未完のプロジェクトとしてのフェアトレード――現場から見る可能性と限界

コーヒーの価格変動

 

フェアトレードの対象としてコーヒーが頻繁に取り上げられるのには、それなりの理由がある。貿易額が、一次産品としては石油に次ぐ世界第2位となるコーヒーは、欧米の植民地化と密接にかかわる作物であり、アジア、アフリカ、ラテンアメリカといった発展途上国において生産され、そのほとんどが欧米や日本といった先進国で消費されるといった取引構造のなかにある。ラオスはベトナムと同様に、1910年代に当時の宗主国であったフランスから苗木が持ち込まれている。

 

さらにコーヒーの取引価格はロンドンとニューヨークの先物取引市場において日々変化するため、投機の対象となり、ときには生産コストを下回るほどの低価格で取引されることもある。これまでにも1992年と2001年に極端な低価格に見まわれ、「コーヒー危機」と呼ばれる事態に陥ったことがある。この時期には世界中のコーヒー生産者がコーヒー栽培で生計を立てることができなくなり、生産者が都市に移住するなどコーヒー農家は大きなダメージを被った。

 

一方で、ラオスコーヒーは2000年代に入るまで国際コーヒー市場での存在感がそれほど高くなく、相場より低い価格で取引されていたため、「コーヒー危機」の影響をそれほど強くは受けなかった。

 

とはいえ、ラオスのコーヒー農家も不安定な生業であることに変わりはない。もともと焼畑耕作をしてコメを自給してきたラオスの農家は、1990年代に政府が焼畑を全面的に禁止したことによって、コメの代わりにコーヒーを栽培し、その売却益で主食であるコメを購入するという生業パターンになった経緯がある。このため、農作物栽培には必然的に付きまとう気候変動というリスクに加えて、市場価格の変動という新たなリスクに対処しながら生計を立てていかねばならなくなったといえる。

 

社会主義国であるラオスは、1986年の市場開放をきっかけに輸出産品としてコーヒー栽培を奨励し、フランス政府やFAOなどの国際機関によって継続的な支援が行われてきた。収穫量や輸出量は年々増加し、2006年にはアメリカの民間団体の支援によって初めてフランスのフェアトレード市場にコーヒーを輸出する生産者協同組合が誕生した。その後、2008年にラオス農林省が主導する「ボラベン高原コーヒー生産者農業協同組合(AGPC)」に吸収され、今日に至っている(AGPCは2009年にFLO認証取得)。

 

 

写真2:FLO IDの記載された認定証(筆者撮影)

写真2:FLO IDの記載された認定証(筆者撮影)

 

 

一般に自作農がフェアトレード市場にコーヒーを売るには、協同組合を設立し、その組合を通すことになっている。だが、ラオスでは1980年代に政府主導の協同組合が誕生したものの、支払い遅延などの理由により農家から支持されず、誕生後2、3年で機能不全に陥ったという苦い経験がある。したがって、政府による農業の集団化に対していまだ慎重な姿勢を保つ農家も多い。

 

では、実際に彼らはいったい、どこにどれだけコーヒーを売却しているのか。

 

 

庭先コーヒー価格の変化

 

マックテーン村に住む27歳のミーさんは、コーヒー産地の同村から約120キロメートル離れたチャンパサック郡より2007年にやってきた[*2]。16歳で学校を卒業し実家でコメ作りをしていたが、農閑期には親戚の伝手をたどって同村を訪れ、住み込みでコーヒーの収穫を手伝っていた。その後、手伝っていた家の娘と結婚し、このマックテーン村でコーヒー栽培に従事するようになった。ミーさんは2013年の時点で3ヘクタールの農園を使ってコーヒーを栽培している。このように収穫の手伝いに来た相手と結婚するケースがこの地域ではかなり多く、収穫は出会いの場となっている。

 

同村において、一般市場にコーヒーを売却する仲買人の買取価格は2012年には1キログラムあたり2200キープ(約22円)から3500キープ(約35円)であった[*3]。買取価格は10月末の収穫期の始まりが一番低く、その後、少しずつ上昇し、11月中旬ころにピークを迎え、その後はふたたび下降していく。一方、AGPCは収穫期の始まりから終わりまで1キログラムあたり3770キープ(約37円)という一定の価格で買い取っていた。

 

FLO認証制度のもとでは、一般市場価格がFLOの最低保証価格を上回る場合は、輸入会社も一般市場価格に合わせて買取をすることが義務付けられている。一般市場価格が上昇傾向にあったこの5、6年の間フェアトレードの最低保証価格は、一般市場価格に対して目立った優位性はなく、仲買人の最低買取額とAGPCの買取額の差は1キログラムあたり1500キープ(15円)前後、最高買取額との差はあまりないという状態が続いている(表1)。

 

確かにAGPCの場合、「社会的割増金」は村落基金の原資に充てられるため、農家の手取りのほかに間接的な金銭的恩恵を得ることは間違いない。だが、この両者の差を踏まえたうえで、農家がどのような選択をするのかをしっかりと理解しておく必要がある。

 

 

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実際、農家がどれほどの収入を得ているのかというと、ミーさんの場合、2012年には4000キログラムのアラビカコーヒーの実を仲買人に売っており、1200万キープ(約12万円)程度の収入を得ている。これに加えてロブスタという別種のコーヒーも300キログラム(生豆)仲買人に売却しており、ここから430万キープ(約4.3万円)程度を得ている。合計すると1630万キープ(約16.3万円)となるが、これで一家4人のコメ代は賄えている。とはいえ、子どもが中等・高等教育を受けるようになれば、この収入ではまだ不十分である[*4]。この収入の合計額は、幹線道路から比較的離れている同村の中では平均的な数値である。

 

実は、ミーさんは2012年に組合への売却を止めた。仮にすべてのアラビカコーヒーをAGPCに売った場合、1508万キープ(約15万円)の収入になるが、その差は300万キープ(約3万円)だ。この金額は中古のバイクが一台買えるくらいなのだが、ミーさんはそれを望んでいないようだ。

 

追加収入が期待できるにもかかわらず、AGPCにコーヒーを売らず、仲買人を選ぶのはなぜか。AGPCにコーヒーを売らなくなったのは、ミーさんだけではない。マックテーン村ではAGPC発足当時の2008年には179世帯中113世帯が加盟していたものの、2013年には12世帯に減少していた。この急激な減少は何を意味するのか。これにはいくつかの理由が考えられるが、以下ではそのうちの一つについて取り上げてみたい。

 

[*2] 文章中の村名と人名はすべて仮名である。

 

[*3] 文章中のカッコ内の日本円は2012年当時のレート。以下、同様。数値は、未加工のチェリー(実)の状態での買取額。

 

[*4] このような家計状況の詳細については[箕曲2013]を参照されたい。

 

 

 

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