ポスト・アメリカのパキスタン――多極化する南アジア地域

パキスタンの思惑

 

パキスタンには目下外交上の大きな懸念が二つある。第一はアメリカとインドの関係緊密化であり、第二はパキスタンとアメリカの関係悪化である。

 

2008年、アメリカはインドと核の民生利用協定を結んだが、同様の協定を求めたパキスタンの要請は受け入れなかった。この一件は、ただでさえ対テロ戦争の長期化によってパキスタン国内の犠牲者が増えていることで高まっていたアメリカへの不信をさらに増幅させた。

 

国内の反米感情の高まりは、そのまま、パキスタンにおける中国の重要性を押し上げることになった。フサイン・ハッカーニー前駐米パキスタン大使は「中国とアメリカは、いずれもパキスタンにとって重要である。仮にどちらかを選ばなければならなくなったら、おそらく中国を選ぶが、今はそのような状況ではない」と述べている[Afridi and Bajoria 2010]。現在のパキスタンにとって、両国はそれぞれに重要で、いずれかに極端に傾くことは現実的ではないものの、選ぶとすれば中国であると明言していることの意味は小さくない。

 

加えて、2011年5月のウサーマ・ビン・ラーディン殺害の一件がある。アメリカによる単独作戦は、パキスタン政府に通告されることなく、アボッターバードという、首都の近郊でなおかつ陸軍の施設が多く立地する町で実行された。これはあからさまな主権の侵害であり、パキスタン政府とパキスタン社会は、アメリカがパキスタンをどのように見ているのかを思い知らされた。一方のアメリカから見れば、ウサーマはパキスタン軍によってかくまわれていたという疑惑をなかば確認したことになろう。

 

パキスタンは中国、アメリカ双方との関係を利用して対パキスタン関係を競わせるかのような状況を作り出し、双方との結びつきを強めることで有利な関係を追求してきた側面がある。そうした文脈からみれば、現在パキスタン・中国関係が急速に接近していることが、アメリカをしてパキスタン関係により力を入れさせる圧力として働くことを、パキスタンは期待していることになる。対中国関係が好調であることで、パキスタンはアメリカ以外にも選択肢があることを示すことができ、対アメリカ政策上有利な状況になるわけである。

 

 

中国の思惑

 

中国はなんのためにパキスタンとの友好関係を必要とするのか。ひとつには、インドへの対抗があることは先に見たとおりである。しかしそれに加えて、中国国内のムスリム問題との関連にも留意する必要があろう。

 

新疆ウイグル自治区の武装勢力は、1980年代にパキスタンのマドラサ(モスク附属の神学校)で訓練を受け、アフガニスタンでソ連と闘った。90年代にはターリバーンと行動をともにし、2001年以降はアフガニスタンでアメリカおよびその連合軍と戦っていたという。マドラサはウイグル人武装勢力のリクルートの場となり、彼らは軍事訓練を受けて新疆に戻っていった。また、パキスタンで中国の援助によって建設されたグワダル港の工事に携わる中国人労働者などが、イスラーム過激派のテロの標的となってきたことにも、中国政府は神経を尖らせている。

 

「中国は、パキスタン国内で反テロの流れにあまりに深く関与すればどんな危険に直面するかをわかっている。直接的な反テロよりも、パキスタンの政教分離主義者たちを強化するというような、注意深く計算されたアプローチが必要だと知っている。その限りで、中国はアメリカがパキスタンにより深く関与することを促すことに躊躇がない」[Afridi and Bajoria 2010]という分析もある。

 

つまり中国は、対テロ戦略をアメリカに任せて、自らは危険に直面することを回避しつつ、パキスタンの政治家ら民主化勢力との絆をふかめることで自国内のイスラーム過激派対策への裨益をも視野に入れているということである。

 

さらに中国のより広い対外政策との関連では、いわゆる「真珠の首飾り(a string of pearls)戦略」の一角に、パキスタンが位置づけられていることがある。これは南シナ海からインド洋を横断し、アラビア半島およびアフリカ東部に至る海上交通路を重視し、沿岸諸国との戦略的な関係構築を図り、各海域に拠点としうる港を確保する中国の外交戦略として知られる。インド洋ではバングラデシュのチッタゴンとならんでグワダル港が重要拠点となっている。この海上航路は世界第二位の石油消費国である中国にとって、エネルギー安全保障上の戦略と考えられる。

 

 

インダス川上流

インダス川上流

 

 

 

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