メキシコ市のストリートチルドレン――アンドレとレイナの生活を足がかりに

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――発展途上国を訪れて、薄汚い格好の子どもに群がられた。

 

TVや雑誌で、マンホールやごみ山に住む子どもの映像や写真を目にするように、私たちは、経験や報道を通じてストリートチルドレンに触れる機会がある。そして彼らについて「汚い」・「危険」などのイメージや、貧困・孤児を原因とするなどといった何らかの知識を持ち合わせている。

 

ところが、私たちのイメージや知識はあやふやで曖昧模糊としている。「ストリート」とはどこを、「チルドレン」とは何歳までを、そして「ストリートチルドレン」とは何者を指すのか。マンホールや廃屋は「ストリート」なのか。21歳は「チルドレン」と呼べるのか。プチ家出や街頭をうろつく非行少年は「ストリートチルドレン」にはいるのか……?

 

「ストリート」と「チルドレン」との2語から成るこの造語は、1940年頃のラテンアメリカの中所得国を舞台に、子どもの権利を奪われてストリートにおいて労働や生活などせざるを得ない子どもおよびその社会問題を指して用いられるようになった。

 

いったい「ストリートチルドレン」とは何者なのか。本稿では、社会問題化過程からストリートチルドレンという言葉がどのように生じ、その言葉の生成過程における意味内容を踏まえたうえで、本稿におけるストリートチルドレンを定義する。そしてラテンアメリカ中所得国のひとつであり、ストリートチルドレンが社会問題化しているメキシコ合衆国首都Distrito Federal(メキシコ特別連邦区。以下、メキシコ市)における事例や状況から、今日のメキシコ市におけるストリートチルドレン問題について考察を深めたい。

 

 

ストリートチルドレンがいる場所のひとつ。メトロの操車場付近にある歩道橋下の通路の様子。

ストリートチルドレンがいる場所のひとつ。メトロの操車場付近にある歩道橋下の通路の様子。

 

 

その社会問題化過程とストリートチルドレン

 

まずはストリートチルドレンという言葉がどのように生じたのかを見ていこう。

 

子どもが「小さな大人」として扱われた近代以前においては、中世都市形成過程で、都市の衛生・治安の悪化ならびに施し費用の捻出等のために「小さな大人」を含む乞食が問題視された。

 

産業革命以降の近代化過程では、欧米先進諸国はストリートにいる子どもが都市の治安・交通・衛生の悪化を招くなどの問題を抱えた。例えば、イギリスでは浮浪児や救貧院の子どもの素行と処遇の劣悪さなどが問題視され、アメリカでは都市部のストリート・キッズの素行や、西部へと孤児列車に乗せられた子どもの保護のあり方などが問題視された。これらはいずれも工業化・都市化過程における一時的な子どもの貧困問題であった。

 

しかし労働者の保護を目的とした工場法の制定をかわきりに、人権思想・子どもの権利意識の高揚が徐々に広まり、子どもが「小さな大人」ではなく、大人と異なる存在として保護・養育の対象となり、制度化されていく。さらに農村から移動する親世代が定職につく、あるいは子ども世代が就学・就業するなど、時間の経過に伴い、または景気の動向によって、問題の大部分が解消された。

 

他方、後発で工業化したラテンアメリカの中所得国では、1940年前後の工業化に伴う農村から都市への人口移動過程において、その後進性とアメリカに近いという地理的条件[*1]によって、都市下層およびその子どもの生活状況が欧米先進諸国のように改善されなかった。

 

むしろ、急激かつ過剰な人口集中過程において、露天商や行商をはじめとするインフォーマル経済部門がフォーマル経済部門に吸収されることなく拡大を続けた結果、劣悪な生活状況におかれる都市下層の子どもが増加した。都市下層の子どもから一定程度の子どもがストリートにおける労働に駆り出され、その一部がストリートでの生活を余儀なくされ、都市の治安・交通・衛生を乱す存在として社会問題化した。

 

ラテンアメリカ中所得国が急激な都市への人口集中過程を経験する1940年頃は、欧米先進諸国を中心として国際的に人権思想および子どもの権利意識が高揚しつつあった。しかしそうした潮流に反して、ラテンアメリカのストリートで労働・生活などする子どもは、親権者から適切に保護・養育されることもなく、治安の悪化を招くなどの理由からときには暴力的な手段によってストリートから一掃された。こうした現象は、一部の市民や国際機関などから問題視されるようになり、ストリートを介して様々な子どもが含まれていることから「ストリートチルドレン」と呼ばれるようになった。

 

したがって、ラテンアメリカ中所得国におけるストリートチルドレンとは、後発の工業化過程を背景に都市への人口集中過程においてインフォーマル経済部門がフォーマル経済部門に吸収されずに拡大し、そのために大量に生じたストリートで労働・生活などする都市下層の子ども[*2]を指す。同時に、(1)主として為政者や権力者による都市の治安・交通・衛生の悪化への危惧、および、(2)主に市民団体や国際機関によりその子どもを取り巻く劣悪かつ暴力的な状況への批判という、2つの異なる主体と観点から立ち上げられた社会問題を指す。

 

このようにストリートチルドレンを社会問題と捉えると、その立脚点によって問題内容が異なり個々の社会問題に細分化される。ストリートにおける雑多な現象を含めつつ、今日的な意味を考えるにあたっては、ストリートにおいて労働・生活などする都市下層の子どもを出発点としたい。

 

[*1]「アメリカの裏庭」と称されるように、政治・経済・軍事的に米国に干渉、利用され続けてきた。ポルフィリオ・ディアス大統領が嘆いた“Pobre México, tan lejos del cielo y tan cerca de los Estados Unidos.”(哀れなるメキシコよ,あまりにも天国から遠く,あまりにも米国に近い)は、あまりにも端的にメキシコの状況を示している。

 

[*2]都市人口が7、8割を超えるラテンアメリカ諸国の特徴。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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