わたしたちの自由はどうやって守られているのだろう ―― 繊細な憲法を壊さないために

ファンタジーが現実に!?

 

―― 木村先生は、どんなときに憲法学を研究する面白さを感じますか?

 

空理空論と思われていた話が現実になる瞬間です。

 

最近は大分落ち着いてきましたが、少し前に、憲法改正手続きにかんする憲法96条の改正が話題になっていましたよね。憲法学では、「そもそも憲法96条の手続によって、96条自身を改正できるのか?」という論点が盛んに議論された時期がありました。40年ほど前までは、これはかなり現実的な論点だったんです。

 

しかし最近は、純理論的な空理空論の世界の論点だと思われていました。その議論の蓄積が、現実世界に役立つ瞬間が来たことに、多くの憲法学者は驚いたのではないかと思います。

 

詳細はよく知らないのですが、「宇宙に生命体がいるとしたら、どんな姿だろう」と考える生物学の一分野があるそうです。最近の憲法学にとって、憲法96条改正の可否という論点は、そのくらいファンタジーなものでした。だから今回、それが現実の問題としていきなりふりかかってきたときは、危機感と同時に、学問的な面白さも感じましたね。

 

 

国によって憲法もいろいろ

 

―― 憲法学のロマンなんですね。ところで、憲法学はどういった手法で研究を行っているのでしょうか? 勝手なイメージでは「この一文はこのように解釈できるので云々」をずっとやっているイメージがあります。

 

それは解釈論と呼ばれる分野ですね。憲法学の研究手法は三つくらいに分類できます。

 

まず、1)憲法学の古典や、昔の憲法典を読んで、その時代の憲法や思想を調べる歴史研究。次に、2)各国の憲法の内容を調べ比較する比較法研究。そして3)判例や憲法学説がしめした解釈論を理論的に分析する解釈論研究ですね。もちろん、相互乗り入れはあって、3)解釈論研究のために、1)歴史研究や2)比較法をやったり、1)歴史研究の一環として3)解釈論を勉強する、ということも多いです。

 

比較法研究は面白いですよ。外国の憲法を比較するといろいろな発見があるんです。

 

たとえばドイツの憲法典は、枠組がしっかりしていて、真面目な憲法典なんですね。意見表明の自由、職業選択の自由などの人権リストを定めた部分と、三権分立、連邦制、憲法裁判所などの国家の重要な統治の原則を定めた部分とが、教科書的にきっちりと書かれています。ドイツの憲法典を読んでいると「ああ、きっとこの通りに運用しているんだろうなあ」と思います。ただ、正直なところ、読んでいて、家電製品の取扱説明書のようで、あんまり面白くない(笑)。

 

一方で、アメリカの合衆国憲法は、枠組みからして自由で、その時その時に重要だと考えたことを、書きくわえていっている感じが、読んでいて面白いですね。

 

合衆国憲法は、建国の理念を高らかに宣言する部分から始まっていて、これがアメリカらしさだ、という気がします。その一方で、制定当時のアメリカ憲法には、人権条項がなかったんです。連邦議会、大統領、連邦制の規定などが続いているのですが、人権についてはなにも書かれていないんです。

 

これもいろいろな経緯があってのことですが、その後、「やっぱり人権条項は大事だよね」という話になって、最初の10箇条の修正で、人権条項がつけくわえられました。日本国憲法と比べて読んでいると「なんでこんな大事なことが附則みたいにくっついているんだ?」って思います。

 

あと、フランス憲法ってドイツの憲法のようにけっこう細かいんですが、とても面白い構成になっていますね。フランス憲法では、序文で「1789年のフランス人権宣言」は憲法の一部なんだと宣言しています。歴史の積み重ねがこのような構成にしたのだと思いますが、なかば伝説化した歴史的文書が、一字一句変わらずに現役の憲法条文になっているという点は、ほかの国の憲法と比べると非常に特徴的です。国によって憲法の構成もさまざまなんですよ。

 

 

―― 日本の憲法はどうでしょうか? 昔、明治時代にドイツの憲法を参考にしたと勉強した記憶がありますが、やはりドイツと同じように取扱い説明書的な憲法なんですか?

 

大日本帝国憲法と日本国憲法は違うものですが、引き継がれている部分もあるので、ドイツの憲法から影響を受けていると言えるのかもしれません。ただ、第二次大戦直後という人々が理想を追い求めた時代に作られたこともあって、取扱い説明書的でないところもありますね。

 

よく、日本国憲法は二週間で作られたとか言われますが、GHQ案ができてから、半年くらいかけて、法制官僚や日本政府、帝国議会が条文を練り上げ、日本なりの要望を反映させたりしています。また、「翻訳」と称してGHQの意図を骨抜きにして、ほかの法律と整合性をつけたりとか、専門家的には興味深いテクニックも使われています。そんなわけで、日本国憲法は、じつのところ、わりと落ち着いて練り上げられた憲法だと思います。

 

これに対し、先ほど紹介したフランス人権宣言やアメリカの憲法は、革命とか独立の熱狂のなかで作られていますし、かなり古い時代の文書です。もちろん、その文書からは革命や独立の熱意が伝わって感動的ですが、一方で、時代的な制約があって、現在の法律文書としてはわかりにくいところもあったりする。

 

それらに比べると、日本国憲法は、それぞれの条項が、ひとつの法典のなかに有機的に組み込まれた、読みやすく整理されている憲法典になっているんですよね。韓国の憲法もわりとわかりやすくできていて、日本と同様、第1条から読み進めていくとだいたい意味がわかるようにできていますね。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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