多宗教世界インドの怪談――暴力と姦通と名誉殺人

怪談話から見るインドに根付く対立

 

この怪談は、冒頭で述べたように二つの話からなっている。ひとつは、幽霊たちが生きていた時代のもので、死刑判決を下した判事と被告の若者とその父親という話である(縁起)。もうひとつは、幽霊が出た当時の話で、ブラウン少佐と家主が対立する(幽霊出現譚)。

 

縁起では、判事の判決を恨んだ父が判事の家族(妻と赤ん坊)とインド人乳母に不幸をもたらす。赤ん坊は行方不明になり、判事夫妻と乳母は不審な死を迎える。幽霊出現譚では赤ん坊を探すために毎週金曜日に判事夫婦と乳母の幽霊が現れ、ブラウン少佐夫妻を恐れさせる。その結果、幽霊屋敷の家賃支払いをめぐって家主のインド人と借家人のブラウン少佐夫婦が対立することになる。この裁判では判事がブラウン少佐に勝訴を言い渡す。

 

植民地支配下での権力関係を背景にこの怪談を考えると、最初のエピソードは、非力な立場にあるイスラーム教徒が呪術を使うなどして赤ん坊を拉致するだけでなく、3人の大人を一度に殺してしまったと読める話である。彼の息子の死は、英国植民地政庁の法に基づいた判決によるものであっても、肉親にとっては、納得のいくものではなかったのであろう。

 

とくにインド大反乱の直後であることを考えると、裁判自体が英国による不当な弾圧であると受け止められていたのかもしれない。法に頼ることのできない彼らは呪術に訴え、判事夫婦を殺してしまう。

 

この怪談の縁起に認められる三つの対立はすべて死をもたらしている。

 

 

1)イスラーム教徒の若者×被害者 ⇒被害者の死(殺人、違法)

2)イスラーム教徒の若者×判事  ⇒若者の死(死刑、合法)

3)若者の父×判事とその身内   ⇒判事とその身内の死(呪い)

 

 

こうしてイスラーム教徒(インド人)は英国人に勝利する。圧倒的な権力者への抵抗にはしばしば呪いや黒魔術が使われる。それ以外に勝つ見込みはないからだ。

 

同じ書物にコルカタの英国人宝石商が、インド人のイスラーム聖者をバカにしてひどい目にあう話が出てくる(*8)。ある聖者が宝石を購入しようとしたが、高すぎるので一ヶ月だけ貸してほしいと申し出た。宝石商はこれをことわったうえに、アシスタントが聖者を店から追い出してしまった。翌日不思議なことに、聖者が求めていた指輪が一つなくなっていた。このため聖者は警察に通報されて逮捕される。ところが、そのあとも聖者が留置所の中から神通力を使って、宝石商を打ちのめすという荒唐無稽な話である。

 

幽霊屋敷の話に戻ると、幽霊出現譚では、少佐という地位はあっても世知に疎そうな英国人が、抜け目のないインド人家主に騙されて、いわくつきの屋敷に住む契約をさせられている。家賃支払いを拒んだイギリス人を訴えたインド人家主は敗訴するが、裁判は正当な手段とみなされ、家主の恨みを買って判事が苦しめられることはない。

 

縁起と幽霊出現譚では、どちらも、白人の判事に罰せられるのはインド人だが、最初の判決と異なり、二つ目の判決は正当なものと受け入れられる。しかし、この判決で幽霊問題自体は解決されていない。信心深いヒンドゥー教徒によって除霊がなされてやっと幽霊が消え、平穏が訪れたという話である。

 

縁起に認められる暴力と怨嗟の連鎖は、幽霊出現譚の裁判とは無関係の除霊儀礼(カウンター黒呪術)という宗教実践によって克服されたのである。白人の幽霊は、白人の判決などではなく、異教徒の儀礼によって消え去ったというところに、別の形でのインド人(ヒンドゥー教徒)の「勝利」が認められる。

 

この書物が出版されて30年後、インド亜大陸は独立に際し、宗教による分断、すなわち印パ分離という悲劇を経験する。この怪談にもインド人と英国人という対立だけでなく、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒という対立を認めることが可能である。イスラーム教徒は混乱を引き起こすだけである。これにたいし、土地の人間(ヒンドゥー)だけが怪異を統御できる。ヒンドゥー教徒は、英国人にもイスラーム教徒(呪いの実践者)にも勝利しているように見える。異教徒たちが殺したり、呪ったり、裁いたりして引き起こした幽霊騒ぎにたいして、ヒンドゥー教の宗教実践が最終的な解決手段として登場するのである。

 

 

ヒンドゥー教×暴力の連鎖(英国人とイスラーム教徒)⇒幽霊の消滅

 

 

しかし、そもそも判事たちがこの世に執着して幽霊となった原因の赤ん坊の行方は不明のままである。幽霊たちが赤ん坊を失った苦しみを慰められて消えたのか。それとも力づくで追い払われてしまったのか。この点がすっきりしない。つぎの怪談は執着のもとが解決されて幽霊が消えるという意味で、話としてはより整っているように思われる。

 

(*8)Indian Ghost Stories, pp.36-37.

 

 

 

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