悪化するシリア情勢に難民たちはいま

国境を超える人々

 

さまざまな人々の思惑がひしめき合う中で、シリア情勢は悪化していく。それに伴い、国内の人々はシリアを脱し、周辺国へ逃げ込んでいる。2014年3月時点で国外避難民は250万人、そして国内避難民は650万人に上ると報告されている[*9][*10]。その多くは子どもであり、状況はアフガニスタンを超える非常に厳しい状況であると言われている。

 

[*9] UN: 9 Million Syrians Now Displaced as Conflict Ticks into Forth Year (Aljazeera America 2014年3月14日) http://america.aljazeera.com/articles/2014/3/14/syriaa-s-forciblydisplacedtop9million.html

[*10] Syria Crisis http://syria.unocha.org/

 

UNHCRによれば、避難先はレバノンの約110万人[*11]が最も多く、次いで、トルコが77万人、ヨルダンが60万人、イラクが22万人、そしてエジプト13万7000人となっている(2014年6月8~10日現在)。これらの人数はあくまでUNHCRの難民登録をしている人々の数であり、難民登録を待つ人々は地域全体で6万6000人いる。一口に難民と言っても、人種や避難先によって置かれている立場は異なる。以下では現地で耳にした人々の声を紹介しつつ、難民が置かれた立場、支援状況などを概要していく。

 

[*11] レバノンのシリア難民、100万人突破 人口の4分の1 (CNN 2014年4月3日) http://www.cnn.co.jp/world/35046094.html

 

そもそも国境を超えることは容易ではない。まず、自分の町を出るまでが大変だという場合がある。シリアの首都ダマスカスから北東へ約10キロのところにある町、ドゥーマから逃げてきたというシリア人難民は以下のような話をしてくれた。

 

「ドゥーマは政府軍により、針金のような鉄線で囲まれ包囲されている。そこから出るためにはいくつかの検問を通らなければならず、その度にお金を払わなければならなかった。お金がないと外に出ることができないんだ」

 

 

ヨルダン北部、シリアとの国境まで約10キロ。UNHCRのロゴの入ったテントが立ち並ぶ。(2014年5月筆者撮影) (写真1)

ヨルダン北部、シリアとの国境まで約10キロ。UNHCRのロゴの入ったテントが立ち並ぶ。(2014年5月筆者撮影)

 

 

外に出て国境を越えるまでの行程も、また過酷なものである。車やタクシーを使って国境まで来たという人もいるが、中には何日間も歩いてきたという人もいる。先のヨルダンに逃げてきたシリア人一家は、車で3時間ほどの距離を40日間かけて歩いてきたという。彼らの場合、足を怪我し、車いすでないと動くことのできない家族がいたため、さらにきつく厳しかったそうだ。

 

ヨルダンには2か所の国境検問所があるが、検問所ではないところから国境を超える難民も多くいる。多くのシリア人難民が不法入国だと言われるが、国境までくるとヨルダン軍がヨルダン国内の難民キャンプまで輸送してくれる。そのときに、IDカードなどの身分証明をヨルダン軍に取られてしまったという声も聞いたが定かではない。

 

パスポートを持っている人のなかで、ヨルダンまで空路で避難している人がいた。このシリア人難民によると、ダマスカスとアンマンの間の空路は閉鎖されることも多かったため、ダマスカスからレバノンの首都・ベイルートに飛び、その後アンマンに逃げる経路が主だということだ。彼はパスポートを持っていても避難のために必要な渡航費がなかったのだが、故郷からダマスカスまで逃げてきたとき、偶然出会ったシリアの富裕層に費用を負担してもらうことができたそうだ。これは極めて稀なケースで、多くの人々がヨルダンにせよレバノンにせよ、陸路で移動している。

 

 

十分でない支援

 

難民としての支援を受けるためには、まずUNHCRの難民登録窓口に行き、難民登録をする必要がある。しかし、難民登録のできる場所は極めて限られており、その窓口に行くまでが大変である。さらに、すぐに難民登録できるわけではなく、事前に登録のための面接を予約しなくてはならない。その後、予約日に面接を受け登録申請をしに行く。ヨルダンに滞在するあるシリア人難民によれば、面接の予約をしに行ってもその受付をするまで長蛇の列に並ばなくてはならず、朝早くに並んでも終日かかるという。

 

また、難民登録は一度目は一年後に、それ以降は半年ごとに更新をする必要があり、この手続きもやはり時間がかかる。そのため、難民登録が完了するまでの間、そして難民登録の更新をしている間はUNHCRからの支援を受けることができず、けがや病気の治療が必要であれば自費で賄わなければならない。

 

絶えず増え続ける難民に対して、UNHCRも人数を増やして難民登録を行っている。またシリア難民を受け入れるホストカントリー(ヨルダン、レバノン、イラク、トルコなど)には国連機関や非政府組織(NGO)も数多く入り、シリア難民支援に取り組んでいる。多くの支援機関が入ることで、援助漬けになってしまわないかという懸念もあるが、一方で次から次へと国境を越えてくる難民への対応は追いついておらず、また彼らのニーズを反映した支援が必ずしも十分でないこともまた事実である。

 

難民登録証を受け取ることができれば、規定された支援を受けることができる。例えば、UNHCR指定の病院を無料で受ける、食事券をもらう、家賃補助を受け取るといったことができるようになる。しかし、その支援は必ずしも十分でないのが現状である。

 

無料で受けることのできる病院は以前の住所のある地域に限定されてしまうため、難民登録をしたあとに引っ越しをして住所が変わった場合、その地域まで通うか住所変更が必要になる。前者の場合は交通費がかかってしまうし、新たに住所変更をするのにも時間がかかってしまう。そのため、途中で治療をあきらめてしまう難民も少なくない。

 

食事券の金額はその家族によって様々であるようだが、足りていないという声をよく聞く。不正な補助申請を防ぐため、網膜認証で家賃補助等の経済支援を管理しているようだが、なぜか登録を受けることができず、十分な収入がないのにも関わらず、家賃補助を受けることができていない家庭もある。そのため、家賃を支払うために食事券を売らざるを得ない家族はかなり多い。

 

「働くことができたら、収入も入るし、今の辛い状況を考えてしまう時間から少しでも逃げることができるのに……」と、訪問した家庭先のシリア人の父親が言った。そのほかの訪問した家庭でも同じような言葉を聞いた。ヨルダンでは難民の雇用機会はほぼ皆無の状態である。労働許可をとるためにはいくらかの費用を支払う必要があり、そのためのお金を賄うことができないからだ。

 

また、ここ数カ月の間に、少なくともアンマン市内で警察による検問が厳しくなったという話も聞いた。日々大量に押しよせるシリア人難民に対する国の負担は大きく、またシリア人難民支援が優先されているがゆえに、自分たちの国の政策が滞っていることに不満を持つ国民が増えてきており、国もまたフラストレーションを抱えるようになっているからだ。さらにヨルダンの場合、難民がキャンプの外へでることが認められているため、安く賢い人材であるシリア人難民に就職の機会を取られてしまうことを懸念するヨルダン人もいると聞く。街中を移動していると、警察が身分証明の提示を要求することがあり、シリア難民のあるひとりは、いつ検問をされても抜けられるようお金を少し多く持つようにしていると語った。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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