ポスト・アメリカのパキスタン――多極化する南アジア地域

パキスタン・中国関係の経緯

 

一貫して良好な関係にあるパキスタンと中国であるが、1950年代のパキスタン外交はむしろアメリカとの関係構築に重点があった。パキスタンは1954年、1955年に防共軍事同盟として相次いで発足した東南アジア条約機構(SEATO)と中央条約機構(CENTO)をつうじて、アメリカとの同盟関係を追求し、台湾やチベットの問題では中国とむしろ距離を置いていた。後にアメリカの国務長官を務めるダレスは、パキスタンを「共産主義に対する有効な防波堤のひとつ」と述べている[Sharma 1968: 84]。

 

中国から見ても、当時のパキスタンはとくに魅力的な同盟相手とはいえなかったようである。1959年10月に、インドと中国がラダックで国境紛争に至った頃、パキスタンのアユーブ・ハーン大統領がインドに対して共同防衛連合の結成を持ちかけていたことが明らかになり、中国がパキスタンに嫌悪感を示したこともあった。ちなみに、この連合は結局実現していない。

 

友好的とはいえなかった両国が急速に近づいたのは、中国とインドの国境紛争が、カシュミール紛争の一部であったことによっていた。カシュミール紛争とは、インドとパキスタンがイギリスから独立した時に、当時のカシュミール藩王領の帰属が決着しないまま起こった紛争のことであり、今日なお両国の敵対の核心部分となっている。

 

 

パキスタン行政区分

 

 

アユーブ・ハーンは1959年から中国に対し、カシュミール北部と中国の新疆が接する地域について交渉をおこなうよう働きかけをはじめた。この地域はカシュミール藩王領の北辺にあたる。パキスタンは事実上、占領も統治もしていなかったこの地域を中国領と認め、パ中国境線を画定するという提案であった。

 

パキスタンが中国の国連での議席獲得を支持したことや、インドとの国境紛争が大規模な武力衝突に発展する中で、1962年10月にパ中交渉は開始される。そして1963年3月に中国の陳毅外相とズルフィカル・アリー・ブットー外相の間で、国境協定が結ばれた[Sharma 1968:85–87]。ただしインドとの国境が確定しない中で、頭越しにパキスタンが単独で結んだ条約であって、インドはこれを認めていない。

 

こうして、実質的には痛みのない領土上の譲歩を中国に対しておこなうことで、パキスタンと中国は急接近した。中印国境紛争にさいして、米ソがともにインド側に立つ中、パキスタンは中国を支持した。国際的孤立状態にあった中国にとって、パキスタンは中国と国際社会との間をつなぐ役割を果たした。65年の第二次インド・パキスタン戦争に際しては、中国はパキスタンの後ろ盾となった。独立以来インドとの敵対的関係への対応を最優先課題として来ざるを得なかったパキスタンにとって、このような中国との安定的かつ緊密な関係は、その後の安全保障と外交の大きな支柱となってきた。

 

70年代から80年代は、パキスタン・中国関係の安定期といえる。新疆ウイグル自治区のカシュガルとパキスタンの北西辺境州(現ハイバル・パフトゥンハー州)アボッターバードをむすびイスラマーバードへ至るカラコルム・ハイウェイの竣工はその象徴であった。中国の援助で1950年代末に着工、1978年に竣工したこのルートは、現在ではイスラマーバードからラーホールを経て南端のカラチへと国土を貫通する幹線輸送路となっている。

 

 

カラコルム・ハイウェイ沿いの町ススト付近

カラコルム・ハイウェイ沿いの町ススト付近

 

 

中国にとってカラコルム・ハイウェイはパキスタンへの輸出入の経路として重要なほか、南部バローチスターン州のペルシャ湾岸に中国の支援で建設されたグワダル港と新疆ウイグル自治区とを結ぶ経路として、戦略上の重要性も高まっている。

 

グワダル港の建設は、近年のパキスタン・中国協力の中で最大のプロジェクトである。2002年に着工、2008年12月に竣工式がおこなわれたこのプロジェクトに中国は資金の80%を供与し、労働力の提供や多くの技術協力をおこない、その見返りとして、ペルシャ湾へのアクセスを得た。中国はこの港に通信傍受拠点を設置しており、アラビア海を往来する船舶を監視しているという[松田2007: 98]。これが、後述する「真珠の首飾り戦略」におけるインド洋の拠点の一つとなっている。

 

1989年の天安門事件では、世界から中国への批判が相次ぐ中でパキスタンは外務次官を派遣して中国支持を伝えた。これに応える形で、同年11月には李鵬首相がパキスタンを訪問して、パキスタンへ原子力発電所を売却することが発表されている。このころからインドとアメリカが急接近していったことも、それを牽制したい中国をパキスタンへの傾斜させる要因となってきた。またアフガニスタンの資源開発に意欲のある中国にとっては、パキスタンとのいっそうの連携に積極的であることはさらに当然の成り行きといえる。

 

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2 3 4 5
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.3.15 

・中西啓喜「学力格差と家庭背景」
・竹端寛「対話を実りあるものにするために」
・佐々木葉月「日本のテロ対策の展開」

・小野寺研太「「市民」再考――小田実にみる「市民」の哲学」
・久保田さゆり「学びなおしの5冊〈動物〉」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(5)――設立準備期、郵政民営化選挙前」
・山本宏樹「これからの校則の話をしよう」