悪化するシリア情勢に難民たちはいま

シリアのクルド人

 

また、イラクのクルド人自治区政府は、現在はクルド人難民の受け入れを制限しているという。

 

シリアでは独立以降からずっと、クルド人に対して国籍のはく奪をはじめとした差別政策を行ってきた。バアス党政権になるとそれらが制度化する(青山、2005年)。青山弘之氏による論考[*12]によれば、アサド政権樹立後は以下の5つの措置が実行され、クルド人への抑圧がさらに厳しくなっていったという。

 

[*12] 青山弘之、シリアにおけるクルド問題―差別・抑圧の“制度化”―、アジア経済XLⅧ-8、2005年

 

1)クルド人が所有していた土地の没収及び追放

2)クルド語語源の地名のアラビア語名への変更

3)公の場でのクルド語使用の禁止

4)クルド風の名前を付けられた新生児の出生届の却下

5)非アラビア語名の事業のアラビア語名への変更

 

これらに加えて地理科目の教科書から、クルド人に関する記述の削除やクルド語での出版の禁止なども行われ、クルド人の存在を抹消する政策を行ってきた。

 

しかし、反政府勢力のデモの拡大を受け、アサド政権は体制維持のために、反政府勢力に対抗するクルド人に対しては攻撃をしないといった特別な措置をとることを表明したと、クルド系の友人から聞いた。

 

「政権を支持するクルド人に、特別な配慮を与えたんだ」

 

反政府勢力と政府勢力の衝突の激化で多くのクルド人が主にイラク側のクルド人自治区に逃げている。一方で、それによりシリア北部に多く住むクルド人市民兵の中にはアサド政権支持派が増えたのも事実である。そのため、これまでシリアから逃げ込んでくるクルド人を受け入れていたイラクのクルド人自治区政府も、政権支持派の流入を恐れて、受け入れを制限している。

 

 

二重難民

 

忘れてはならないのは、シリアもまたパレスチナ、イラク、ほかにアフガニスタンやソマリアなどからの難民を抱える国だということである。つまり、今回のシリア騒乱で、難民を抱えていた国が難民排出国になっただけでなく、シリアに逃げ込んだ難民がまた難民になるという“二重難民”が生まれることとなった。

 

かつてシリアにいたパレスチナ難民とヨルダンで出会ったという、ヨルダンでシリア難民を個人的に支援する人はこう話す。

 

「シリア国内にいたパレスチナ難民は、その際の難民登録証明書を持ってヨルダンに入国している。キャンプにとどまる人もいれば都市部に移動する人もいる。イラクからシリアへ逃げてきたパレスチナ難民は、主に、グレシェットキャンプに残っているが、ブラジル政府が移民を受け入れる姿勢を見せたので[*13]、中にはそれを利用し、ブラジルに渡り、そこで国籍と家を手にいれる人もいる。シリア人難民と比べると、パレスチナ難民の状況はかなり深刻だ。教育状況も医療状況も悪い。彼らの多くは社会から孤立してしまっている」

 

[*13] ブラジル政府のパレスチナ難民受け入れに関する詳細を知ることはできなかったのだが、過去にシリアとイラク国境に残されたパレスチナ難民を受け入れたことがあることと関係していると思われる。(参考: http://www.maannews.net/eng/ViewDetails.aspx?ID=702766

 

シリアから逃げてきたパレスチナ難民は基本的には、ヨルダン国内に入国することをヨルダン政府に認められていない[*14]。彼らのほとんど、特にヨルダンもしくはシリアの国籍を持っていないパレスチナ難民はヨルダン北部ラムサにあるドミトリー式の住宅が供えられたサイバーシティという場所に収容され、自由に出入りをするは許可されない。そのため、ヨルダン政府との協定のもとでシリア難民支援を行っているUNHCRの支援を受けることができない。

 

[*14] 1970年に起きた“Black September”と呼ばれるヨルダンとパレスチナ解放機構の間で勃発したヨルダン内戦を契機とした政治的要因が関わっていると思われる。Analysis Palestinian Refugees from Syria Feel Abandoned (IRIN 2012年8月29日) http://www.irinnews.org/report/96202/analysis-palestinian-refugees-from-syria-feel-abandoned

 

パレスチナ難民の中には家族の中にヨルダン国籍を持っている人がいることがあるが、その場合、残念ながら“シリア人”難民を支援することがマンデートであるUNHCRの支援対象にはならない。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の支援対象にはなるようだが、支援を受けられることを知らない難民も多く、またUNRWAによる細かい支援も行きとどいていない状況であるという。

 

レバノンにおいてもシリアから来たパレスチナ難民の状況は、政治的要因がからんで苦しい状態にある。レバノンではシリア人難民に対しても6ヶ月ごとの滞在許可申請を貸しているが、パレスチナ難民に対しては1週間ごとであり、シリア人難民同様、延長や違法滞在には支払いをしなければならない。

 

シリア国内にも依然、多くのパレスチナ難民がとどまっている。彼らもまた苦しい状況にある。ダマスカス南部近郊ヤムルークにあるパレスチナ難民キャンプでは、2012年12月から、少なくとも1万8000人のパレスチナ難民が政府関係のグループのもとにおかれ、約120人が飢餓や必要な医療サービスの不足により亡くなったと報告されている[*15]。

 

[*15] Palestinians from Syria-Syria Need Analysis Project (Reliefweb 2014年3月18日) http://reliefweb.int/report/syrian-arab-republic/palestinians-syria-syria-needs-analysis-project-march-2014

 

また同キャンプで支援をするUNRWAは、5月5日、治安悪化によりキャンプ内のパレスチナ難民支援が妨げられていることを報告した。2012年12月以降、ヤルムークでは反政府グループがヤルムークを拠点に活動をし、その周辺を政府軍が管理下においたため、少なくとも14万人のパレスチナ難民が家を逃れることになり、UNRWAによる食糧支援などが十分に行きとどかない状況となっている[*16][*17]。

 

[*16] 4万人餓死の危機、シリア・ヤルムーク難民キャンプ(AFP通信2014年2月28日) http://www.afpbb.com/articles/-/3009500

 

[*17] Gunfire Forces UN Agency to Suspend Food Delivery to Besieged Palestinian Refugees in Syria (ShanghaiDaily.com 2014年5月6日) http://www.shanghaidaily.com/article/article_xinhua.aspx?id=216609

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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