五感で探る!環境汚染の法則性

進路を考える高校生にお届けする『高校生のための教育入門』。今回は、化学物質の環境汚染を調査研究されている高田秀重さんのインタビューをお送りします。私たちの生活に由来する化学物質はどのように環境へ広がり、影響を及ぼしていくのでしょうか。近年、関心が高まっている「マイクロプラスチック」による汚染の実態と生物への影響についても解説していただきました。(聞き手・構成/大谷佳名)

 

 

モットーは『現場百篇』

 

――高田先生のご専門の研究について教えてください。

 

合成洗剤や医薬品、抗生物質、そしてプラスチックなど、僕らが日常生活で使っているものの中には化学物質がたくさん含まれていますよね。そうしたものが下水に流され、雨で流されて川や海に入って行ったり、風に運ばれて環境に出て行くと、生物に有害な影響が及ぶ可能性があります。また、環境に出て行った後も一箇所に止まるわけではなく、空気の流れに乗って動いたり、海に入ってもずっと水の中を漂うものもあります。

 

僕らの研究は、それらがどれくらい環境に出てどのように広がっていくのか、そして生物の中にどう取り込まれていきどのように蓄積して影響するのか、その法則性をつかむことを目指しています。これまで人類が発見した(あるいは合成した)化学物質は全部で1億種類に達すると言われていますが、その中で主に僕らが調べているのは有機の汚染物質です。具体的には合成洗剤や医薬品、プラスチック、環境ホルモンなどです。また、石油流出事故などが起きたときの石油汚染なども調べたりしています。

 

 

――汚染物質の広がり方や影響にも法則性が潜んでいるのですね。

 

汚染物質にも光で分解されるものもあれば、川の底に沈殿して地下に沈んでいくものもあり、それぞれの性質によって分解や蓄積の程度も異なります。ですから、物質の性質と環境の中での動き方に法則性を見出すことを究極的な目標として研究しています。そうすることで、ある物質の汚染が問題となったときに物性と法則性が分かっていれば、東京湾まで行くのか行かないのか、生物にどのような影響があるのかを調べることができるのです。

 

僕らの研究の基本はフィールドワークです。海や川などでモニタリングをして、取ってきたサンプルの成分を分析し、どこにどれくらいの汚染物質があるのかを調べています。具体的には、溶剤を用いてサンプルから対象となる物質を分離し、機械にかけて汚染の濃度を測ります。一つのサンプルで分析結果が出るまでに1〜2週間かかり、地道な作業となります。ただ、それだけで終わるのではなくてきちんと法則性を見出せるように研究を行っています。

 

 

分析

 

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――モニタリングというのは、実際に現場に足を運んで調査をされるのですか?

 

はい。川や海に行って水を取ってきたり、底の泥を取ってきたり、海では貝や魚もとってきます。それを研究室に持ち帰って、成分を分析しています。フィールドで調査を行ったりサンプルを取ってくるという作業が、僕たちの研究の3分の1〜半分くらいを占めます。

 

やはり、その場に行って自分で見たり聞いたり、場合によっては匂いもしていますから、五感をもって現場を感じることが環境化学においては非常に重要となります。たとえば試料を分析してある汚染物質の濃度が高い・低いという結果が出たときに、その原因を考える上で現場の情報は重要なヒントになるのです。

 

僕のモットーは「現場百篇」、これは新聞記者の言葉ですが、現場にとにかく足を運んで、資料の背景にある情報を探る。それとデータを融合させ、解釈が生まれます。実は僕の父親は新聞記者で、「現場百篇」とは父の口癖だったのです。

 

 

――なるほど。現場の温度や湿度も関係してくるのですか?

 

そうですね。分析結果の解釈のときに大事になってきます。とくに僕らは東南アジアで調査を行うことが多いのですが、日本とは空港を一歩出たときの熱気と湿度から違っています。東南アジアの国は結構行っていますが、どこもそうですね。ベトナム、カンボジア、ラオス、マレーシア、インドネシア、タイ、インドなどです。

 

 

――東南アジアにはどのような汚染が進んでいるのでしょうか。

 

やはり自動車の走行など日常生活に由来する化学物質は人間活動が活発になればなるほど環境に多く出ていきます。僕らが行った調査からは、自動車のエンジンオイルによる汚染が見えてきました。東南アジアは豪雨(スコール)が降りますから、車から出て道路の上に積もったエンジンオイルはどんどん海へ流されていきます。つまり、陸上の汚染がすぐに海の汚染に反映されると。そういう解釈も、やはり現場に行って湿度や温度を感じたり、サンプリングの最中にスコールが多いことなど体験しておくと、割と容易に出てくるのです。

 

 

――豪雨によってゴミをまとめた場所から流れ出ていくという汚染もあるのですか?

 

はい。東南アジアは日本と違って燃えるゴミ・燃えないゴミと分けていないのです。ゴミは生ゴミも含めて全部一緒にしてゴミ処分場という埋立地に積んでいます。そのため生ゴミから染み出してきた水が雨と混ざって、それがいろいろなゴミを洗ってゴミ処分場の地下に入ったり、あるいは川に入って海に出て行く。

 

ゴミを分別していないので、どんどん積み立てていくとそこが腐った環境になっていきます。酸素が少ない環境になるとある種の汚染物質が発生しやすくなるのです。酸素があるところであれば起こらないような反応が起こり、物質の毒性が上がってしまうのです。それらがゴミから染み出してくる水にたくさん含まれていることも分かっています。これも、実際にゴミ処分場に行ってみないと分からないことです。

 

 

写真1

 

このゴミ処分場は1〜2Kmくらいの広さで、ゴミが山のように積もっています。煙が出ているのが分かるでしょうか。なぜ煙が出ているのだと思われますか?

 

 

――ゴミを焼いている煙ではないのですか?

 

意図的にではなく、自然に燃えているんです。この下に生ゴミがたくさん積もっているので、腐ってメタンが発生します。そこに火がつくとどんどん火が強まり、ゴミも一緒に燃えていく。ゴミが低温あるいは空気があまり供給されないで燃えると、ダイオキシンという有害な化学物質が発生するので非常に危険です。酸素のない環境で発生した有害物質が溶け込んでいくと水の有害性も上がります。これも現地に行って煙が出ている様子を目にすると、解釈をする段階で考えやすくなります。

 

 

「負の遺産」は今も残る

 

――日本の調査も行われているのですか?

 

日本でもやっています。日本と東南アジア、最近はアフリカでも調査しています。気候や社会的な状況が変われば違う汚染があるのではと考え、ここ5年ほど調べています。アフリカは雨が少なく、乾燥地帯なので水自体が非常に貴重です。地下水にかなり依存しているため、そこの汚染を調べているところです。日本は東北大震災後の汚染のプロジェクトなどにも関わっています。また、東京湾は30年くらい継続して調べています。

 

 

――震災後の汚染についてはどのような調査をされているのですか?

 

津波によって陸上にあった油のタンクや自動車が流されたので、燃料のガソリンやエンジンオイルによる汚染物質が確認されています。それらが震災後、どれくらい浄化されてきているのかを毎年調べています。震災の翌年まではいくつかの地点で汚染が見えていましたが、徐々に状況は良くなってきました。

 

また、下水処理場が震災でダメージを受けて働かなくなったので、下水処理場で取り除かれるはずのものが海に流れてしまっていることも2012年くらいには見えていました。それも大分良くなってきています。

 

 

――浄化は自然によるものなのでしょうか。

 

一回海に入った汚染については自然の浄化です。水中で分解されてなくなったものもありますし、上から泥が積もって出てこなくなったものもあります。その辺を切り分けていくことが本当にやりたいことなんですよね。どの作用が浄化にどれくらい寄与しているかが分かれば、かなり法則化は進むと思います。

 

 

高田氏

高田氏

 

 

――海の泥に積もったものについては、どのように調べているのですか?

 

海の底にパイプに錘をつけて落として、そこに入ってきたものを持ち上げて分析しています。これは被災地だけではなく、他の調査でもよく行っていることです。そして取ってきたサンプルを横にスライスしていくと、昔から今までの汚染の様子が分かります。地層と同じように、人間の汚染の歴史が泥の中に刻まれているのです。

 

たとえばプラスチックは使われるようになったのが最近なので、表面の方にだけ出てきます。東京湾の真ん中のように1年間に1センチずつ積もっていくものだと、1メートルで100年分。ですから、1メートル下にはプラスチックは見つかりません。また、皇居の堀で取った泥は90センチとると江戸時代までさかのぼることができます。

 

 

――そんなに前のものも!

 

もちろん江戸時代に対応する層からはプラスチックは出てきませんが、1950年くらいだと少し出てきて、2000年くらいだと10倍くらい増えることも分かってきています。

 

地層には年代の区分が決められていますよね。地質学的な区分でいうと今は第四紀の完新世という時代です。いま地質学者の間で議論になっているのは、人間の活動の影響が環境に強く出ているので、完新世が終わって「人新世」という時代に突入したのではないかということです。その理由として、温暖化の影響が北極や南極の氷の中に見つかっていることも大きいのですが、もう一つは地層の中にプラスチックなど人間の活動に由来するものが出てきていることが理由となっています。

 

 

――私たちの活動の影響がはっきりと蓄積されているんですね。

 

はい。また、使用をやめても汚染が消えないで環境中にずっと残留し続けるものもあります。たとえば、この図は東京湾で採取した泥の中に含まれているPCB(ポリ塩化ビフェニル)という物質の分布です。PCBは1950〜1960年代の高度経済成長期に工業用の油として広く使われていました。しかし、1970年代初頭に毒性を持っていることが明らかになり、今は使用が禁止されています。

 

 

図:PCBの濃度分布

図:PCBの濃度分布

 

 

図は濃度が横軸、縦軸が泥の深さになります。上から25センチくらいのところに濃度のピークがありますね。縦軸にはいつごろ堆積したかという年代が書かれていますが、これは放射能を使って別途測定したものです。これと合わせて見てみると、PCBは1950年代に現れてきて徐々に濃度が上がり、1970年代にピークになった後、減っていくことが分かります。PCBの使用の歴史をよく反映した形になっています。

 

注意すべきなのは、表面の濃度を見てもPCBがなかったころの状態には戻っていないということです。たしかに濃度は下がってきていますが、表面から25センチくらいのところに残留しているため、海底が撹乱されるとまた水の中に戻っていきます。ですからいつまでも汚染が続くと。これを「レガシー汚染」といいます。昔使っていたものが、今になっても負の遺産として残っている。世界中でPCBのレガシー汚染は明らかにされています。【次ページにつづく】

 

 

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