悪化するシリア情勢に難民たちはいま

子どもの状況

 

2012年から13年にかけて行われた、ヨルダンの難民キャンプ外に滞在するシリア人難民の家庭調査の結果をまとめた報告書がUNHCRから発行された[*19]。その中で、2012年9月から13年7月の学年度で、半分以上のシリア難民の学齢期の子どもが学校に出席していないことが報告されている。そのうち5%以上はすでに退学していたという。

 

[*19] UNHCR Jordan Operation (2014) Syrian Refugees Living Outsides Camp in Jordan Home Visit Data Findings 2013, Amman: UNHCR Jordan Operation

 

ヨルダンの首都アンマンやカラク、アカバの3都市で最も高い就学率だったと報告されているが、それでも50~60%であった[*20]。低就学率の要因として、学校での暴力や脅迫、ヨルダンのカリキュラムに合わない、勉強の遅れ、そして児童労働が挙げられていた。

 

[*20] Amman 51%, Karak 51% and Aqaba 61%

 

実際に、シリア人難民からも同様の声が聞かれた。12歳と9歳の子どもを抱えるシリア人難民の父親は、戦闘中に学校に通えなかったので、勉強の遅れを理由に、本来ならば5年生に通わせたいところ、12歳の子どもを3年生に就学させている。今のところ、勉強自体について不安はないが、ヨルダン人の同級生との仲はあまり良くなく、シリア人の友だちと一緒に過ごしているという。また、ヨルダン人の教師がシリア人の子どもの勉強の遅れをフォローアップしてくれず、教室からついて行けないシリアの子どもを追い出すことがあると話した。13歳の弟をもつシリア難民の女性は、同様に勉強の遅れを理由に本来ならば中学1年生に就学すべき年齢であるが、小学校4年生のクラスに弟を通わせている。

 

トラウマもまた、子どもをめぐる大きな課題となっている。

 

「まだ幼い下の子どもは戦闘のことを覚えていないようだが、22歳の上の子どもは毎晩悪夢を見るため夜になると精神的に不安定になる」と話してくれたのはドゥーマからきたシリア人難民家庭の父親だ。

 

UNICEFによれば、少なくともザータリキャンプにいる子ども3人に1人は暴力的な行動や自傷行為の傾向があり、特に女の子は戦闘経験に起因する感情の起伏のコントロールが難しい状況にあると報告する[*21]。先にシリア人同士のボランティアでの支援状況でクリニックを設立したB女史によれば、子どもたちの精神的ダメージは深刻で、不眠及び悪夢を見る、感情が安定しない子どもが多いという。

 

[*21] UNICEF (2014) Under Siege The Devastating Impact on Children of Three Years of Conflict in Syria. Amman: UNICEF-MENA

 

子どもたちの心理ケアの必要性は、UNICEFをはじめとする援助機関だけでなく、シリア人からも必ずと言っていいほど聞かれた。次の世代を担う子どもが教育を受け、自立するためにも健康な身体と心を持つことがまず必要である。しかし、こうした心理ケアが必要な人たちと対話をし、医療支援の現場を見ていると、どれだけやっても切りがない、先の見えない状況にあることを痛感する。紛争が続く限り、そういった人々はどんどん増えていく、そして彼らの心理的負担も自身の経験による直接的な経験や周囲の環境など間接的な影響を受け、増していく一方である。こういった心理ケアはもちろん急務ではあるが、同時に根本的な紛争を解決していかなければ何も状況は変わらない。

 

 

戦闘に巻き込まれ、片足を失った少年。私たちの訪問に笑顔で答えてくれたが、彼から“声”を聞くことがなかったように思う。笑顔の代わりに彼は声を失った。後ろに立つのはボランティアでシリア人難民を病院へ送迎するA 氏。右が筆者。(B女史の支援するクリニックにて。2014年5月筆者撮影)

戦闘に巻き込まれ、片足を失った少年。私たちの訪問に笑顔で答えてくれたが、彼から“声”を聞くことがなかったように思う。笑顔の代わりに彼は声を失った。後ろに立つのはボランティアでシリア人難民を病院へ送迎するA 氏。右が筆者。(B女史の支援するクリニックにて。2014年5月筆者撮影)

 

 

望みと覚悟

 

シリア人難民の家庭訪問やクリニックなどへの訪問を通して、彼らの望みを尋ねると必ず「シリアに帰りたい」という答えが返ってきた。私がホームステイしたホストマザーは、彼女がずっと暮らしてきたシリアの国の話をよくしてくれた。家庭訪問先のある父親は、「シリアに帰る、それだけだ」と言った。シリア人難民を支援するパレスチナ系ヨルダン人の男性は、「突然、家を失った人の気持ちを考えたことがあるだろうか」と問いかけた。しかし、彼らはシリアに帰れる日は長く先あることを分かっているようだった。「第3国へ出たい」という声もまた、続けて聞くことが多かった。子どもをいい環境の下で育てたい、とあるシリア人難民の両親は静かに語った。

 

シリアでの戦闘はいまだ終わりが見えない。どのような状態が、終息の糸口になるのだろうかも分からない。ただそのような中で、国際社会からのシリアへの関心が薄くなっていってはいけない。

 

さらにシリア国外だけでなく、国内避難民も窮地にあることを見過ごしてはならない。国連世界食糧計画(WFP)によると、紛争によって農地だけでなく、灌漑用水路など農業環境も破壊され、食料不足はますます深刻になっていくと報告している[*22]。飢餓だけではない。医療面も深刻な状態にある。シリア国内にあった病院の60%とヘルスケアセンター38%は破壊もしくは何らかの損害を受け、薬の生産は70%まで落ち込んでいる。医師の半数以上がシリア国外に逃げてしまった。その結果、本来ならば治療できる病気で亡くなる人々、がんなど慢性的な病気を抱え治療が受けられず死に至る人々は増え、妊産婦や乳幼児のケアも厳しい状況にある[*23]。

 

[*22] WFP (2014) Vam Food Security Analysis Special Focus Syria. Roma: WFP http://documents.wfp.org/stellent/groups/public/documents/ena/wfp263930.pdf

 

[*23] Save the Children (2014) A Devastating Toll The Impact of Three Years of War on the Health of Syria’s Children. London: Save the Children

 

シリアの紛争解決を目指してアドボカシー活動を行っているシリア支援団体サダーカでは署名活動を行っている。現地での直接的な支援だけでなく、世論から紛争解決を訴えていくこともひとつの重要なアクションではないだろうか。ぜひ、下記リンクから賛同していただければと思う。(https://www.change.org/peace_for_syria

 

 

ヨルダン滞在最終日の夜、シリア人難民のホストマザーがたくさんのシリアの家庭料理を用意してくれた。「今度は、シリアの家に来てね」と。(アンマンにて。2014年5月筆者撮影) 

ヨルダン滞在最終日の夜、シリア人難民のホストマザーがたくさんのシリアの家庭料理を用意してくれた。「今度は、シリアの家に来てね」と。(アンマンにて。2014年5月筆者撮影)

 

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