タイ総選挙と憲法裁判所――タイでは、いま何が起きているのか?

タイにおける「法の支配」の問題点(1)

 

次に、タイにおける「法の支配」の問題点について指摘したい。

 

最も重大な問題点は、2007年憲法により変更を加えられた、憲法裁判所、各種独立機関、そして上院の制度設計である。憲法裁判所、選挙管理委員会、国家汚職取締委員会の人選過程を確認してみると、1997年憲法ではいずれの機関の選考委員会も、政党代表者、司法代表者、学者代表者ら三勢力により構成されていた。全体的には司法代表者の比率が高かったが、最終的な委員の決定を行う上院は1997年憲法より完全に民選化されており、各勢力のバランスに配慮した構成になっていた。

 

ところが2007年憲法では、これらの機関の人選過程は、ほぼ完全に司法代表者によって独占されるようになった。また上院の人選についても変更が加えられ、約半数が任命制、残り半数が民選となった。

 

任命上院議員の選考委員会は、憲法裁判所長官、選挙委員会委員長、国家オンブズマン委員長、国家汚職防止取締委員会委員長、国家会計検査院委員長、最高裁判所裁判官、最高行政裁判所裁判官、合計7名から構成されると定められた。司法および独立機関の代表者が選考過程を独占している。つまり、上院および独立機関の人選過程において、司法の影響力が大幅に拡大しているということだ。

 

司法関係者は、2006年クーデタグループに協力して2007年憲法の起草に深くかかわっており、両者の協調関係は明らかであった。その一つの証拠として、任命上院議員に多数、2006年クーデタグループに近い人物が入っている[*3]。

 

このような制度設計の下では、憲法裁判所や独立機関に公正な判断を求めることは難しい。インラック政権が、上院を全て民選に戻そうとした憲法改正に対して、憲法裁判所は、1997年憲法下で起こったような下院議員による上院議員への影響力行使を防止するために上院議員の半数を任命制に変更したのであり、再度の完全民選化は違憲であるとの判決を下した。

 

しかしインラック政権側にとっては、上院議員の約半数が任命制であるということが非民主的であるというだけではなく、憲法裁判所や独立機関から2006年クーデタグループの影響力を排除するためにも、憲法改正が必要だったのである。

 

 

タイにおける「法の支配」の問題点(2)

 

もう一点、見逃すことのできない重要な問題点について紹介したい。

 

それは、2007年憲法第68条である[*4]。この条文は、2008年の人民の力党の解党の際に使用されている。また2012年に、インラック政権による憲法改正を阻止しようとした任命上院議員らが憲法裁判所に訴えた際にも、根拠条文として使用された。さらには昨年11月および今年1月の憲法裁判所による2件の憲法改正に対する違憲判決でも、根拠条文としても使用されている。2007年憲法第68条とは、一体どのような条文なのか見てみよう。

 

 

2007年憲法第68条

「人は、国王を元首とする民主主義政体の廃止または憲法に定める手段によらない国家統治権限の獲得を目的として、憲法に定める権利および自由を行使することはできない(第1段落)。(中略)憲法裁判所は、政党に対していずれかの行為の停止を判決する場合、当該政党の解散を命じることができる(第3段落)憲法裁判所が、第3段落に基づき政党の解散を命令した場合、憲法裁判所の命令があった日から5年間、政党党首および党幹部であった者の選挙権をはく奪する(第4段落)」

 

 

憲法裁判所に政党を解党する権限を付与した当該条文のモデルは、ドイツ基本法第21条である。ドイツ基本法は、ナチス党の経験を踏まえて、第21条によって違憲政党の禁止を定めている。これが有名な「たたかう民主制」の根幹となる条文である。

 

憲法起草に関わったタイ人の学者は、タイ2007年憲法第68条を「選挙によって選ばれた“悪い政権”を取り除く権利を、国民に付与した条文」であると称賛する[*5]。しかし問題は、「誰」にとって、どのように「悪い」のか、である。現在の2007年憲法は、2006年クーデタグループの影響下で制定された憲法である。任命上院議員には、クーデタグループに近い人物が多数選ばれている。また、2012年7月の憲法裁判所の判決により、検察を経ずとも、国民が直接に憲法裁判所に対して第68条に基づく訴えを起こせるとの判断が下された。2012年の憲法改正を巡る裁判を提訴していたのは、任命上院議員らであった。

 

 

タイ人知識人らの見解

 

タイ国内の知識人らの見解は分裂している。基本的にタイのエリート層は保守的な価値観を持っていると指摘されるが、近年はタマサート大学の教官らを中心とした革新的な法学者のグループ(niti rat)が登場しており、「民主主義」や「法の支配」の原則に則った政治を求めている[*6]。

 

同グループは、2013年11月の憲法裁判所による違憲判決についても、判決の方が違憲であると糾弾しており、政府側に憲法を改正する権利があると主張している[*7]。また、マスメディアの記者の中にも、恩赦法案への反対は支持するが、デモによって民選政権を打倒するのは間違っているとの見解を表明する者もおり、政権は選挙によって選択されるべきであるとの原則を重視する声が上がっている。

 

反タックシン派には都市部の富裕層や中間層が多いと言われてきたが、徐々にではあるが、彼らの中にも民主主義に対する考え方について変化が起こっている。

 

 

今後の展開

 

今後の展開を予想することは難しいが、2006年の流れを振り返ってみると、4月に実施された総選挙が5月に無効判決を下され、約4か月後の9月19日クーデタが起こっている。その後、約1年間の暫定政権による統治下で2007年憲法が制定され、2007年12月23日に総選挙が実施された。2007年憲法において大幅な変更が加えられたのは、選挙制度と独立機関に関わる条文であった。

 

反政府デモ隊や民主党が要求するような政治改革を実行するためには、再び新憲法の制定が求められるかもしれない。新憲法を制定するための最も手っ取り早い手段は、軍にクーデタを実行してもらうことである。軍は、従前のように自らの権益のためにクーデタを実行するのではなく、憲法を取り換えるために再度引っ張り出されるかもしれない。

 

再び焦点となるのは、選挙制度だと思われる。選挙では勝てない保守派層らの望みは、直接民主制や任命制を取り入れた選挙制度である。「民主主義」とは何か? 「法の支配」とは何か? タイ人の議論は、まだまだ続いていくであろう。

 

[*3]外山文子、2012年「タイ2007年憲法と上院―その新たなる使命―」『南方文化』天理南方文化研究会、第39輯、75-96項。

 

[*4]1997年憲法では、第63条がほぼ同様の内容を定めていた。

 

[*5]タマサート大学政治学部ナカリン教授とのインタビューによる。2013年10月4日

 

[*6]勿論、同グループの見解に対して、激しく糾弾する保守派からの声も存在する。Santisuk Sathaphon, 2012, Nitirat phlik phendin Thaksin Maharat, Bangkok: Power Politics Publishing (タイ語)

 

[*7]http://www.enlightened-jurists.com/  (タイ語)

 

サムネイル「Demonstration in Bangkok」Heinrich-Böll-Stiftung

http://www.flickr.com/photos/boellstiftung/12206767266/

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

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・片岡栄美「趣味の社会学――文化・階層・ジェンダー」
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