コロンビア農民の生存戦略――コカ栽培が人々の生活にもたらしたもの

コロンビアはハリウッド映画のお得意様である。

 

「デルタフォース2[*1]」、「トリプルX[*2]」、「コラテラル・ダメージ[*3]」、「今そこにある危機[*4]」にはコロンビアのシーンが登場する。それぞれチャック・ノリス、ヴィン・ディーゼル、アーノルド・シュワルツェネッガー、ハリソン・フォードといった蒼々たるアクションスターがコロンビアの麻薬コカインの生産施設で大暴れするのである。

 

もちろんフィクションの娯楽映画ではあるが、その背景には世界最大のコカイン消費国の米国がその最大の生産国であるコロンビアで展開してきた麻薬戦争がある。

 

麻薬戦争という言葉は1968年に米国のニクソン大統領が演説で初めて使ったのだが、このときには国内で深刻になっていたマリファナ消費への対策を意図していた(Crandall 2008: 22)。その後、コカインの消費が増加したことにより、“戦争”の舞台はコカインの生産地であるアンデス諸国へと移っていった。こうして、米国はこれまでに莫大な予算と人的資源を使ってコロンビアを中心に麻薬戦争を遂行してきたのであるが(千代 2011)、依然としてコロンビアはコカインの生産量もその主原料である植物コカの栽培面積も世界最大のままだ。

 

非合法の麻薬ビジネスは隠密に行われ、そのプロセスも複雑であることから、麻薬対策は容易ではない。その中で注目されてきたのが植物コカの栽培面積である。コカインの精製施設は人目につかないジャングルの奥地でひっそりと作られ、密輸手段も潜水艦を使用するなど巧妙化している。他方、屋外で栽培される植物のコカは人工衛星画像や航空写真を使って探知が比較的容易である。実際に、麻薬を監視している国連薬物犯罪事務所(UNODC)はコカの栽培面積からコカインの推定生産量を導き出しているのである(UNODC Colombia 2013: 36)。そのようなわけで除草剤の空中散布など様々なコカ対策がとられてきたのだが、コロンビアの違法なコカ栽培はなくならないのである。

 

これまでの麻薬問題へのアプローチは、主に国際関係論あるいは経済学など、マクロの視点から試みられてきた。そのためコカ栽培農民についてはあまり知られていない。そもそもどのような人々がコカを栽培しているのだろうか。

 

本稿は、麻薬コカインの原料である植物コカを栽培する農民の生活を明らかにすることで、これまでとは異なる視点から麻薬問題を理解することを目的としている。そのために、まず、背景となるコロンビアの麻薬ビジネスとコカ栽培の展開を整理する。続いて、コロンビア北中部のマグダレナ川中流域のボリバル県南部において筆者が実施した聞き取り調査に基づき、コカ栽培農民とコカの関わりを明らかにしていく。最後にコカ栽培農民の生活の実態を踏まえて、コロンビアの麻薬問題の見通しについて考察する。

 

 

コロンビアの麻薬ビジネスの歴史的展開

 

冒頭で述べたようにコロンビアは世界第一位のコカイン生産国であり、その主原料である植物コカの栽培面積も世界最大であるが、これは1990年代半ば以降の比較的新しい現象なのである。

 

もともと南米原産のコカは、スペインによる征服前から現在に至るまで、アンデス地域において先住民の儀礼の供物や嗜好品として用いられてきた(Young 2004: 250)。スペインによる征服と植民地支配を経て19世紀に欧州でコカからコカインの抽出に成功すると、外科手術のための麻酔やワインなどの添加物として利用されるようになった。しかし、次第にその中毒性が明らかとなり、1961年には「麻薬に関する単一条約」によって麻薬として世界各地で禁止されるようになった(千代 2013: 123-125)。

 

1980年代の米国では、それまで流行していたマリファナに代わる麻薬としてコカインがブームとなったが、このビジネスを取り仕切ったのがコロンビアの麻薬組織であった。巨大なカルテルに成長したコロンビアの麻薬組織は、先住民が多く伝統的にコカが栽培されてきたペルーとボリビアからコカあるいは一次精製物質のコカ・ペーストを手に入れ、コロンビアでコカインに精製して欧米などへ密輸をしていた。

 

麻薬問題が深刻化していた米国は、1980年代末の冷戦終結を機に麻薬対策に本腰を入れ、ペルーとボリビアに対してはコカインの原料をコロンビアに空輸するルートの遮断を支援し、コロンビアに対しては麻薬カルテルの壊滅に協力した。この結果、コロンビアでは90年代後半になると、それまで麻薬ビジネスの警護をしていた左翼ゲリラがカルテルに代わってこれを取り仕切るようになり、また、ペルーとボリビアから調達できなくなったコカがコロンビアで栽培されるようになっていったのである。

 

 

出典: UNODC World Drug Report 2012 (注)UNODCの調査データは、ボリビアが2004年以降、ペルーが2001年以降、コロンビアが2000年以降。それ以前は米国務省調べ。また、2009年以降のコロンビアのデータは精度向上のための調整済み。

出典: UNODC World Drug Report 2012
(注)UNODCの調査データは、ボリビアが2004年以降、ペルーが2001年以降、コロンビアが2000年以降。それ以前は米国務省調べ。また、2009年以降のコロンビアのデータは精度向上のための調整済み。

 

地図1.コロンビアのコカ栽培地域(2008年) 出典:UNODC Colombia 2009: 9をもとに筆者作成。

地図1.コロンビアのコカ栽培地域(2008年)
出典:UNODC Colombia 2009: 9をもとに筆者作成。

 

 

図1は1990年から2010年までのコカ栽培面積の推移を表しているが、このコカイン・ビジネスの変遷を如実に示している。また、地図1のコロンビアのコカ栽培地の分布を見ると、一定地域に栽培地が集中しているペルーやボリビアと異なり、広範囲にわたって栽培されているという特徴も見て取れる。これらのことから、コロンビアにおける麻薬の原料としてのコカ栽培は短期間に広く農村部で受け入れられていったことがわかるのだが、なぜそれほどまでコカ栽培が農村部で受け入れられていったのかはマクロの視点からではなかなか見えてこない。【次ページにつづく】

 

 

コカ 筆者撮影

コカ 筆者撮影

 

[*1]アーロン・ノリス監督、ユナイテッド・アーティスツ社配給、1990年(米国)および1991年(日本)公開。

 

[*2]ロブ・コーエン監督、コロンビア映画配給、2002年(米国および日本)公開。

[*3]アンドリュー・デービス監督、ワーナー・ブラザーズ配給、2002年(米国および日本)公開。

 

[*4]フィリップ・ノイス監督、パラマウント映画配給、1994年(米国および日本)公開。

 

 

 

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