「魂のジェノサイド」――ウガンダ「反同性愛法案」とその起源

「反同性愛法」のもつ重大な歴史的意味

 

今回ウガンダで法律として発効した「反同性愛法」とは、どのような法律なのだろうか。

 

 

photo2

アフリカにおける反ソドミー法などの分布状況。北アフリカのイスラーム圏諸国と旧英領諸国に集中していることがわかる。なお、この図はあくまで反ソドミー法の有無を示すもので、法律がないからと言って人権状況が良いとは限らない。(BBCより)

 

 

ウガンダには、もともと同性間性行為を禁止する法律がある。前項で述べたように、1962年までウガンダを植民地支配していた英国は、ウガンダを含むすべての英国植民地に対して、同性間性行為を含め、生殖目的以外のすべての性行為を「自然に反する行為」として禁止し、長い懲役を科す「反ソドミー条項」を刑法に設けた。これがいつしか、同性間性行為を禁止し、同性愛者を弾圧する法律へと変わった。

 

米国や英国では、60年代以降の同性愛者解放運動の長い闘いの末、これらの法律は廃止されるか死文化することとなったが、旧植民地諸国においては独立後も存続し、各国における同性愛者弾圧の根拠として使われ続けている。

 

この「反ソドミー条項」は、同性間性行為という「行為」に焦点を当てたものである。ウガンダの「反同性愛法」は、この点について、これまでの「反ソドミー条項」では不十分として、場合によって終身刑を含む重罰を科すものである。それだけでも問題だが、この法案の問題点はそれにとどまらない。「反同性愛法」は、「反ソドミー条項」と異なり、同性間性行為だけでなく、同性愛者の生活権や結社の自由など、ありとあらゆることを監視し、処罰の対象にしようというものである。

 

例えば、同性愛者に家を貸し、そのことを当局に通知しなかった者には、懲役5年が科される。さらに、「同性愛を広める」行為も処罰の対象とされている。この法案に従えば、同性愛者の人権に取り組む団体を組織することから、同性愛者へのカウンセリング事業を行うことまで、すべてが処罰されるのである。この法案が成立し、条文通りに執行されれば、文字通り、ウガンダには同性愛者の存在する余地がなくなってしまう。

 

「反同性愛法」が議員立法として初めてウガンダ国会に上程されたのは、2009年のことである。この2009年法案においては、同性愛者に科される最高刑は死刑であった。まさに、同性愛者に「ジェノサイド」を宣告する法案だったのである。その後も、法案は何度も上程・可決され、そのたびに、国際的な圧力や援助の削減を恐れるムセヴェニ大統領によって差し戻された。何度かのやり取りを経て、今回の法案では最高刑が「終身刑」に減軽されることとなった。しかし、同時にレズビアンも対象となり、生活権や結社の自由への規制はより強化されるなど、いわば「魂のジェノサイド」を現実化する法案となって、ウガンダ国会に再びその姿を現したわけである。

 

これを見ればわかるように、「反同性愛法」は、以前から存在した「反ソドミー条項」の強化にとどまるものではなく、次元の違う形で、同性愛者の存在や運動それ自体を弾圧し、取り締まることを目的としたものである。ここから、一つの重要な事実が判明する。

 

同性愛者を弾圧する法律としてウガンダにもともとあった刑法の「反ソドミー条項」は、そもそも英国植民地当局によって持ち込まれ、ウガンダの人々の意思とは無関係に制定された、いわば植民地支配の遺制というべきものであった。ところが、「反同性愛法」は、もちろん英国の植民地支配の過程で持ち込まれ、現地の人々に強制的に植え付けられた「キリスト教道徳」や欧米的な家族観・家族道徳に根を持つものではあっても、少なくとも形式的には、独立国としてのウガンダ国家が、自ら定める立法手続きによって定めたものである。そうである以上、「反同性愛法」が成立したことは、歴史的に重大な意味を持つ。すなわち、法案の成立を以て、ウガンダにおける同性愛者への弾圧は、少なくとも法学的には、英国の植民地支配によって押し付けられたものではなく、ウガンダ自身の手によって選び取られたものとなってしまったのである。

 

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

・橋本努「新型コロナウイルスとナッジ政策」
・三谷はるよ「市民活動をめぐる“3つの事実”――「ボランティア」とは誰なのか?」
・五十嵐泰正「『上野新論』――「都市の時代」が危機を迎えたなかで」
・倉橋耕平「メディア論の問いを磨く――言論を読み解く視座として」
・山田剛士「搾取される研究者たち」
・平井和也「コロナ情勢下における香港と台湾に対する中国の圧力」