効率化の世界で、生きる場所を管理される人々――オーストラリアの先住民族政策を事例に

効率性重視の風潮とエスニック・マイノリティ向け社会政策

 

福祉国家的な社会政策には、十全なシティズンシップ(市民権)をもった「国民」として生きる人々に対して、労働市場に依らずとも一定水準の生活が送れる状態、つまり労働力の脱商品化を通じた時間的自律性の感覚を保障することを目指した側面がある。

 

その象徴が「ゆとり」という言葉であった。福祉国家は人々のゆとりある生活を社会保障によって実現しようとし、そのような社会保障がデモクラシーを発展させるとも言われた(田村2012)。

 

しかし今日、こうした理想はネオリベラリズムやグローバリズムの興隆とともに旗色が悪くなっている。富の再分配によって弱者の社会的包摂を進めようとすることは経済政策の「スピード感」を鈍らせ、「自己責任」によって弱者に転落した人々を甘やかすものだとみなされつつある。それとともに、経済グローバリゼーションの進行が「時間短縮」の論理の社会的影響力を増大させている。競争相手に先んじて「素早く」成果を得なければならないという脅迫観念が広がり、より「効率的」でスピード感のある行動が政府や組織、そして個人に要求される傾向が高まっている。

 

効率性と時間短縮を重視する風潮は、移民、難民、外国人住民、少数・先住民族といったエスニック・マイノリティと国家政策との関係も変化させる。こうした人々は、国民国家形成過程のなかで自己決定の権利を奪われるか十分に保障されてこなかったがゆえに、長らく社会経済的に不利な立場に置かれてきた。しかし20世紀後半以降、多くの先進諸国がエスニック・マイノリティからの自律や社会的包摂の要求に直面し、福祉国家的な社会政策をそうした人々に対して拡充していった。

 

こうして確立してきたエスニック・マイノリティ向け社会政策は、経済グローバリゼーションとネオリベラリズムによって増長していく、効率化と時間短縮を重視する風潮にどのような影響を受けるのか。本稿では2007年から12年にかけてのオーストラリアにおける先住民族政策のなかで、効率化と時間短縮の論理によってネオリベラルな改革が正当化され、「成果重視」という目標が徹底されていった過程を分析する。そして、時間短縮の重視が先住民族の日常に対する空間的な管理の強化を助長するという、時間的管理と空間的管理の連動化というべき状況がそこに生じていたことを示す[*1]。

 

[*1]なお本稿は塩原2013a, 2013bの内容を短くまとめたものであり、詳細はそちらを参照されたい。

 

 

「成果重視」と「緊急対応」

 

オーストラリアの先住民族は英国人の入植とともに植民地化され、国民国家の地理的・制度的枠組みのなかで自己決定の権利を奪われてきた(Maddison 2009: 4-7)。それゆえ1970年代から90年代まで、連邦政府の政策は先住民族の自己決定権の保障を重視していた(鎌田2001: 51-52,2002: 136-144; 細川1997: 178-185; 上村1992: 132-178)。この「自己決定政策」は、先住民族に対する植民地化の負の遺産としての不公正な社会構造を、国際人権規範に基づいた福祉国家的な社会政策によって是正しようとしたものであった(Kowal 2008: 339)。

 

しかし1990年代以降、自己決定政策は先住民族の生活を向上させるという「成果」をもたらしておらず、多くの先住民族は依然として貧困や構造的な不平等に直面していると見なされるようになる。こうした見方の変化は、オーストラリア政治におけるネオリベラリズムの影響力の増大とも無縁ではなかった(Kowal 2012: 43-56)。

 

1996年に発足したハワード保守連合政権では、先住民族政策は先住民族の自己決定権や土地権の保障ではなく、貧困の改善などの「プラクティカルな」成果を重視すべきだという名目のもとに、先住民族の自己決定や権利の保障に向けた取り組みは後退していった(Dodson 2007: 26; 飯笹2007: 115; 鎌田2001: 53-54; ハージ2008: 119-121)。先住民族指導者のなかにも、自己決定政策が成果を挙げていないと不満をもち、先住民族共同体が陥っている「受動的福祉依存」の規範を改めるための改革を主張する者もあらわれた(Pearson 2003: 2-8)。

 

こうした「成果重視」の発想は、効率化や時間短縮の強調をしばしばともなう。何らかの評価基準によって客観的に測定可能な「成果」を一定期間内に示すために、効率化と時間短縮が求められるからである。とりわけ経済危機や大規模災害など「非常」と認識された事態においては、そうした事態から一刻も早く脱却するという「成果」が強く求められる。その結果、効率化と時間短縮を前提とした「緊急対応」という正当化の論理が台頭し、平常時ならば許されることのない、有権者や当事者の意思や権利を軽視した決定や措置も黙認されがちになる(クライン2011)。

 

2006年、メディアの報道をきっかけに、オーストラリアの北部準州[*2]の先住民族共同体での児童への性的虐待の深刻さが注目された。それを受け北部準州政府の調査委員会は、2007 年4月に報告書を公表し、行政による早急な対応を求めた(BIPACSA 2007: 57-73)。するとハワード連邦政権は同年6月、この報告書を根拠に、北部準州の労働党政権には先住民族の幼児虐待問題に対処する能力がないと非難して連邦政府の介入を発表する。そして「北部準州緊急対応(Northern Territory Emergency Response: NTER)タスクフォース」を北部準州に投入し、北部準州緊急対応(NTER)政策を開始した(SCLCA 2007: 1-2; NTERTF 2008)。ハワード政権は「先住民族の子どもの安全が脅かされている」という「非常事態」を宣言し、NTER政策の開始を文字通り「緊急対応」として正当化したのである。

 

NTER政策は当初、先住民族当事者の権利に対する配慮が大幅に免除されていた。すなわちNTER政策は、人民をその人種やエスニシティに関わらず法の下で平等に扱うことを定めた1975年人種差別禁止法の適応対象外とされたのである(Commonwealth of Australia 2009a: 7-8)。また先述の北部準州政府への報告書では、政府が対策を講じる前に先住民族共同体からの意見聴取を実施するように提言されていたにもかかわらず、連邦政府はそれを無視した。

 

NTER政策においてとりわけ人権NGOなどから大きく批判されたのは、北部準州内の73の地域や居留地に導入された収入管理(income management)制度であった。収入管理制度とは、福祉受給者に対して政府から給付される生活保護等の大半が、ベーシックスカードと呼ばれるプリペイドカードで被受給者に渡される仕組みである。ベーシックスカードは、日用品や生活必需品など政府が許可した物品を購入するときのみ特定の店舗で使用できる。

 

この収入管理制度については、その人が自分自身で金銭を管理したり家事・育児をする能力があるかないかに関わらず、該当地域に居住する先住民族の人々全員に、強制的に適用される点が問題視された(Commonwealth of Australia 2009a: 10-12)。1975年人種差別禁止法がNTER政策に適用されなかった大きな要因は、この収入管理制度であった。

 

そのほかの側面でも先住民族の権利を侵害するものとして批判されたNTER政策だが、開始当初、オーストラリアの世論で大きく支持された。その背景にはマスメディアのキャンペーンによって、それまでの自己決定政策が遠隔地の先住民族の生活を改善する「成果」を挙げていないという見方が浸透していたことがある(Sanders 2010: 310)。こうした世論を背景に、ハワード政権は北部準州の先住民族共同体に対する介入を行ったのである。

 

[*2]連邦国家であるオーストラリアにおいて、「準州(territory)」は「州(state)」とは異なり連邦憲法によっては立法権や自治権が保障されておらず、連邦政府からの政治介入を受ける余地を比較的多く残している。

 

 

 

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