『自由と壁とヒップホップ』――今は行き場のない世界でも、魂の叫びは壁を越えていく

パレスチナのラップ・ミュージシャンたちの活動と交流を描いたドキュメンタリー映画『自由と壁とヒップホップ』(原題:Slingshot Hip Hop)が、渋谷イメージフォーラムで公開中だ。イスラエルの支配によってばらばらに分断されたパレスチナ各地の若者たちが、音楽と詞の力で苛酷な現状に立ち向かい、互いの絆を深めていく姿が胸に響く。12月14日の映画公開を前に来日した、パレスチナにルーツを持つアラブ系アメリカ人のジャッキー・リーム・サッローム監督に話を聞いた。

 

 

ネガティブなステレオタイプ

 

山本 『自由と壁とヒップホップ』はすごくパワフルな映画ですね。「パレスチナ」と「ヒップホップ」という組み合わせも新鮮ですし、登場人物がすごく生き生きしています。「パレスチナ人」という言葉だけでは括れない、一人ひとりの個性が光っている映画だと思いました。

 

ジャッキー そう言ってもらって嬉しいです。ありがとうございます。

 

山本 最初に、ジャッキーさんの生い立ちについてうかがいたいと思います。ジャッキーさんは米国ミシガン州のデトロイト市に近い、ディアボーンのご出身ですね。ディアボーンは全米でもニューヨークに次いで大きい、アラブ系住民のコミュニティがあることで知られています。お父さんがシリア出身、お母さんがパレスチナ出身ということですが、幼いころは自分の出自についてどう感じていましたか。

 

ジャッキー アメリカで生まれ育ってきましたが、メディアを通じて描かれるアラブ人像はほとんどネガティブなものでした。アラブ人やパレスチナ人のイメージは、だいたい「テロリスト」や「野蛮な人々」というものなんです。

 

ですから、自分がアラブ系であることを友だちに隠していた時期もありました。母がアラビア語なまりの巻き舌でRを発音するのも恥ずかしかった。母は「アラブ人であることに誇りを持て」と教えてくれましたが、私は「アラブには料理以外に誇るべきことなんかないわ」と言い返すこともありました。

 

しかし、成長するにつれ、私は自分のルーツを受け入れていきました。特に、パレスチナの政治状況を意識するようになってからは、それを人々に伝える仕事をしたいと思うようになりました。

 

山本 アラブ人の中でも、特にパレスチナ人は、米国のメディアでは悪く描かれるんでしょうか。

 

ジャッキー そうですね。米国はイスラエル寄りですから。一方で、そうした状況があったからこそ、私は今の仕事をしています。アートを通じてアラブ人に対するステレオタイプに挑戦したいと考えるようになりました。

 

山本 そもそもアートの道に進もうと思ったのはなぜですか?

 

ジャッキー 子どものころから絵を描いたりするのが好きでした。でも、「アーティストになりたい」と両親に伝えると、「とんでもない」と反対されました。大学でグラフィック・デザインを専攻したいと言っても理解されなかったのですが、「コンピューターを学ぶところだよ」と言ったら「コンピュルタル? それはいい!」って(笑)。エンジニアなどの実務的な仕事について、お金を稼ぐことで将来が開けるという考えの人がアラブ系には多いんです。

 

 

ジャッキー・リーム・サッローム監督

ジャッキー・リーム・サッローム監督

 

 

山本 一般のアメリカ人が持っているアラブ人像はどのような感じなのでしょうか。

 

ジャッキー もちろん人によって違いますが、たいていのアメリカ人はあまり海外旅行もしないし、異文化について無知なところがあります。だから、テレビや映画を通じて繰り返し刷りこまれるイメージに影響される部分が大きいんです。

 

約1000本のハリウッド映画を分析したジャック・シャーヒーンの著書『Reel Bad Arabs』によれば、アラブ人が悪く描かれていない映画はほんの一握りです。コマーシャル同様、そういう映画に繰り返し触れることで、アラブ人に対する悪いイメージが刷り込まれてしまいます。

 

私がその『Reel Bad Arabs』の内容を映像で表現した『アラブの惑星』という短編映画を制作し、サンダンス映画祭に出品した際、何人かの観客に「ごめんなさい、私もこれまでこういう映画をあたりまえに受け入れていました」と言われました。多くの人が、映画の中のネガティブなステレオタイプを、無意識のうちに受け入れてしまっていたんです。

 

 

 

 

山本 日本でも同じことが言えます。たとえば『バック・トゥー・ザ・フューチャー』にアラブ人テロリストが出てくるシーンがありますが、大半の人が娯楽作品として違和感なく観ています。しかし、あなたの『アラブの惑星』を観ると、我々がネガティブなステレオタイプを無意識のうちに受け入れていたことに気がつくんです

 

ジャッキー ネガティブなステレオタイプは依然として残っていますが、最近ではインターネットの発達によって世界の状況がより伝わるようになっていますし、アラブ人を等身大の人間として描く、アラブ系の映画監督などの作品も増えてきています。

 

私の『自由と壁とヒップホップ』もその一つです。この映画を見たユダヤ系の青年に声をかけられたことがありますが、彼は「アラブ人は悪い人間だ」と教えられて育ったそうなんです。でも、私の映画に出てくるアラブ人とは友達になれそうだ、って(笑)。この映画で私はパレスチナ人の抵抗を描くだけでなく、彼ら一人一人の人間としての側面を描こうとしました。

 

山本 そこがこの映画の大きな魅力でもありますよね。たとえば「かわいそうなガザ地区の子どもたち」というような集合的な描き方ではなくて、登場人物ひとりひとりの状況や個性がはっきりと印象に残ります。

 

 

 

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