地方住民の政治参加を促すパンチャーヤト制度――インドの「進んだ」地方自治・行政組織

住民の政治参加を促すパンチャーヤト制度

 

ここでは、地方政治の民主化(住民の政治参加の拡大)の観点から、パンチャーヤト制度の特徴や現状について述べてみたい。

 

まず、何よりもパンチャーヤト制度において特徴的なのが、社会的弱者層に対する留保議席の制度を設けていることである。

 

インドでは周知のように、カースト社会の中で「不可触民」として長らく差別に苦しんできたカーストの人々が存在する。それらのカーストは現在、法的・行政的には「指定カースト(SC)」とよばれている。また、広大なインド亜大陸には独自の文化を有する少数民族も各地に存在し、社会経済発展から取り残されてきたこれらの少数民族は「指定部族(ST)」と呼ばれている。インドではSC、STの人々の社会進出を促進させるべく、議会での議席、公的雇用、教育などで優遇措置がとられている。パンチャーヤトにおいてもSC、STのための留保議席が上記の憲法改正によって義務付けられるようになった。

 

SC、STへの議席の留保に加え特筆すべきなのは、女性のための留保議席がパンチャーヤトで導入されたことである。インドでは、州議会や連邦議会において女性の留保はまだ実現していない(憲法第108次改正案は連邦下院議会ならびに州議会の議席の3分の1を女性に留保しようとする法案であるが、連邦上院議会で2010年に可決されたものの、下院議会で審議はペンディングになっている)が、地方議会においては女性に対するポジティブ・アクションが積極的に進められてきたのである。

 

少々古い数字になるが、2008年3月時点の3層合わせたパンチャーヤトの議員の総数は約281万8000人。そのうち、SC、STの議員の占める割合は、はそれぞれ18.5%、11.3%、また、女性議員の割合は36.9%である[*4]。

 

[*4] パンチャーヤティ・ラージ省のホームページより。

 

また、2009年には、パンチャーヤトにおいて女性の留保枠を50%に引き上げようとする第110次憲法改正案が連邦議会で審議され始めた。この憲法改正法案に関しても連邦下院議会でペンディングになったままで、まだ可決されてはいないが、いくつかの州ではすでに独自にパンチャーヤト法の改正を行い、女性の留保枠を50%に引き上げている。そのため、現時点での女性議員の割合は上述の数値よりさらに高くなっていると予想される。

 

ちなみに、日本政府も、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度にするという目標を掲げ、積極的改善措置(ポジティブ・アクション)の推進をはかろうとしている。平成23年版の『男女共同参画白書』ではポジティブ・アクションに関する特集が組まれているが、同白書によると、日本の国会議員における女性の占める割合は、衆議院で11.3%、参議院で18.2%と、国際的にみてかなり低い水準にとどまっている。

 

インドにおいても国会レベルではまだ女性のクオータ制がとられていないため、連邦下院議会では10.8%、連邦上院議会では10.3%である[*5]。しかし、地方議会に目を向けると、日本の都道府県議会議員に占める女性の割合はわずか8.1%に留まっており、町村議会においては、女性のいない議会の割合は38.0%にものぼっている[*6]。インドにおける地方議会との差は歴然としている。

 

[*5] 内閣府『平成23年版 男女共同参画白書』p.8。

 

[*6] 同上pp.20-21

 

留保議席の制度と並んでインドの地方制度におけるもう一つの大きな特徴は、有権者すべてが参加できる村民会議の存在である。住民(特に貧困層)の声を反映した開発政策の実施、また、汚職を減らし、開発政治の透明性を高めていくうえで、住民の政治参加、とりわけ、直接的な参加は欠かせない。パンチャーヤティ・ラージ省も、地方自治やグラム・パンチャーヤトの健全な機能にとって中心的な役割を果たすものとして村民会議を位置づけている。

 

 

西ベンガル州のパンチャーヤト制度

 

インド各州のなかでもパンチャーヤト改革に積極的に取り組んできた州のひとつとして西ベンガル州が挙げられる。西ベンガル州では1977年に「インド共産党(マルクス主義)」(以下、CPM)を中心とする左翼の連合政権である左翼戦線(Left Front=LF)政権が発足するが、同政権が土地改革とならんで農村開発政策において特に力を入れたのがパンチャーヤト改革であった。それ以前もパンチャーヤトは組織されていたが、選挙もろくに行われず、大土地所有地主層など村の有力者による政治が村内で行われていたのが実情である。

 

同州では、1973年に「西ベンガル州パンチャーヤト法」が成立していたが、同法に基づき初めて選挙が行われ、新たなパンチャーヤト機構がスタートするのはLF政権発足後の1978年であった。その後、西ベンガル州では5年おきにパンチャーヤト選挙が行われるようになり、住民の直接選挙によって選ばれた議員による政治が行われてきた。同州のパンチャーヤト機構は、県レベルの議会であるジェラ・ポリショッド、中間(ブロック)レベルの議会であるパンチャーヤト・ショミティ、村レベル(複数の村/選挙区で構成される)の議会であるグラム・パンチャーヤト(以下、GP)の3層からなる。

 

西ベンガル州でも、先述のインド憲法改正の動きに合わせるようにいち早くパンチャーヤト法の改正が行われ、SC・STならびに女性への留保議席が1993年の選挙より導入された。村民会議の規定もその際盛り込まれたが、その後の1994年の改正法ではさらに、2層の村民会議の設置が義務づけられた。すなわち、全GPレベルでの村民会議(グラム・ショバー)と、GP内の選挙区レベルでの村民会議(グラム・ションショッド)である。西ベンガル州のパンチャーヤト組織を図にすると以下のようになる。

 

 

注)「パンチャーヤト」の語以外はベンガル語の発音に従ったカタカナ表記にした。

注)「パンチャーヤト」の語以外はベンガル語の発音に従ったカタカナ表記にした。

 

 

グラム・ショバーは年1回、グラム・ションショッドは年2回の開催が義務付けられている。会が成立するための定足数は、グラム・ショバーで全有権者の20分の1以上、グラム・ションショッドで10分の1以上である。2003年の同州のパンチャーヤト法の改正では、法に照らして問題がある場合を除き、GPがグラム・ションショッドの意見を無視あるいは拒否できないことが明文化され、最も末端の村民集会であるグラム・ションショッドに大きな権限が付与された。

 

さらに、同年の改正では、住民参加による公正な開発政策の実施に責任を負う「農村開発委員会」を各グラム・ションショッド(選挙区)に設置することも義務付けられた。20人ほどで構成される委員会の構成員はグラム・ションショッドで選出される。構成員には、当該選挙区から当選したGP議員、選挙の際に次点で敗れたGP議員立候補者、ボランティア組織や協同組合等の公的団体のメンバー、自助グループのメンバー、現職あるいは退職した公務員、現職あるいは退職した教員が含まれなければならない。また、構成員の3分の1は女性でなければならないとされている。

 

委員会の長は当該選挙区から当選しているGP議員が務め、委員長と共に開発政策の実施において重要な役割を担う委員会書記は構成員の中から互選されることになっている。

 

また2012年には、女性の留保議席を50%に引き上げる改正も行われた。さらに、同年の改正では、SC、ST以外の「その他の後進諸階級(OBC)」の人々にも留保枠が設けられることになった。

 

以上のような改革を通して、西ベンガル州では、地方政治への住民の参加を促すための制度が強化されてきた。

 

ここからは、筆者が調査をしてきた同州のひとつのGP(B.GPと呼ぶことにする)を取り上げ、パンチャーヤトにおける住民の政治参加の様子を紹介したい。2008年の選挙に関しては、B.GPの14の選挙区から計15名がGP議員として当選した。2008年の西ベンガル州のパンチャーヤト選挙で特筆すべきことは、それまで農村部で強固な支持基盤を持っていた州政府与党のCPMが大幅に議席を減少させたことが挙げられる。B.GPにおいても、初めてCPMが敗れ、与野党の逆転が見られた。

 

 

 

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