「一昨日」に回帰するロシア――ロシアは女性にとって住みやすいか?

ロシアの今日か一昨日か

 

2013年12月9日、プーチン大統領はRIAノーボスチ通信とラジオ局「ロシアの声」を廃止し、新たに国際情報局「ロシアの今日」を開設するロシア連邦大統領令に署名した。

 

これに対して、『モスコフスキー・コムソモーレッツ』紙のミンキン記者は、大統領への手紙と題するコラムの中で、この新しい情報局を「ロシアの今日」ではなく「ロシアの一昨日」と名付けるべきではないかと揶揄している(*1)。これはプーチン政権の上からの締め付け政策への批判であり、現在のロシアが過去へ、つまりソ連時代に回帰していることを意味している。そして、情報局だけの問題ではなく、ロシア社会全体にも「一昨日」の雰囲気が漂っている。

 

それは筆者が関心をもっているロシアのジェンダー状況にも見受けられる。ただ、ジェンダー状況に関しては、ソ連時代よりもさらに過去の帝政ロシア時代への回帰とも思えるような状況にある。

 

ロシアでは、ジェンダーの問題はフェミニズムと同様にあまり人気がなく、一部のヒステリックな女性たちの抵抗として受け止められている。しかしながら、よく考えてみと、ロシアは、ソ連時代、括弧つきではあるが一定の「男女平等」を達成した国である。そのロシアでの過去への回帰しているように見えるジェンダー状況について具体的な事象を考えつつ、俯瞰してみる。

 

(*1)http://www.mk.ru/politics/letters-to-president/article/2013/12/09/956982-rossiya-pozavchera.html

 

 

ロシアのジェンダー今昔

 

革命前の帝政ロシアでは、スラブ地域、ムスリム地域、コーカサスなどといった民族的・地域的差異はあるものの、女性の置かれていた状況は概して厳しいものであった。女性は夫だけではなく、舅、姑、夫の兄弟、また兄の妻などに従属しなければならない存在であった。

 

しかしロシア革命によって、それまでの家父長的な家族制度を壊すことが試みられ、女性解放運動も大きく前進する。新生ソビエト政府は女性を組織し、教育活動を大規模に展開していった。1919年には共産党の婦人部が組織され、『労働婦人』や『農業婦人』といった女性啓蒙誌が発行された。その後、1930年に婦人部から婦人課に代わり、1934年にはソ連では女性問題は解決済みとされ廃止される。以後ソ連では女性問題は存在しないとされた。

 

ソ連時代には、社会主義建設のためにと女性も労働力として動員されていたことはよく知られている。女性が全就業者の半分以上を占めていて、年齢階層別労働力率を見ても結婚、子育て期間で一時的に労働力率が下がるМ字型ではなく、20-55歳までが高い台形型を描き、男女ともに年金受給年齢まで労働することが当たり前の社会であった。

 

 

ILOデータより筆者作成

ILOデータより筆者作成

 

 

しかし1985年のペレストロイカの頃から経済の合理化のために「女性は家庭へ」といった女性の家庭回帰への声が聞こえるようになった。そしてその傾向は、ソ連解体以後にはさらに強まっていく。同時に、それまでにはなかった家事や育児だけに専念できる専業主婦にあこがれる女性が増加し、ニューリッチとの結婚を夢見る女性も出てきた。

 

このような流れから、新生ロシアで大量の専業主婦が出現するのではないかと予想されていたのだが、90年代の経済的な圧力もあり、結局大量の専業主婦は出現しなかった。また、社会主義時代の経験から女性も働くことが習慣化しているために、フルタイムかどうかは別にしてもソ連時代と同様に仕事をし続ける女性が多かった。

 

筆者のインタビュー調査でも「家で家事、育児だけの生活は考えられない」と答える女性が90年代後半になると増えていった。その証拠に専業主婦率は2011年で5.4%であり、年齢階層別労働力率を見ても大量の専業主婦は出現していない。つまり、ペレストロイカ期から連邦解体直後に見られた専業主婦への一時的なあこがれの時期は過ぎ去り、現在、多くの女性たちは結婚後、出産後も、お金のため、自己実現等の理由で仕事を続けている。おそらく今後も女性の主たる役割が専業主婦であるシナリオはロシアにはないと思われる。それではロシアでは家庭内の性別役割分担はどうなっているのであろうか。

 

 

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働く良妻賢母

 

ロシアでは、社会主義時代には「男性=仕事、女性=仕事=家庭」という図式が主流であった。男性が家事を分担するという習慣はあまりなく、強いて言うならば昔も今も家の修理やゴミ捨ては、男性の仕事である。

 

他方、多くの女性は働きながら、家事、育児、介護もこなしてきた。そして何より、男性はもとより女性自身が家事、育児、介護と仕事の何重苦をあまり意識していないのである。むしろ、仕事も家庭もこなしてこそ素晴らしい女性であるといった価値観がある。したがって女性の家事労働と仕事との負担に関しては、あまり議論になることもなかった。

 

もちろん、まったく皆無であったと言うわけではなく、1968年に制定した「結婚と家族に関する基本法」の策定過程では家事を分担する夫の義務を定めようという動きがあったことも事実である。しかし、今日まで、男女ともにワーク・ライフ・バランスを考慮した政策へと結びついてはいない。ロシア人男性はもとよりロシア人女性も、家事、育児、介護を女性の仕事として自然に受け入れているのである。筆者のインタビュー調査でも「女性が仕事も家事、育児もすることに何の問題があるの」、「ロシアの女性は強いのよ」「仕事と家庭の両立ができてこそ素晴らしい女性よ」いったことを誇らしげに語る女性が非常に多い。つまりロシア女性にとっては、働く良妻賢母が一般的なのである。

 

 

 

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