日本には「思想」が足りない!?――アイディアを生みだすための思想史

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大好評! 高校生のための教養入門(https://synodos.jp/intro)。大学の学部ではなにを勉強できるの? という疑問にお答えします。今回は政治思想史家の植村和秀先生にお話をうかがいました。「思想」=「アイディア」!? いままでの思想のイメージを塗り替える、思想史入門です。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

「思想」は難しい!?

 

―― 先生はどの分野を専門にしているのでしょうか。

 

政治思想史です。ドイツの政治思想と、日本の政治思想を研究しています。

 

 

―― 「思想」と聞くとなんだか難しそうですね。暗い家のなかで孤独に本を読んでいるイメージがあります。

 

たしかに、そういうイメージがありますね(笑)。日本語では「思想」という言葉が難し過ぎます。なんだか、物々しく内向きな感じがしますし、非常に堅苦しく難しいことを勉強しないといけないイメージです。「思う」「想う」という漢字が二つも続いていますし。

 

ですが、「思想」というのは特別なものではないんです。だって、人間はなにをする場合にも考えていますよね。

 

もちろん、内向きなタイプの「思想」もいいですが、本来はもっと外向きで前向きな思想のほうが多いんですよ。たとえば、建築をするときだって、なにも考えなければ設計はできないわけです。物理だって、実験だけして、なにも考えないと意味がない。

 

思想というのは本来アイディアなんですよ。日本語として「思想」と訳されましたが、インスピレーションも含めた「発想」なんですよね。こんなことしたらおもしろいんじゃないか。こうしたら世界は変わる、国は変わる、会社が変わる、学校が変わる。それが思想なんです。

 

そもそも、思想としてこの世に残っている時点で外向きなんですよ。自分の内面でどんなにすばらしい思想をもっていたとしても、黙っていたらわかりません。他人に自分の思想をわかってもらうために、なにかを書いて他の人にみせたりするわけです。それは、外に向かって行動していますよね。

 

そういう、ささやかな思想もあれば、一つの国家を考えてつくってしまおうという壮大な思想もあります。たとえばヨーロッパの人は考えながら近代国家をつくりました。アメリカだって国をつくっていこうと合衆国をつくりました。あれが思想なんです。それはすごい外向きだし。「新しい国つくろか」というのはすごく前向きですよね。

 

思想史というのは、思想の歴史です。「アイディアの歴史」といいかえてもいいかもしれません。昔の人達がなにを考えて来たのかを知る学問です。つまり、過去のアイディアの歴史を知ることなんです。人のアイディアを知ることは、なにかを考えるための基本なんです。それを研究することはすごく自然なことのように感じます。

 

 

―― 「アイディアの歴史」といわれると楽しそうな感じがしますね。

 

そうでしょ。でも、「思想史」というだけで、難しそうって思われてしまいます。やっぱり「思想」という漢字の罠やね。みんな騙されてしまう(笑)。なんかすごく内向きな感じがして。でも本来は、どんな分野でも役に立つ基礎的な学問なんですよね。

 

 

―― 面白そうなのはわかりましたが、それって大人になって役に立つんですか。

 

思想史を学ぶと、社会に出てとても役に立ちますよ。自分で企画をつくるときって思想が必要なんですよね。企画力は思想的な力です。新しいものをつくろうとおもったら思想がないといけません。たとえば、iPhoneやiPodをもっている人も多いとおもいますが、あれをつくったスティーブジョブズには明らかに思想があるでしょう。思想があるからこそ、画期的な商品を次々と生みだしていけるわけです。

 

そして、思想は戦略にも繋がります。企業戦略をたてようと思ったら深く考えなきゃいけません。会社を運営していくさいに、思想がなければ、その会社のよりどころはなくなってしまうでしょう。たとえば、松下電器(パナソニック)だって、松下幸之助さんの思想があっったからおもしろい会社をつくれたわけですし。会社も大きくなりました。

 

思想史というのは発想の歴史であり、企画の源であり、戦略の基礎であると。こう考え直してもらえれば、思想史がもっとあらゆる領域、あらゆる分野の人に必要なものだとわかってもらえるとおもいます。昔の人がなにを考えてこんなことをしたのか。そこをつかまえることでその人のやったことを理解できるし、ある意味真似できる部分も出て来るんですよね。

 

 

―― それは役に立ちそうですね。もし思想史を大学で学びたいとおもったら、どの学部に行けばいいのでしょうか。

 

経済学部だったら経済思想史がありますし、理系でも科学思想史、文学部であれば宗教や哲学関係の思想史を学ぶことができます。世のなかの人間の考えたことすべてを調べるのはなかなかできませんから、大学では自分が関心をもつ領域と思想史を組み合わせて調べるのがいいかなとおもいますね。

 

でも、大学ではどんどん思想史が弱体化しています。みんな思想史が商売には繋がらないと勘違いしているんです。本来は企画の仕事でも必要なもんなんだけどね。本当はもっと思想史が気軽なものになって、大勢のひとがそこから新しいアイディアを得るようになるのが理想的ですよね。

 

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