未完のプロジェクトとしてのフェアトレード――現場から見る可能性と限界

「誤解」や「悪い噂」を生み出す不安定な取引環境

 

いずれにせよ、農家が「借金」を避ける理由は、その相手を信頼していないからである。ある農家は「たとえフェアトレードがいい仕組みであっても、その中で働いている人間が信用できなければ、誰も従わない」という。農家は公務員による汚職や商人のごまかしといった事例を数多く知っているだけに、そう簡単に取引相手を信じていない。

 

確かに農家は協同組合の人々と同様に仲買人も信頼していないが、それでも仲買人は取引の現場で報酬を渡してくれるため、農家からすればまだマシといった感覚なのだろう。このような取引相手に対する不信は、数多くの信頼のある行動の積み重ねで徐々に解消されていくのであろうが、わたしが見てきたさまざまな「誤解」や「噂」について考えると、そう簡単に解消されるものでないこともわかる。

 

AGPCは自らの方針などの情報を末端の組合員に伝達する場合、各単協の組合長をAGPCの事務所に呼び出し、口頭で伝達した後、組合長は自分の村に戻り、組合員に伝達することになっている。AGPC側からは紙に印刷された資料が配られる場合もあるが、末端の組合員に紙の資料が配られることはない。そうなると、この会議の場に出席していなければ情報が伝わらなくなってしまう。たとえ出席していたとしても、組合員はメモを取るわけではなく、ただ聞いているだけなので、後になって思い違いや誤解が生じることもある。

 

さらに、組合長が伝達する場合も、AGPC幹部の話がそのまますべて伝わるわけではなく、組合長が取捨選択して伝えるため、たとえばAGPCの理念やフェアトレードの意義といった部分は、伝えられない場合もある。組合員はいくらで買ってくれるかといった実利的な部分には興味があっても、理念のような迂遠な部分にはそれほど興味を示さないからだ。こういった情報伝達の不正確さから、伝えたはずなのに伝わっていない、あるいは伝えてほしいのに伝えていないといった状況を招き、AGPCの意図とは離れて、AGPCと組合長、あるいは組合員の間に誤解が生じる。

 

たとえば、2009年、最初にAGPCが買取を始めたころは、事前に買取価格を組合員に告げていたが、競合他社が買値を釣り上げる問題があり、次の年には値段の事前公表を避けた。その後、先述の通り報酬の支払いが2回に分かれるようになり、暫定価格として収穫期に8割を支払い、残りは半年後という措置を取るようになった。だが、この買取額を事前に伝えない理由や残りの支払額が何割分なのかといった情報を知らない組合員も多く、ある組合員は「今年はいくらで買い取るか教えてくれなくなった。これではフェアな取引ではない」と文句を言っていた。

 

このような誤解は、容易に悪い噂を誘発する。たとえば、「AGPCのマネージャーは何を考えているかわからない。結局、都会の人ばかりが儲けて、農民は貧しいままだ」という者まで出てきた。AGPCのマネージャーは農家ではなく都市のオフィスワーカーであるが、こういった都会に住む人々に対する不信はAGPCにだけ投げかけられるのではなく一般的なものであり、「都市民は何か悪いことをして儲けているのではないか」という噂を生じやすくさせている。この不信の背景には、都市部と農村部における経済格差がある。

 

会計の状況をみる限り豆代の支払いに関してAGPC側が何か不正を働いているようにはみえないが、農村における情報伝達の曖昧さは、誤解や悪い噂を生み出しやすい環境にあるといえる。こういった状態ではいくら誠実な取引を行おうとも、いつどこで悪い噂が広まるかわからず、ラオスのコーヒー産地は不安定な取引環境にあるといえるだろう。

 

 

一歩先のフェアトレードへ

 

写真5:単協におけるコーヒー加工の様子(筆者撮影)

写真5:単協におけるコーヒー加工の様子(筆者撮影)

 

 

このようにラオスのコーヒー産地では、フェアトレード団体である「AGPC」と、一般の輸出会社と農家をつなぐ「仲買人」という2つの売却ルートがある。農家は誤解はあるものの、それぞれの利点と欠点をよく理解しており、状況に応じて売り分けているのである。この場合、買取価格は数ある選択要因の一つに過ぎず、買取価格が少しばかり高いからといって、必ずしもフェアトレード団体に売るわけではない。

 

農家の選択を決めるのは、本稿で指摘した「誤解」や「噂」といった人間関係に起因するものばかりでなく、ほかにも追加労働や品質向上にかかわる規則の遵守といった組合運営にかかわるものもある。いずれにせよ、これらの要因がフェアトレード市場への豆の流れを制限する要因となっているわけである。

 

一般的にフェアトレードに関わる人々は、仲買人が農家を搾取する悪玉として理解する傾向がある。このような見方は農家があくまで受身な存在であり、庇護が必要な対象としてみなすことにつながる。だが、実際は自作農であればそれぞれの世帯の状況に合わせて売り先を選ぶことができるのであり、フェアトレード団体はこの能動性を前提にした農村支援の仕組みを構想しなくてはならない。

 

肝心なのは、農家が仲買人を選んだからといって、それでこの地域に住む人びとの生活上の脆弱性が改善されるわけではないということだ。たとえば健康保険に加盟することがほとんどないこの地域の人びとは、病気になれば50~70キロくらい離れた町の医者にかかり、入院や薬代で年間に500万キープ~1000万キープ(約5~10万円)程度払う者もいる。突発的に生じるこのような出費に対応できるほど余裕のある世帯は村の中でも一部であり、医療費の支払えない者は治療の見込みのないままとなる。

 

フェアトレードはこのような問題に対する決定的な処方箋を提示することはできないが、少なくともAGPCによる村落基金の原資が増えれば、突発的に生じる医療費を少しは賄うことができるかもしれない。その点で仲買人よりフェアトレード市場を選ぶことに意味はあるのだが、農家の売り先選択において、この点が考慮されることはない。

 

フェアトレードの仕組みは決して完成されたものではなく、各々の産地で生じる問題に対して個別に解決していかねばならない。その意味で、フェアトレードは「未完」のプロジェクトなのである。

 

本稿の意図は決してフェアトレードの試みを批判し、その問題を告発するものではない。むしろ、できればそのオルタナティブな試みが広まってほしいと考える。そのためにはこの試みのもとに何が可能になり、どこが限界となっているのかを冷静に分析する研究が必要なのである。

 

 

参考文献

Jaffee, Daniel, 2007 “Brewing Justice: Fair Trade Coffee, Sustainability, And Survival”, University of California Press.

Lyon, Sarah, 2002 “Evaluation of the Actual and Potential Benefits for the Alleviation of Poverty Through the Participation in Fair Trade Coffee Networks: Guatemalan Case Study”.[http://www.colostate.edu/dept/Sociology/FairTradeResearchGroup/ doc/guatemala.pdf, accessed on June 13, 2008].

2011 “Coffee and Community: Maya Farmers and Fair-Trade Markets”, University Press of Colorado.

ウッドマン、コナー(松本裕訳)2013『フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た』、英知出版。

ニコルズ、アレックス/シャーロット・オパル(北澤肯訳)2005 『フェアトレード――倫理的消費が経済を変える』、岩波書店。

箕曲在弘2013『フェアトレードの生産者への影響をめぐる人類学的研究――ラオス南部ボラベン高原におけるコーヒー栽培農村の事例から』(博士学位請求論文)、早稲田大学。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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