カリフ制樹立を宣言した「イラクとシャームのイスラーム国」の過去・現在・将来

「イスラーム国」が「イラク」と「シャーム」を一体の領域とみなし、そこで単一の組織として活動したことは、「イスラーム国」と「ヌスラ戦線」、アル=カーイダが決裂した原因の一つと思われる。

 

「ヌスラ戦線」の一部は、前述の2013年4月の統合宣言を拒否して独自の活動を続けるとともに、次第に支配領域や物資などを巡って「イスラーム国」と交戦するようになった。これを受け、イスラーム過激派の支持者の間では、アル=カーイダ指導者のアイマン・ザワーヒリーが両派の活動方針に裁定を与え、対立関係を調停することが期待された。実際、ザワーヒリーは「イスラーム国」について幾度か書簡や演説を発表したが、その内容は、「シリア紛争については、アル=カーイダの存在感を極力隠す。シリアはヌスラ戦線に任せ、イスラーム国は名称を元に(イラク・イスラーム国に)戻してイラクでの活動に専念すること」というものだった。

 

これに対し、「イスラーム国」は(イスラーム過激派にとっては本来打倒する対象に過ぎないはずの)既存の国家を単位にした「イスラーム国」と「ヌスラ戦線」との活動調整方針などに反発、サイクス・ピコ体制に屈服し、アル=カーイダを変質させたと激しく非難した。サイクス・ピコ体制とは、イギリスとフランスが第一次世界大戦の際に敵国だったオスマン帝国の領域を両国で分割する旨取り決めた密約であり、現在の東アラブ地域の国家はこれに基づいてイギリス・フランスが画定した境界線に沿う形でできている。

 

さらに、「イスラーム国」は世界各地のアル=カーイダ関連団体に対し、活動範囲についての立場で、自分たちとアル=カーイダのいずれを支持するか表明するよう要求、イスラーム過激派の象徴としてのアル=カーイダの威信に挑戦し、その指導者であるザワーヒリーの鼎の軽重を問うた。

 

「イスラーム国」の活動範囲や地理認識が既存のイラクという国家に収まらないものである以上、今般の「イスラーム国」の攻勢とイラクの治安情勢を、イラク国内の「宗派対立」や「宗派・民族間での政治・経済的権益の分配比率」の問題として対応しても、抜本的な対策とはならないだろう。イラクの政界での権益の分配状況に不満を持つ勢力が「イスラーム国」を支持したり、同派と連携したりしていたとしても、そのような行為は「既存の国家の枠内での権益を巡る紛争」に、「権益分配の基となる体制そのものを破壊しようとする主体」である「イスラーム国」を招き入れるという矛盾した行為である。

 

「イスラーム国」自身はそのような政治・経済紛争の帰趨を意に介することなく、彼らの闘争を続けるだろう。その上、「イスラーム国」は今般の攻勢でイラク軍から大量に奪取した装備や兵器をシリアへ持ち込み、同地での戦闘に投入しつつある。シリア紛争を口実に資源を獲得したおかげでイラクの治安情勢の主役に復活した「イスラーム国」は、今度はイラクで奪取した資源を他の地域での勢力拡大のために用いようとしているのである。

 

以上の通り、現在の「イスラーム国」の活動は、彼らが「サイクス・ピコ体制」と呼ぶ既存の国際秩序に対するイスラーム過激派の挑戦を具現化したものである。イスラーム過激派の脅威・危険性としては、彼らの苛烈な武装闘争や極端な宗教実践が注目されがちである。しかし、イスラーム過激派の思想・実践の真の脅威(あるいは歴史的意味)は、この度「イスラーム国」が可視化したような、既存の国家や国境に対する挑戦にある。

 

現在の国際関係や経済の秩序、そして我々の生活そのものが既存の国家を単位としている以上、「イスラーム国」の問題はイラク国内の権益争いでも、シリア紛争の中での些細な支配地域争いでもない。また、「イスラーム国」の挑戦は、アル=カーイダへの挑戦に示されるようなイスラーム過激派の中での威信や主導権を巡る挑戦にもとどまらない。現在の国際秩序全体への挑戦として、「イスラーム国」の壮大な挑戦は端緒についたばかりなのである。

 

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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