多宗教世界インドの怪談――暴力と姦通と名誉殺人

およそ怪談(幽霊話)というものは、幽霊が現れるという話(幽霊出現譚)とその由来となる縁起から成立している。かけ離れた二つの話を結びつけるのは、時間的には幽霊が執着する「なにか」であり、空間的にはそのようななにかが存在していたとされる場所(たとえば家屋)である。

 

死者がこの世に幽霊となってとどまるのは、やむを得ない理由があるからだ。なにかに執着し、なにかを生者に伝えたいから残ろうとする。こうして、数年後あるいは数十年後に人は悲劇の起こった場所で幽霊に出会うことになる。執着が取り除かれるならそこで幽霊は消滅する(*1)。

 

日本でもヒットしたタミル映画『チャンドラムキ――踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター』(2005年、原作はマラヤーラム映画(*2))では、ある男が新妻ガンガーのために購入した屋敷で、150年前に非業の死を遂げた踊り子チャンドラムキの幽霊に苦しめられる。ガンガーがチャンドラムキの亡霊を封印していた部屋を開けてしまい、彼女を解き放ってしまったからである(幽霊出現譚)。

 

かつてチャンドラムキは王のお気に入りで強制的に妾にされてしまった。しかし、恋人との密会がばれ、恋人を殺され、自身も焼かれてしまう。チャンドラムキは怨念から大蛇になるが、この屋敷の一室に封じ込められていた(縁起)。映画では、封印を解かれたチャンドラムキの亡霊を「成仏」させるため、スーパースター・ラジニ・カーント扮する精神分析医が王への復讐を実現して怨念をはらす展開も見所である。

 

インドは多宗教世界である。多くの神を擁するヒンドゥー教だけではない。一神教のイスラームやキリスト教、また少数ではあるがインドで生まれた仏教、ジャ イナ教、スィク教、ほかに名もない信念や実践が認められる。インドの闇には魑魅魍魎が暗躍しているため、当然怪談もさまざまな形をとることになる。

 

インドの怪談で興味深いのは、そこにヨーロッパの白人、とくに英国人がしばしば登場することである。これは、インドが1947年に独立するまで長いあいだ英国の植民地であったことを反映している。ここでは、白人が登場する怪談を『インドの怪談』(*3)からいくつか紹介したい。

 

本書は、植民地下の20世紀初頭、いまからおよそ100年前に公刊されたもので、シェーカール・ムケルジーが編集・執筆している。12章からなる本書は英語で書かれているが、そこには幽霊譚以外の怪異現象や呪術が紹介されている。筆者が直接聞いたり、体験したりしたものもあれば、新聞記事に基づくものもある。また中には、怪異現象の正体を暴くような話も含まれている。

 

筆者がどのような意図でこのような書物を記し、それがどのようにインド人や英国人に読まれたのかについては別稿に譲りたいが、本書がインド社会だけでなく、植民地時代のインドと英国の関係を考える上でも貴重な書物であることは間違いない。

 

さて、ここではまずイギリス人が登場する事例を紹介したい。

 

(*1)類似の構造はほとんどのミステリー・サスペンスドラマにも認められる。過去の犯罪行為(縁起)、そして最近生じた事件(犯罪の発覚)が結びついたとき犯人も特定可能となる。幽霊の代わりに被害者の恋人や子どもが第二の罪を犯すのである。

 

(*2)タミルはインド南東部の言語、マラヤーラムは南西部の言語である。他言語世界のインドではひとつの映画がヒットするとさまざまな言語でリメイクされるのが一般的である。『チャンドラムキ』については日本語字幕付きDVDが販売されている。

 

(*3)S. Mukerji著、原題 Indian Ghost Stories, 2nd edition, Allahabad: A.H.Wheeler、第2版1917年刊。初版は1914年。

 

 

怪談1 消えた赤ん坊

 

いまから20年ほど前(1890年頃)のことである(*4)。英国出身のブラウン少佐が、その連隊とともにある駐屯地に移動となった。そこでかれはインド人から立派なお屋敷を借りることになった。少佐にとってインドへの赴任は初めてのことだったが、裕福な家の生まれなので、立派なお屋敷を借りることができた。ところが少佐と妻は、3週間もしないうちにここを出てしまい、二度と戻ろうとはしなかった。そのため家賃をめぐるトラブルが生じる。家主は契約通り家賃を払えと迫り、少佐はこれを拒否したため裁判で争うことになったのである。そこで明らかになったのは幽霊の存在であった。

 

ブラウン少佐によれば、引っ越しを済ませて2週間ほど経ったある日のこと、彼らは推理小説に夢中になって真夜中をすぎても眠りにつけなかった。すると、複数の人物が廊下を歩く音が聞こえてくる。足音が大きくなって近くに来たと思ったら、突然寝室から廊下に続くドアが開いて3人の人物が入ってきた。一人目は白人男性、二人目は白人女性、三番目がインド人らしい女性、たぶん乳母だ。皆寝間着姿だった。

 

ブラウン少佐はこう証言している。

 

 

わたしたちは恐怖で声が出せなかった。この招かれざる訪問者たちがこの世のものでないことははっきりしていたからだ。わたしたちは身動きできなかった(*5)。

 

 

3人は、なにかを探すようにしてベッドのすぐそばを通り過ぎ、寝室を隅から隅まで探しまわってから隣の化粧室に移動していったがすぐ戻ってきて、また入ってきたドアから廊下に出て行った。かれらは隣の寝室にも同じように入っていった。しばらくして廊下に出たようだが、もう音は聞こえてこなかった。

 

 

われに返って、手足を動かせるようになるまですくなくとも5分かかったろうか。起き上がって妻をのぞきこむと気絶していた(*6)。

 

 

ブラウン少佐は急いで廊下に出て、離れにいる召使いたちを呼び起こし、妻には気つけのブランデーを与えた。やっと落ち着いたところで、召使いの一人が説明してくれた。

 

この屋敷はインド大反乱(1857-59)の数年後に建てられた。60歳になるこの召使いは当初からここで働いている。あるとき、この家を借りていた判事が、イスラーム教徒の若者に殺人の罪で死刑の判決を下した。このため若者の父親は、判事に復讐を誓っていた。

 

死刑が執行された日の夜、屋敷の庭を怪しい者がうろついていたので不審に思った召使いは、インド人の乳母を起こしにいった。するといつも一緒に寝ている判事の赤ん坊がいない。びっくりして隣の寝室で寝ていた判事夫婦を起こし、赤ん坊を必死に探しまわったが、どこを探しても見つけることができず、警察に通報することになった。

 

警官がやってきたのは朝4時のことであった。警官たちは、半時間ほど探しまわるが見つけられず、かならず発見することを約束して引き上げた。しばらくして判事夫婦と乳母も寝室にもどった。

 

翌朝奇妙なことに彼らは全員死んでいた。一人ひとりの足にヘビの咬痕があったので、毒ヘビの仕業だということになったが、夫婦と乳母は別の部屋で休んでいたのに3人が同じようにして死んでいるのは奇妙なことだった(*7)。結局赤ん坊は見つからず、それ以来毎週金曜日の真夜中になると、屋敷では彼らの幽霊が赤ん坊を探してまわるのである。

 

家賃をめぐる裁判の話に戻ろう。証言台に立った召使いも、母屋に泊まったときに幽霊に出会ったという。そしてこの裁判の判事もまた金曜日に幽霊屋敷に泊まってみたようだ。このときの経験について彼はなにも記録を残していないが、判決は少佐の勝訴となった。

 

その後、この幽霊屋敷は慈善団体に寄付された。団体の指導者たちは信心深いインド人(ただし、この場合はヒンドゥー教徒)だったため、除霊式をしてから屋敷を解体してあたらしい建物を建てた。この家で幽霊を見る者はもういなかった。

 

(*4)Indian Ghost Stories, pp.13-15.

 

(*5)Indian Ghost Stories, p.14.

 

(*6)Indian Ghost Stories, p.14.

 

(*7)さらに言えば、真夜中から起きていたとはいえ、こんなときに寝入ってしまうというのも奇妙な話である。

 

 

 

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無題

 

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