言語を知ることは、人とは何かを知ること――人の言語習得の仕組みを明らかにする

研究の成果が自然に社会に広がっていく

 

――先生の研究は、どのように社会とつながっているのでしょうか。

 

応用とひとくちに言っても、私の研究を受け止めてくださる方それぞれの興味によって、形は変わってくると思います。「私はこうできますよ」というようなパッケージを提供するより、なるべく一般の方にも分かってもらえるような仕方で自分の成果を発信して、そこからいろんな方が自分の問題を考える材料として受け止めてくれたら、と思っています。

 

私はこれまで『ことばと思考』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)『言葉を覚える仕組み』(ちくま学芸文庫)という本を出していて、いずれもとても大きな反響を頂きました。

 

自分としては高校生や国語や英語の先生たち、小さい子どもを育てる親御さんや保育士さんなどが読んでくれるのではないかと思っていましたが、思いがけず特殊教育に携わる現場の方々からの反響が大きかったのが、うれしかったです。

 

私はこれまで、言語の障がいを持っていたり、知的障がいを持っていたりする子どもを対象に実験を行ったことはほとんどなく、本のなかでもいわゆる健常な子どもがどういうふうに言語能力を発達させていくか、ということを主に書いています。

 

特殊教育の現場の先生方は、たとえば耳が聞こえなかったり知的障がいを持っていたりする子どもたちをどういうふうにしてサポートするかということを普段ずっと考えていて、そのなかで、普通の子どもだったら当たり前にできていることが何で彼らはできないんだろう、ということが分からなかった。それが、私の本を読んですごくよく分かった、とおっしゃってくださっています。

 

「私もこういうことを知りたい」と言って、今は研究室に勉強に来ている現場の先生方もいたりしますし、そういう先生たちの研究会に講師として呼んでいただくこともあります。他にも国の事業のスーパーグローバルハイスクールの活動へのアドバイスを依頼されることなどもあります。

 

幼児教育に関して相談されることも多いですね。子どもの発達、言葉の発達というのは、実に様々なところにつながってくるのです。

 

言葉の発達というテーマはそれだけで閉じていません。たとえば、言葉を正しく使える子どもは社会性が高く、他の友だちともうまくやっていける子どもが多く、反対に言葉がだめだと先に手が出てしまったりする、そういうことにも関連していきます。言葉が使えるということはすごく大事なことで、その言葉の発達を促すにはどうしたらいいか、というようなことをアドバイスする機会も多いです。

 

もうひとつ、私がやっていることで、皆さんにもぜひご参加いただきたいと思っているのが一般の社会人の方たちを対象にしたワークショップシリーズです。

 

人の思考、意思決定、学びについて認知科学の研究が明らかにした成果を一般の人に伝え、一人ひとりが自分の学び、探究を行っていく材料にしてもらおうという意味で、ABLE(Agent for Bridging research on Learning and Educationの略)と名付けました。

 

2014年11月にも随分と大きな会をやりました。その時テーマにしたのは、「熟達」。どうすれば人は熟達者になっていくか。

 

海外の一流の認知科学の先生をお呼びしつつ、一方で将棋棋士の羽生善治さんやチェスの日本チャンピオンの方にゲストに来ていただいて、自分自身が熟達者として極めていった方と、そういう熟達研究をしている研究者たちと一緒に意見交換をする。

 

熟達の認知の過程というのはどういうもので、たとえば脳の中でどのようなことがどのように起こって、そのためには日々どういう勉強や学習を続けていくことが大事かというようなことを考えました。

 

2015年のABLEは「アート」をテーマに行いました。「アート」と「学び」や「探究」には一見あまり関係はないように思われがちですが、私たちが一人ひとりの人生をどう生きていくかを考え、それを責任をもって社会や他者につなげようとすることは学び、探求そのものであり、そのときアートはとても有効な存在となります。なぜならアートには、「個」と「個」をつなぎ、「コミュニティ」のあり方を変える「メディア」としての力があるからです。

 

実際に日本とアメリカをそれぞれベースにしながら国際的に活躍し、コラボレーションしているアーティストの方々をゲストにお呼びし、私たち人間の感覚と環境との関係性を研究されている研究者の方もお招きして、アートが社会とどう関わっていけるのか、その具体的な方法と、これからの可能性を参加者の方々からの質問も交えながら、対話を通して考えていきました。

 

このような活動を通じて、社会に生きる市民だれもが探究人として自分の選んだことの熟達者になるために学び続ける、そういう人たちが集い、情報交換をする場をつくりたいと思っています。

 

 

一番ワクワクするのは、実験を考えているとき

 

――最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。

 

研究というのは、基本的に非常に地味なものです。高校生の方々には、やっぱりそこを分かってほしいし、それは何でもそうだと思うんです。でもその始まりには、考えていてワクワクするような瞬間が必ずあります。

 

だからまず、アイデアにワクワクすること。そして、誰かが言っていることを鵜呑みにするのではなく、常に「ここではこういうデータがあってこういう結果が報告されていて、こういうふうな理論とか解釈とかをこの人たちはしているけれど、でももしかしたら……」という考え方をすること。

 

私の場合は、海外の研究者の発信した研究結果に対して、「もしかしたら日本語では違うかもしれない」というようなこともよく考えたりします。常にアンテナを張り巡らせて、新しいアイデア――研究のアイデア、実験のアイデア――を見つけていく。それはすごく大事だと思います。

 

たとえば、他の方が書いた論文を読んでいて、「この論文でこの人はこういうふうに言っているけど、もしかしたら別の考え方もあるんじゃないか」と思うことがあります。私たちの研究は大抵、そういうところから始まります。この人はこういうふうに言っているけれど、同じデータからこういう考え方もできるのではないか、と。

 

そうすると、この著者の言っていることと、私のこういう考えと、どっちが正しいかをどうやったら証明できるだろう、というようなことを考えながら、実験を考えていくわけです。そういうときはすごくワクワクします。

 

ただ、そうやって考えた後に実際に実験を始めてみると、もうあとはただひたすら、根気と忍耐の世界です。そのアイデアがいきなりうまく実験で実証されるなんてことはまずない。赤ちゃんを対象にした実験だと、そもそも実験の刺激が少しでもつまらなければ見てくれないし、泣きだすことさえある。

 

だから、本当に自分が知りたい仮説を正しく検討できるよう、実験の刺激や測定方法を組み立てるところから作っていく。それも、もう本当に何度も何度もやり直しながらです。それこそ、一つの実験に何年もかかるようなことさえあります。

 

研究のアイデアが得られたからといって、それをすぐに実験に落とし込めるわけではない。やはり、何度も何度も失敗して当たり前、というような忍耐も必要です。それは何でも、どんな仕事でもそうだと思います。その忍耐力なくしてできるようなことはほとんどないと思います。

 

 

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photo: Mitsuru Mizutani

 

 

――先生のご研究はどの学科に行けば学べるのでしょうか?

 

なかなか難しいですね。私の興味があるところは、心理学と言語学と脳科学、全てが融合するような感じなので、このひとつの学部に行ったらできる、というのはなかなかないかもしれないです。その意味では、私のところに来てくれるのが一番いいかもしれないですね。

 

でもいまは、私の研究に限らずどんな学問をするにしても、あるひとつの研究室の中だけ、あるいはひとつの学部の中だけで閉じてしまおうとしても、収まらなくなっていると思います。最初は何か軸足があったほうがいいと思いますが、あまりそれにとらわれないで、どんどん自分の興味を持つところに進んでいって、文系・理系の区別にこだわらず、新しい分野を作っていただきたいなと思っています。

 

 

高校生におすすめの5冊

 

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赤ちゃんがどのように単語ゼロの状態からことばについての様々なことを自分で発見し、一つ一つの単語の意味を自分で推測しながら覚え、単語同士を関係づけ、発見、創造、修正のプロセスを繰り返しながら巨大で複雑な語彙を創り上げていくか。その様子を実験の結果をもとにわかりやすく書いています。

 

 

ことばと思考 (岩波新書)

著者/訳者:今井 むつみ

出版社:岩波書店( 2010-10-21 )

定価:

Amazon価格:¥ 886

新書 ( 240 ページ )

ISBN-10 : 4004312787

ISBN-13 : 9784004312789


 

言語は世界を切り分け、整理する。そのときに、実に多様な切り分け方がある。

例えば、色のことばを二つしか持たない言語もある。言語の多様性は認識の多様性につながるのだろうか。言語と思考はどのような関係にあるのだろうか。この問いに、心理学の実験の結果をもとに答えていく。

 

 

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子どもはいったいどのようにして言葉を揖斐得ていくのだろうか? モノの名前、動詞、形容詞、助詞をこどもはどう身につけるのかから始まり、心内辞書の構築がどのように進むかまで、著者たちがオリジナルな研究を積み重ねて明らかにしてきたことを中心にまとめた。発達期の子どもが様々な概念を言葉と結び付け、脳内の地図をつくりあげていく驚くべきメカニズムを詳細に解明。その仕組みを応用し、母語を習得した後に外国語を学習する際の効果的な方法も提案する。

 

 

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ことばを通して世界の文化の多様性、人の考え方の多様性を紹介している。社会言語学の不朽の名著、ロングセラー。

 

 

問題解決の心理学―人間の時代への発想 (中公新書 (757))

著者/訳者:安西 祐一郎

出版社:中央公論社( 1985-03-23 )

定価:

Amazon価格:¥ 821

新書 ( 258 ページ )

ISBN-10 : 4121007573

ISBN-13 : 9784121007575


 

人はどのように問題解決をするのか。目標を立て、そのための道筋を立てて問題を解決をしていく道筋を認知科学の成果に基づいて綿密な考察をしている。日本の認知科学の創始者のひとりであり、前慶應義塾長、主体的な学びを実現するために現在様々な教育改革を行っている安西祐一郎氏の名著。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

 

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vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

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・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

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