「アラブの春」を契機に拡大した女性の公的領域と日常化する暴力

「アラブの春」が起きて3年が経過した。短かったムスリム同胞団政権がエジプトとチュニジアで終わりを告げ、中東地域は元の鞘に収まったという議論も出はじめた。では「アラブの春」以前からたびたび問題となってきた、中東地域でのジェンダーをめぐる問題はどのような変化が起きたのだろうか。

 

本稿では、「アラブの春」以降、新たな戦略性を帯びた「ヴェール」を中心に、「アラブの春」が諸問題に与えたインパクトについて見ていく。そこでは、「アラブの春」をきっかけに多くの女性たちが公的領域に参加するようになった一方で、常態化する暴力によってよりいっそう女性の身体が危険にさらされているという事実を垣間見ることができる。

 

2012年12月、イギリスのテレビ局「チャンネル4」にて放送されたドキュメンタリー映像「セックス、民衆、革命」は、「革命」時とその後のエジプトにおいて、いかにレイプやその他の性暴力が常態化しているかを、被害に遭った女性と若者男性へのインタビューを通じて力説している。

 

ドキュメンタリーのレポーターをつとめるイラン系イギリス人ジャーナリストのラミタ・ナヴァイは、「すべてのエジプト人女性が危機にさらされている」として、エジプトに住む女性がいかに不快な思いをしているか、街中で頻発する痴漢行為に女性たちがどのように団結し、そして抵抗しているかを明らかにした。

 

若い男性たちへのインタビューでは、痴漢行為に対する男性たちの「悪気のなさ」を批判的に扱っている。インタビューを受けた男たちは、女性たちへの痴漢行為をさまざまな理由で正当化しようとする。彼らはこう言う。「女性の体を触ったとしても、触るだけ(で、それ以上のことはしない)。そのことによって快楽を得ているわけではない。男を誘惑しようとする女たちを懲らしめるためにやっているのだ」彼女がヴェールを着用していたとしても「ヴェールを被っているからといって信仰心が厚いとは限らない。誰かに被らされているだけかもしれない」と言う。ナヴァイは、インタビュー後、男たちがいかに「責任感を欠いているか」を鋭く非難する。

 

ドキュメンタリーには賛否両論があった。重要な指摘をしたとの評価もあったが、他方でエジプト女性を勝手に代弁し、男性を十把一絡げに悪者扱いしたことへの怒りも寄せられた。

 

 

ヴェールはファッションの一部となっている(2013年1月、エジプトのショッピングモールにて筆者撮影)

ヴェールはファッションの一部となっている(2013年1月、エジプトのショッピングモールにて筆者撮影)

 

 

「従来通りの家父長制」の終焉?

 

中東地域のジェンダー関係は、救済されるべき犠牲者としての女性と、それとは対照的に悪者扱いされる男性という二項対立で捉えられる傾向があるが、この傾向は9.11後いっそう強化されることになったとニコラ・プラットは言う[*1]。プラットは、「アラブの春」において女性たちが消極的な犠牲者のイメージを覆したことは画期的であったと指摘する。女性たちは、各地で抗議や暴動に参加し、さまざまな役割を果たした。前線で闘う抗議参加者に食事を与えた者もいれば、現場の病院で勤務した者もいた。薬を不正に入手した者もいれば、人権侵害を監視した者もいたとプラットは強調する。

 

プラットのみならず、中東地域のジェンダー研究者は、「アラブの春」を積極的に捉える方向で見解のおおまかな一致が見られるようになってきた。デニズ・カンディヨティは、「アラブの春」後の中東地域を「従来通りの家父長制」として捉えるのは「あまりに単純すぎる」と論じる[*2]。なぜなら、教育レベルの向上や専門的職業の獲得、そして政治参加や社会参加を通じて、アラブ世界においても他の地域と同様に多数の女性が公的領域に参加するようになってきているからである。カンディヨティは、男性の失業者が増加し、女性が家計の担い手としてますます公的領域に進出するようになったことにも触れて、「深刻な男性性の危機」がおとずれたという。そして、男性性を回復するために、より強度な抑圧や再生産を保証するためのさまざまなイデオロギーに染まった国家装置が必要になるという。

 

たしかに「アラブの春」を契機に、表現の自由を獲得したと感じる男女は確実に増加した。近年の女性の教育レベルの向上、労働参加に関する変化も目覚ましい。筆者はサウジアラビアのジェンダー論を主に研究対象としているが、同国では、男性を大幅に上回る数の女性が毎年大学に入学している。2007年の政府統計では、女性の大学進学者数は男性の1.5倍であった。

 

「アラブの春」に触発されて起きた社会運動において女性が主要な役割を果たしていたことは、このような女性の教育レベルの向上と無関係ではないだろう。2011年1月、はじめてサウジアラビア西部の都市ジッダの大通りで声を上げてインフラの改善を要求したのは女性であった。また、その後、内務省前で9.11の容疑者として拘束されつづけている家族の釈放を呼びかけたのも女性であった。さらに後になって盛り上がった、女性の自動車運転解禁運動では、女性たちは自動車を運転して女性が運転できる既成事実を作り上げようとした。

 

そして彼女らの行動は、結果的に政府も動かした。民間企業の労働力を外国人からサウジ人に置き換える取り組み「ニターカート」では、サウジ人男性のみならずサウジ人女性にも大規模に雇用を創出することが目標とされている。アブドゥッラー国王は、女性の政治参加の促進にも力を注いだ。2011年9月、女性が諮問評議会や地方評議会に参加できるようにすると約束したのである。実際に2013年1月、諮問評議会議員の20パーセントにあたる30人の女性が議員に任命された。30人の女性議員のうち3人は諮問評議会において女性の自動車運転の解禁を目指して議案を挙げたと報じられた。

 

[*1] Pratt, Nicola. 2013. “Rethinking Gender in the ‘Arab Spring’” AMEWS E-Bulletin. Issue 2, February 2013.

 

[*2] Kandiyoti, Deniz. 2013. “Fear and Fury: Women and Post-Revolutionary Violence” Open Democracy, 10 January 2013.

 

 

 

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