コロンビア農民の生存戦略――コカ栽培が人々の生活にもたらしたもの

【シノドスに参加しよう!】

▶メールマガジン「αシノドス」

 https://synodos.jp/a-synodos

▶セミナー「シノドス・サークル」

 https://synodos.jp/article/20937

▶ファンクラブ「シノドス・ソーシャル」

 https://camp-fire.jp/projects/view/14015

社会と経済の破壊

 

経済面以外でもコカ栽培は社会にネガティブなインパクトを与えている。すでに述べたようにコカ栽培は疑心暗鬼から地域社会のコミュニケーションの断絶を招き、さらにコカ・マネーや売買のトラブルから殺人を始めとする暴力が蔓延した。金銭的な問題だけではなくコカに対する嫌悪感も増している。子供たちが小学校に行くよりコカ栽培でお金を稼ぐことに魅力を感じたり、たやすく稼いだお金で飲酒や浪費を覚えることも懸念されている。

 

さらに、コカ経済は合法作物の栽培にも悪影響を及ぼしている。先述のようにラスパチンの賃金が高額なため、ボリバル県南部ではイモ、マメ、バナナといった合法作物栽培のためのホルナル(jornal)と呼ばれる賃金労働の賃金もラスパチンと同水準の高額となっている。かつてはほかの地域と同じく一日あたりのホルナルは1万ペソ(約5米ドル)であったが、この金額ではボリバル県南部において労働者を確保することは困難であり、ラスパチンの賃金の最低水準に近い1万5,000ペソ(約7.5米ドル)が相場となった。結果として、この地域の農産物には高額な人件費と輸送コストがかかるため、市場での競争力が失われてしまうのである。

 

 

おわりに

 

これまで麻薬問題は国際関係論などマクロの視点から捉えられ、それに基づいて対策がとられてきた。したがって、麻薬の原料となる植物のコカについても、いかにその栽培面積を減らすのかという点に関心が集まり、どのような人々がなぜ栽培を行い、そしてコカとともにどのように生きてきたのかといったことには関心があまり払われてこなかった。

 

そこで本稿では、これまでのマクロの視点からのコカ栽培の分析を補完する目的で、違法作物代替開発プログラムに参加している人々の生活に着目して麻薬問題を捉え直すことを試みた。そこで見えてきたのは、国家から排除され、あるいは国家から逃れて生存を模索してきた農民の姿であり、コカはその生存戦略の一つであったこと、そしていかに人々の生活や社会に深く浸透してこれらを変えてきたのかということであった。また、一般的なイメージと異なってコカ栽培で利益を得ることは難しく、むしろ人間関係やコミュニティを破壊しかねないものであった。

 

ところで、コカの栽培面積は大規模なコカ駆除プログラムの実施により大きく減少したが、その後は依然として高い水準にあることはすでに述べたとおりである。興味深い最近の傾向として、一部のコカ栽培地域ではコカ栽培面積の減少に呼応するかのように金の違法採掘が増加しているのである(UNODC Colmbia 2013: 70-71)。

 

本稿で扱ったボリバル県においても、コカの栽培面積は前年比で2011年には-34%、2012年には-11%と減少しているのだが、2013年2月に実施した調査ではこれまでに見たこともないほどの金の違法採掘が行われていた。話を聞くと2、3年前から急増したとのことであった。このことが示しているのは、違法なコカ栽培という現象は社会が抱えている問題が表出した一つの形であって、今はコカ対策の圧力や金の国際価格の高騰などによって金の違法採掘と形を変えているのかもしれないということである。根本的な問題解決がなければ、これからも形を変えていくのかもしれない。

 

コカは植物であるから、それを除草剤や引き抜きによって駆除することは一時的には可能である。しかし、コカを麻薬の原料として利用してきたのは人間であり、それを必要とする人間がいれば再び種を大地に蒔いて8ヶ月後には収穫することができる。しかし農民は必ずしも違法なコカ栽培を積極的に実践したいわけではないことはすでに見たとおりである。

 

コロンビアの麻薬問題の根本的な解決には、表面的なコカの栽培面積の増減にとらわれず、それを栽培してきた「国家から排除されてきた」人々をいかに社会に包摂していくのかが問われている。

 

 

参考文献

 

千代勇一(2008)「コロンビアにおける違法コカ栽培と政府の対策-なぜコカ栽培地は減少しないのか?」、ラテンアメリカ・レポート25(2)、p.29-41。

    (2011)「プラン・コロンビア再考」、海外事情59(5)、拓殖大学海外事情研究所、p.73-91。

    (2013)「違法作物に翻弄される人々-コロンビアにおけるコカ栽培の実践とその政治性」、池谷和信(編)『生き物文化の地理学』、海青社、p.121-142。

Crandall, R.(2008 )Driven by drugs: U.S. policy toward Colombia(2 nd edition,ynne Rienner Publishers, Boulder.

Thoumi, E. Francisco(1995)Political economy and illegal drugs in Colombia, Lynne Rienner Publishers, Boulder.

UNODC (2012)World drug report 2012 (United Nations publication, Sales No.E.12.XI.1), New York.

UNODC Colombia(2009)Monitoreo de cultivos de coca 2008, Bogotá, D.C.

                         (2010)Monitoreo de cultivos de coca 2009, Bogotá, D.C.

                         (2011)Monitoreo de cultivos de coca 2010, Bogotá, D.C.

                         (2012)Monitoreo de cultivos de coca 2011, Bogotá, D.C.

                         (2013)Monitoreo de cultivos de coca 2012, Bogotá, D.C.

Young, K. R.(2004):“Environmental and social consequences of coca/cocaine in Peru”, in Steinberg, M. K., J. J. Hobbs and K. Mathewson(eds.)Dengerous harvest: Drug plants and the transformation of indigenous landscapes, Oxford University Press, Oxford, p. 249-273.

 

 

AWS Access Key ID: AKIAJSA5SEKND2GVG7TA. You are submitting requests too quickly. Please retry your requests at a slower rate.

 

1 2 3 4 5
シノドス国際社会動向研究所

vol.266 

・山本昭宏「平和意識の現在地――〈静けさ〉と〈無地〉の囲い込み」
・田畑真一「【知の巨人たち】ユルゲン・ハーバーマス」
・吉田徹×西山隆行×石神圭子×河村真実「「みんながマイノリティ」の時代に民主主義は可能か」
・松尾秀哉「【学び直しの5冊】〈現代ヨーロッパ〉」
・木村拓磨「【今月のポジだし】活動を広げよう――不登校支援」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(10)――「シンクタンク2005年・日本」自民党政権喪失後」