多極共存型民主主義国ベルギーの分裂危機、再び?――多民族社会における民主主義の課題

近代以降の人類の歴史において、民族紛争が絶えることはない。ナチス・ドイツによるホロコーストを経験し、第二次世界大戦が終結した後でさえ、コンゴ動乱やルワンダの大量虐殺、旧ユーゴスラビアの解体に伴う民族紛争など、悲惨きわまりない事件が生じている。ウイグル自治区では、今年に入りテロが多発している。また、多くの死者を出し、国際問題に発展しているウクライナの事件も、人口のおよそ8割を占めるウクライナ人と、およそ2割のロシア人との対立として把握するなら、これも民族対立ということができる。

 

多民族で形成される社会を有する国家で、なぜこのような悲しい事件が起きるのだろうか。「民族共存」など、所詮夢物語なのだろうか。否、そうではないと信じたい。その信念を揺らぐことなく持ち続けて、民族対立を克服しようとするのが政治の使命である。本稿では「多民族社会の政治」のあり方を模索していきたい。

 

以下では、まず「なぜ民族が対立するのか」という問いを考えてみたい。そして、そのような要因を有する民族対立を、過去の政治学がどのようにして乗り越えようとしてきたのかを、オランダの政治学者、アレンド・レイプハルト(Arend Lijphart)の営為をもとに検討する。

 

本稿では、彼の営為は、理論的にも、現実の民族問題に対しても、一定の成果を挙げた、と評価する。そしてその点を十分認識したうえで、彼の営為に限界があることも指摘する。さらにその限界と、それでもなお前を向いて対立を乗り越えようとするときに必要とされる条件を、筆者の専門であるベルギーの民族対立を例に考えてみたい。

 

ベルギー(連邦王国)は西欧の中心に位置する小国で、EUの本部機能を有するブリュッセルを首都とする。「チョコレート」や「地ビール」、『フランダースの犬』の舞台として知られ、レイプハルトの「民族共存モデル」の古典的事例とされる国のひとつである。

 

ところが、先ほど挙げたような悲惨なものではないが、近年、ベルギーを構成しているフランドル人(オランダ語を話す)とワロン人(フランス語を話す)の対立が顕在化し、フランドルの分離主義者が台頭して「分裂危機」と言われる事態が続いている。しかも、まもなく次の選挙である。この対立の要因を考察することで、限界とさらに考えなければならない課題とを模索してみたい。

 

そして最後に本稿が得た知見を、多民族社会における民主主義の課題という視点で整理する。

 

なお、本稿の記述には、一部、拙稿「分断社会における『和解』の制度構築――レイプハルトの権力分有モデルを中心に」(松尾・臼井編『紛争と和解の政治学』収録 ナカニシヤ出版 2013年)と重複する部分があることをご了承いただきたい。

 

 

なぜ「民族」が「問題」なのか

 

「民族」の定義をいかようにしたとしても、現在、「多民族社会」でない国家などない。もし「多民族」であることが原因で対立が生じ、悲惨な殺戮と報復が繰り返されるのであれば、全ての国家、社会が早かれ遅かれホロコーストや民族浄化を経験する運命にあることになってしまう。しかし、そうならないのは、多民族であることが原因ではなく、異なる民族を対立や紛争に促す原因が存在しているからである。

 

歴史を顧みると、多民族社会において、異なる民族が対立する契機は近代西欧の国民国家の形成に遡ることができるだろう。たとえば「一国家一言語」であることは一つの「国民」を創出する重要な戦略だった。フランス革命以降のフランスでは強力な一言語化(同化)政策を推し進め、少数派を統合しようとした。こうしたときに、マイノリティの抵抗運動が生じることがあった。

 

途上国に目を転じると、現地の事情などおかまいなく、こうした政策が植民地政策の宗主国によって推し進められることがあった。この場合、しばしば内的な搾取=被搾取関係が構造化する。第二次世界大戦後の「アフリカの年」に見られるように、独立を勝ち取るなかで、内的な権力抗争を生み出して「コンゴ動乱」などの大規模な事件に発展することもあった。また独立しても旧宗主国との間の経済関係を断ちきることは難しく、「新植民地主義」が残存し、これが内的な対立の火種になる場合も多い。多くの場合、大国を中心とした対外関係によって「対立」が引き起こされる。

 

現在でも、たとえ西欧においてでさえ、多民族社会において各民族の数が同数であることなどありえない。国連が先住民族の保護を打ち出し、また「多文化主義」も浸透するなど、マイノリティを守ろうとする世界観が拡がりつつあるが、しばしば数的格差があるうえに各民族間の経済格差が生じている場合がある。こうした政治的・経済的不均衡が「多民族社会」を「対立」へと促す背景にある。

 

では、こうした事態を解消しようとして、政治(学)は何を提示してきたのだろうか。

 

 

 

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