地方住民の政治参加を促すパンチャーヤト制度――インドの「進んだ」地方自治・行政組織

B.GPにおける住民の政治参加

 

B.GPでは、1978年に選挙が行われて以来、それまで政治的権威を保持していた大土地所有地主層に代わり、農村社会での中・下層の人々がGP議員として村内政治における中心的な役割を担うようになった。90年代の留保議席の導入は、さらなる新たな層を政治の表舞台へと連れ出した。

 

ところで、留保議席は選挙区にローテーションで割り振られるため、留保議席に当てられた選挙区からは必ずしも選挙区内で最も意欲的あるいは実力・経験のある人物が立候補するとは限らない。留保議席で当選した経験の乏しい議員のなかには、選挙区内の有力な政治家の傀儡と化す者もいる。女性議員の場合、夫が妻に代わって様々な仕事を肩代わりしている場合もある。これらのことは留保議席導入後のインドのパンチャーヤトに関してしばしば指摘されてきた。

 

B.GPにおいても経験不足の女性議員に代わり、夫が仕事の手助けをするケースはこれまで見られた。しかし、そのことは必ずしも女性議員の消極性や意欲のなさを示すものではない。B.GPでも2008年選挙では、議長の座が女性に留保されていたため、女性が議長になっていた(議長は当選議員の中から互選で選ばれるが、議長職においても女性への留保が導入されている)。確かに議長の夫は彼女の仕事をサポートしていたが、その女性議長は決して受け身の姿勢ではなく、自ら住民の苦情や陳情に耳を傾け、外回りの仕事も積極的に行っていた。また、別の女性議員は、対立政党支持者からの嫌がらせを恐れた村人たちは集会に参加することをためらったため、選挙戦では一人で村内を積極的に歩き回り、自らの主張を訴えたと話していた。留保議席とはいえ、政治に臨む意欲や姿勢において決して他の議員に引けを取らない女性議員も存在するのである。

 

とはいえ、新規にGP政治に参入した議員がリーダーシップを発揮していくことは容易ではない。GP議員とともに選挙区内での開発プログラムを動かしていく農村開発委員会書記の役割はその意味で重要である。農村開発委員会のメンバーはグラム・ションショッドで選出されるため、どうしても当該選挙区から当選したGP議員と同政党の支持者が多数を占めることになり、その中から互選される書記はその政党(支持者)内のある程度の実力者ということになる。2008年のパンチャーヤト選挙の後に各グラム・ションショッドで成立した農村開発委員会の書記の顔ぶれをみると、その多くが、元GP議員あるいは党のローカルな組織で何らかの役員をしている人物であり、議員に対する影響力の大きさが察知できる。

 

しかし、これまで政党や政治活動からは距離を置いていた(その意味で清廉潔白で、党派を超えて広く人々から信用されている)人物が書記として選出されている場合もあり、政党間の対立が熾烈で、支持者びいきが当たり前のように行われていると思われているパンチャーヤトの開発政治において、一定の公正さを担保するものとして、その役割に期待することができる。

 

 

稲の脱穀風景

稲の脱穀風景

 

 

次に、村民会議に目を転じてみよう。B.GPでは、GP全レベルの村民会議であるグラム・ショバーより、強い権限も付与された選挙区ごとの村民会議であるグラム・ションショッドに人々の強い関心がある。とはいえ、どのグラム・ションショッドの場合でも、定足数ぎりぎり(おおよそ70~100人程度)で開催されているのが実情である。なかには開催途中で定足数を切ってしまう場合も珍しくない。

 

また、村民会議では、質問や意見のある者が一人ひとり順に発言し、皆がそれに静かに耳を傾けるといったように、秩序正しく会が進行するわけではない。あちらこちらから同時に参加者たちが思い思いに言いたいことを言い出すため、会場はすぐに騒然となる。一度騒然となると、GP議員や農村開発委員会書記やGP事務局担当者など、会を仕切っているメンバーたちもそれを制御し、鎮めることは困難である。

 

村民会議で議題になるのは、もっぱら政府の貧困削減のための開発プログラムの実施(場所の選定)や受益者選定に関するものである。パンチャーヤトは地方自治体とされているが、その仕事の大部分は中央・州政府の開発プログラムを現場で実施することであり、政府の末端行政機関といった意味合いが強い。

 

貧困層を多く抱える農村部では税収などから自主財源を確保し、独自の行政を行うことは難しい。政党や政治家も票の獲得のためには住民の負担になることよりも、上から降りてくる開発資金をいかに多くの住民(支持者)に分配するかに心血を注ぐことになる。そのため、限りある上からの開発資金の奪い合いと、そこから派生する、熾烈な党派間の争いといった構図はインドのパンチャーヤト政治に大なり小なり共通する。B.GPのグラム・ションショッドにおいても、政府の貧困削減プログラムの受益が参加者の大きな関心事となっている。そのため、受益のターゲットとなる貧困層からの参加者が目立つ。

 

このように、村民会議では、その議題は限定され、参加者も開発プログラムにおける利害関係者に偏ってしまうなどの問題点、また、会議が騒然としたものになってしまうという難点が見られる。しかし、会議で飛び交う参加者の情熱的な発言、さらには、パンチャーヤト行政や議員に対する厳しい批判は、政治家の説明責任を促し、開発政策をより公正に実施させる大きな力になっていると言えよう。また、会議では女性が積極的に発言する姿も見られる[*7]。

 

[*7] B.GPにおけるパンチャーヤト政治の記述は、森日出樹(2011)「インド西ベンガル州における農村政治の転換-左翼政党の敗れたグラム・パンチャーヤトの事例から-」『松山東雲女子大学人文科学部紀要』19巻pp.55-86に依拠する。

 

「遅れ」た印象と「進んだ」制度

 

以上、西ベンガル州での事例をもとに、住民の政治参加の視点から、インドのパンチャーヤト制度について紹介した。インドの地方制度においては、女性や社会経済的弱者への留保議席制度、直接民主主義の制度である村民会議など、民主主義の根幹とも言える住民参加を促す制度が整えられている。制度運用上の問題点は多々あるにしても、私たちが草の根レベルでの民主主義や幅広い住民の(直接的な)政治参加を考える際に参考にすべきものがそこにはある。

 

インドをはじめ新興国や途上国に関するニュースには、その国の社会や制度の「遅れ」を印象付けさせる、あるいは、そうした印象を増幅させるような報道(のされ方)が目立つ。冒頭で紹介した農村の自治組織を報じるニュースもその例外ではない。その意味で、本稿のパンチャーヤト制度の紹介が、インドの「進んだ」制度の紹介として受け止めていただければ幸いである。

 

 

 

インド民主主義体制のゆくえ―挑戦と変容 (研究双書 580)

インド民主主義体制のゆくえ―挑戦と変容 (研究双書 580)書籍

クリエーター近藤 則夫

発行日本貿易振興機構アジア経済研究所

発売日2009-11

カテゴリー単行本

ページ数410

ISBN4258045802

Supported by amazon Product Advertising API

 

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、シノドスは誠実に配信してまいります。シノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンをご検討ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

シノドスが発行する電子マガジン

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをやさしく解説
・専門家たちが提言「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を知り、学ぶ「知の巨人たち」
・初学者のためのブックリスト「学びなおしの5冊」

……etc.

https://synodos.jp/a-synodos

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.249+250 「善い生き方」とは何か?

・佐藤岳詩「善い生き方と徳――徳倫理学というアプローチ」
・井出草平「社会問題の構築と基礎研究――ひきこもりを事例に」
・大屋雄裕「学びなおしの5冊〈法〉」
・酒井泰斗「知の巨人たち――ニクラス・ルーマン」
・小林真理「「文化政策学」とはどんな学問か」