地方住民の政治参加を促すパンチャーヤト制度――インドの「進んだ」地方自治・行政組織

最近、レイプ事件など女性に対する暴力が何かと話題になっているインドで、今年になってまた衝撃的な事件が報道された。他のコミュニティの男性と恋愛関係になったトライブ(少数民族)の女性が、村のトライブの長によって招集された村裁判の会議で集団レイプの刑を宣告され、複数の男性からレイプされたという凄惨な事件である。

 

インドでは、地域によっては、特定のコミュニティやカースト内での慣習や規律に関する問題を扱う長老会議・裁判のようなものが存在し、社会で一定の権威を保持してきた。よく知られているものに、カープ・パンチャーヤト、あるいは、カースト・パンチャーヤトなどと呼ばれるものがある。そこでの決定はしばしば個人の婚姻の自由を侵害するものや、女性への暴力となるようなものが含まれることから問題視されている。

 

もちろんこうした決定機関に正式な法的地位・権限はない。インド法律委員会(Law Commission of India)も名誉や伝統の名の下で婚姻の自由が妨げられるような行為や集会を禁止する法律の制定を提言している[*1]。

 

[*1] Government of India, Law Commission of India,(2012) “Prevention of Interference with the Freedom of Matrimonial Alliances (in the name of Honour and Tradition): A Suggested Legal Framework”, Report No.242を参照。

 

先述のレイプ事件を報じるニュースでも、農村部に存在する非合法な自治組織について言及され、カープ・パンチャーヤトの語が紹介されていたりする。ただ、こうした記事を目にした読者が、同じくパンチャーヤトの名で知られているインド農村部での正式な地方自治・行政機構と非合法な(慣習的な)パンチャーヤトとを混同してしまわないかといささか気になる。以下では、インド農村の自治組織に関する誤解を防ぐ意味も込めて、地方自治・行政組織であるパンチャーヤト制度について紹介したい。

 

 

村の定期市の様子

村の定期市の様子

 

 

地方自治・行政機構としてのパンチャーヤト

 

パンチャーヤトという語は、かつてインドの農村社会で5(パーンチ)人程度の長老の合議による自治が行われていたことにその名は由来する。もちろん、現在の地方自治・行政機構であるパンチャーヤトは5人の長老によるものではなく、普通選挙で選ばれたパンチャーヤト議員で構成される議会制にもとづくものである。現制度のパンチャーヤトは、一般的には、州より下位の県レベル、中間(郡、ブロック)レベル、そして、村レベルの3層の地方議会からなり、当該地方の農村開発事業の計画策定・実施に責任を負う。

 

独立後のパンチャーヤトは州によってその形態や機能はまちまちであったが、1993年の第73次憲法改正によって地方自治体としてその機能や権限が明確化され、(一部の州を除き)全国一律のパンチャーヤト制度の整備が各州で進められた[*2]。同改正の主な点は以下の通りである。

 

[*2] 独立後から憲法改正までのパンチャーヤト制度の展開に関しては、井上恭子(1998)「インドにおける地方行政-パンチャーヤット制度の展開-」『アジア経済』39巻11号 pp.2-30に詳しい。

 

 

・3層(県・中間・村レベル)のパンチャーヤトの設置。

・すべての層のパンチャーヤトにおける直接選挙による議員の選出。

・「指定カースト(Scheduled Castes=SC)」、「指定部族(Scheduled Tribes=ST)」に対する人口比に応じた留保議席の導入。

・3分の1の議席を女性に留保。

・5年を任期とし、解散の場合、6か月以内に選挙を実施。

・有権者全員が参加できる村民会議(グラム・サバー)の設置。

・開発事業の計画・実施の権限をパンチャーヤトに移譲。

 

 

以上のような憲法改正を受けて、各州でパンチャーヤト制度が整備され、パンチャーヤトへの権限移譲による分権化の促進、地方政治の民主化(住民の政治参加)の促進、公正で効果的な開発政策の実施が期待されてきた。

 

2004年には、パンチャーヤト制度による分権化と参加型の地方自治の実現を目指し、独立した省(パンチャーヤティ・ラージ省)も設置されるにいたった。2014年3月時点で、全国で、県レベル、中間レベル、村レベルのパンチャーヤトの数はそれぞれ594、6,326、237,460にのぼる[*3]。この巨大な数の議会が、民主主義大国インドの草の根レベルの民主主義を支えているのである。

 

[*3] インド政府パンチャーヤティ・ラージ省のホームページより。

 

 

 

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