、修正やメンテナンスを随時ほどこすことができます。BPO 企業による顧客企業の業務の代替もまた、業務のステップやルールがあらかじめ実装されたソフトを用いて行われます。

 

出身地域や文化的背景が異なる人々が世界各地でおこなう労働の対象や成果が、均質なデータに置き換えられることで繋がっていく。インドITにおけるグローバルな協働を支えているのは、まずはデジタルな数列を介した労働の標準化であると言えるでしょう。

 

 

標準化と多様化

 

とはいえ、デジタルな数列にもとづいて標準化されたグローバルな労働空間において、文化的・社会的な背景が完全に消え去るわけではありません。むしろ、協働のプロセスが標準化されるからこそ、労働に関する常識や慣例の些細な違いが大きな問題となり、協働を担う人々の文化的な多様性が注目されるようになります。納期を守れなかった際の対処、上司との関係、仕事に対する責任の所在、オンサイト業務(顧客企業を訪れて行う業務)での勤務時間外のつきあい方など、誤解やあつれきが生じるポイントは無数に存在します。

 

インドのIT企業がグローバルな協働を円滑に進めるためには、顧客企業における異なる考え方やふるまいにうまく適応しなければなりません。こうした必要性は広く意識されており、インドIT企業の多くが「Cultural Sensitivity Training」などと呼ばれる研修セミナーを通じた通文化マネジメント(Cross-Cultural Management)を行っています。

 

これらのセミナーでは、しばしば、欧米とインドの文化的な違いを構成する様々な要素が列挙されます。「物質主義/宗教的」、「進歩としての変化/伝統への依拠」、「個人的達成の重視/親族などの人間関係に根ざした労働」。対立的に把握されたこれらの要素において、ITワーカーたちは後者を維持しながら前者に適応するように教えられます。自分たちの文化的伝統を捨て去る必要はないけれども、IT産業で成功するためには「彼ら」(顧客企業で働く人々)の文化や慣習を理解し、彼らの考え方やふるまい方にあわせて柔軟に対処しなければならない。繋がること、切りはなすこと、その両方を使い分けることが不可欠になるわけです。

 

インドITの成長を説明する際には、政府によるバックアップ、英語話者の多さ、数学的・論理的な思考能力の高さ、安く優秀な大量の労働力の存在などが挙げられますが、文化的な差異にフレキシブルに適応する能力を持った人材が育成されてきたこともまた、成長の大きな要因であると考えられます。

 

 

バンガロール市内のIT企業

バンガロール市内のIT企業

 

 

 

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