「魂のジェノサイド」――ウガンダ「反同性愛法案」とその起源

なぜ今「同性愛者弾圧」なのか?――暗躍する米国のキリスト教保守派

 

なぜ今、ウガンダで「同性愛者弾圧」なのか? これには、ウガンダという国、また、現在のアフリカにおけるイデオロギー状況について、多少なりとも足を踏み入れる必要がある。

 

アフリカから遠く、歴史的な関係も少ない日本で、「ウガンダ」について何らかのイメージを抱くことはなかなか難しい。現代のウガンダについて、貧困と内戦に明け暮れるアフリカの小国、とか、70年代この国を「アフリカの三大独裁者」の一人として支配し悪名をはせた「食人大統領」イディ・アミンのイメージを思い浮かべたとすれば、大きな誤りをおかすことになる。

 

現実のウガンダは、圧倒的な貧困や大規模な汚職腐敗などの問題に苦しむ低所得国である一方で、80年代後半に確立した安定政権の下で90年代に一定の経済成長を遂げた結果、相当数の中産階級を有し、また、東アフリカの最高学府であるマケレレ大学を擁することから多くの知識層を抱える、洗練された国家でもある。「反同性愛法」と関係する以下の逸話は、それを証明するものである。

 

2011年6月、日本のLGBTグループは、ウガンダでの同性愛者の人権状況を憂慮し、駐日ウガンダ大使館に申し入れを行った。筆者もそれに同行した。ウガンダでは今回と同様の「反同性愛法案」が前年に国会に上程されていた。一方、同年1月には、同国の同性愛者運動のリーダーの一人であったデイヴィッド・カトー氏が惨殺されるという衝撃的な事件が起こっていた。私たちに対応したのは、ブガンダ王国の王族で、当時、駐日公使を務めていたンダジェレ=ジェミマ王女であった。

 

 

ウガンダの性的少数者の団体「ウガンダの性的少数者たち」(Sexual Minorities Uganda):2007年の世界社会フォーラム(ケニア・ナイロビにて開催)にて。

ウガンダの性的少数者の団体「ウガンダの性的少数者たち」(Sexual Minorities Uganda):2007年の世界社会フォーラム(ケニア・ナイロビにて開催)にて。

 

 

ンダジェレ公使はまず、この問題について、ウガンダ政府の立場を明快に説明した。つまり、(1)法案は政府が提出したものでなく米国の宗教保守派の影響を受けた議員による提案であり、政府は一線を画している、(2)刑法「反ソドミー条項」は英国の植民地主義に由来するものであり、ウガンダ社会や政府に直接の責任はない、(3)ウガンダは貧困や紛争リスク、経済的停滞など取り組むべき多くの問題を抱えており、同性愛の問題に高い優先順位を与えることはできない。公使はその上で、自分の知人にも同性愛者がいたことを明らかにした。

 

「彼は現地社会で差別なく対等に扱われ、彼が不幸にして死去した時にも、皆、分け隔てなくその死を悲しんだ。アフリカでは性的指向うんぬん以前に、そうした分かち合いが機能する場所なのだ」という公使の説明は、王女たる優雅な物腰や流暢な英語と相まって、極めて洗練されたもので、ウガンダという国家が、世界におけるその位置の限界の中でどのように自己を発展させてきたのかということを、私たちに強く印象付けるものとなった。

 

公使の説明には、ウガンダの同性愛者弾圧の責任を外部に転嫁することによって、自国の問題に余計なおせっかいを焼きに来た外国人を煙に巻いてお引き取り願おうという意図がある。実際、前章でみたように、「反同性愛法」制定を推進してきたのは政権与党「国民抵抗運動」の一部議員をはじめとするウガンダ人の支配層である。しかし、彼らが包括的な反同性愛法の制定を推進するに至った背景には、少なからず、米国のキリスト教保守派による、ウガンダなどアフリカ諸国を舞台とした継続的なロビー活動の存在がある。米国の国際的な同性愛者の人権団体である「国際ゲイ・レズビアン人権委員会」(IGLHRC)は、ウガンダ現地の同性愛者・性的少数者のグループ「ウガンダの性的少数者たち」(SMUG)とともに、そのロビー活動の一端を解明している。例えば、以下のような実態が存在する。

 

2009年3月、米国のキリスト教右派組織の活動家が、同じく米国の「治癒した元同性愛者」の活動家を伴ってウガンダを訪問し、ウガンダで「家族の価値」を称揚するキリスト教右派のNGOと連携して3日間のセミナーを開催した。彼らはセミナーにウガンダの国会議員などを参加させ、また国会議員の事務所などを訪問して、「現在の刑法反ソドミー条項では、同性愛者の活動を取り締まれない」「ウガンダの同性愛者団体が、若者を勧誘し洗脳して同性愛者に仕立て上げている」などと危機感をあおり、包括的な反同性愛法案の売り込みを図ったのである。

 

実際に、ウガンダで反同性愛法案が最初に国会に上程されたのは2009年、このセミナーの後であり、また、提案したのはキリスト教右派の影響を強く受けた議員グループであった。つまり、ウガンダの「反同性愛法」は、米国のキリスト教右派勢力とウガンダの「伝統的家族の価値を守る」保守派勢力のいわば「合作」とでもいうべきものなのである。

 

実は、ウガンダだけでなく、サハラ以南アフリカの多くの国々で、刑法「反ソドミー条項」を塗り替え新しい「反同性愛法」を作る動きが強まっている。ウガンダの状況が注目されている間に、アフリカ最大の人口大国ナイジェリアでは、同性婚を禁止し、同性婚を促進する団体の活動も禁止し首謀者に刑事罰を与えるこれまた包括的な「同性婚禁止法案」が可決された。普段は激しく対立する北部のイスラーム勢力と南部のキリスト教系勢力が、この法案に関してだけは共闘したという。本年1月には、グッドラック・ジョナサン大統領がこれに署名したため、法案は法律として成立し、国の中央に位置する首都アブジャでは「同性愛者狩り」が始まっているとの報道もなされている。

 

エチオピアでも、2008年以降、最大宗教であるエチオピア正教とカトリック、プロテスタントの各教団が連携して「反同性愛タスク・フォース」を形成、反同性愛法の実現に向けたロビー活動を行っている。また、「反同性愛法」の立法化の動きとは別に、旧来の刑法反ソドミー条項を活用した同性愛者の活動家たちへの弾圧が、伝えられる限りでもマラウイ、ザンビア等で生じている。これらの背景には、ウガンダでみたように、欧米のキリスト教保守派と各国の国内の宗教右派・伝統主義者が「反同性愛」で連携を強化している状況がある。

 

その背景にあるのが、近現代におけるサハラ以南アフリカと欧米との関係史である。サハラ以南アフリカでは、奴隷貿易や植民地支配によって伝統社会が浸食され、徹底的なキリスト教化や植民地言語の強制が行われた。さらに、独立以降のアフリカの歩みは、実際のところ、6-70年代に誕生したいわば疑似的な国民国家が、こうした「外部」によってもたらされた制度やイデオロギーを自らの手で内部化していくプロセスでもあった。

 

90年代以降は、冷戦の崩壊により、独立以来多くの国々でタテマエ上の教理として採用されていた「社会主義」イデオロギーが崩壊したため、アフリカ諸国は、その支配の論理においても、また社会的にも、キリスト教右派的な言説を自らのよりどころにする傾向が強まっていた。21世紀になって、アフリカのこうした土壌と、欧米のキリスト教保守派のロビー活動が「反同性愛」を接点としてつながり、包括的な「反同性愛立法」が、19世紀末から20世紀初頭に英国ヴィクトリア朝が持ち込んだ「反ソドミー条項」を塗り替える形で成立するに至ったというわけである。

 

私たちが今、見ているのは、こうした「歴史の帰結」である。この<現象>は、これら「国際社会」が作り出したグローバルな政治的・経済的なシステムの歴史的変遷の帰結として生じているものであるといえる。それに対して、「国際社会」は、ウガンダの「反同性愛法案」という、いわば<現象>に対して、「人権」を旗印に対峙するにとどまっている。もちろん「対処療法」は必要だが、それだけでは十分ではない。

 

 

 

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