効率化の世界で、生きる場所を管理される人々――オーストラリアの先住民族政策を事例に

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先住民族の権利を「規制緩和」する

 

しかし、自分たちの暮らしに行政が介入して無理やり変えてしまうことへの抵抗感をもつ人々は多いし、それが自分たちの伝統や祖先伝来の土地との関わり方を変えてしまうのであればなおさらである。それゆえ、「場所ベース」の社会政策はその場所に根付いて自分たちの権利を主張する人々としばしば衝突する。また場所に根付いている人々は、行政の介入に抵抗するために人々を動員するシンボルや社会関係資本をその場所から調達しやすい。つまり「場所ベース」の社会政策を遂行しようとする行政側からすれば、その場所に根付いて権利を主張する人々は実は潜在的には障害にもなりうる。それならば、そうした人々の権利を取り上げてしまったほうが「効率がよい」ということになる。

 

NTER政策が導入された直後、ハワード政権は「入域許可制度」の廃止を宣言した。入域許可制度は1976年アボリジニ土地権法(北部準州)によって確立された、外部の者がアボリジニのホームランド(祖先の土地)に許可なく立ち入るのをアボリジニ自身が拒否できる仕組みである。

 

先住民族の自己決定権・土地権の象徴としての意味をもつこの制度の廃止を、NTER政策に従事する非先住民族の職員や労働者の「作業効率の向上」という時間短縮の論理によって連邦政府は正当化しようとしたのだ(FaHCSIA 2011b: 37)。しかし、それは先住民族共同体の大きな反発を招き、 労働党は政権交代後に入域許可制度の廃止を撤廃した(Commonwealth of Australia 2009c)。

 

また同じくNTER政策の一環として、政府が先住民族の土地を5年間、行政サービスの提供やインフラ整備を名目に強制的に借り上げることを可能にする措置も導入された。ここでも、政府職員や委託業者の業務遂行の効率性の向上という理由が強調された。しかしこの施策への反発も大きく、結局、先住民族が土地を自発的に長期間貸し出すように促すことになった(FaHCSIA 2011b: 36; Commonwealth of Australia 2008: 39-40)。

 

こうした経緯を経て、2008年以降、長期に渡る土地借り上げによる先住民族向け住宅の整備が北部準州政府と連邦政府の共同の公共事業として進められていった。この事業では、政府からの契約を受注した民間業者が住宅の改築や新築を行うことになった(ANAO 2011)。

 

このような公共事業が開始された背後には、NTER政策が開始された直後に連邦政府と北部準州政府との間で交わされた覚書があった。その内容は、北部準州の先住民族のための公営住宅の建設や土地・借地管理を行うために、連邦政府が多額の資金を提供するというものであった(ANAO 2011: 15-23)。それゆえ、この覚書が交わされたのと同じ時期に上述のような入域許可制度の廃止や強制的土地借り上げなどが試みられたのには、先住民族のホームランドに非先住民族の建設会社が進出し、住宅建設・インフラ整備を「効率的に」進めるための準備という意味があったと考えることができる。それは、先住民族の自己決定権や土地権がこうした事業にとって「非効率的」な、いわば「緩和」されるべき「規制」だとみなされたということでもある。

 

 

時間管理と場所管理の連動化

 

こうして「場所ベース」の先住民族政策は、効率的な政策遂行(「時間短縮」)に向けた先住民族の生活の場所のあり方への管理を強めていく。この「時間管理と場所管理の連動化」がさらに進んだとき、いっそのこと人々をその根付いた場所から物理的に引き離し、どこか他のところに住まわせたほうが好都合だという発想も生じうる。

 

実際に、2009年5月から北部準州政府が開始した「働く未来(Working Future)」政策では、「テリトリー発展タウン(Territory Growth Town: TGT)」構想が提唱された。これは北部準州周辺の比較的大きな20の集落をTGTに指定し、政府が住宅や公共サービス、インフラを集中的に整備し、商業施設も積極的に誘致するというものであった(Northern Territory Government 2009)。しかしTGTから比較的近い先住民族のホームランドについては、行政サービスが不十分にしか提供されない恐れがあることが反対者からは問題視された。こうした措置はホームランドの住民をTGTの周辺に移住させるように促すものであり、先住民族の土地権の侵害にあたるとも批判された。

 

それに対し政府は、雇用機会がない奥地で福祉給付に頼って暮らす先住民族を少なくし、また比較的大きな町に先住民族が集住することで行政サービスやインフラ整備を効率化できると主張し、この政策を進めていった。もちろんこの場合、先住民族は行政によって強制的にホームランドから退去させられるわけではない。しかし行政がTGTへの公共インフラやサービスの集中化を進めることで、先住民族が「自発的に」自らの土地から離れる選択をすることが期待されている(塩原2013b)。先住民族政策の効率化は、辺境に住む先住民族が自らの土地とのつながりを維持していくことを困難にしているのである。

 

以上の考察からは、2007年から12年にかけてのオーストラリアにおける先住民族政策が時間短縮への要求をともなった「成果重視」の論理によって強く動機づけられており、そのことがより効率的な政策遂行に向けた人々の「場所の管理」の強化に帰結したことが示される。

 

本稿はあくまでひとつの事例研究に過ぎず、そこで得られた知見を過度に一般化することには慎重でなければならない。とはいえ日本を含めた他の先進諸国にもエスニック・マイノリティ向け社会政策に対するネオリベラルな改革圧力は遍在しており、「成果重視」「緊急対応」「地域限定」「規制緩和」「格差是正」といったレトリックも大きな影響力をもっている。それゆえ、時間短縮の論理と「場所ベース」という手法が連動してエスニック・マイノリティへの管理が厳格化され、それが他の人々にも波及していく可能性を示した本稿における知見を、他国におけるエスニック・マイノリティ政策の事例と比較して検証していく意義はあるだろう。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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