いずれぼくの仕事がなくなる世界を目指して ―― 国際機関で働くこととは?

教育統計、教育調査、報告書の山

 

―― なるほど……いつからジンバブエで働かれているんでしょうか?

 

去年の11月です。比較的最近ですね。

 

ジンバブエではおもに3つの仕事をしています。

 

一つ目が教育統計の能力強化。これはジンバブエの学校に配る調査票でどんなデータをとるかを決めたり、また調査票は英語でつくるのですが、調査票に回答する先生がその英語を理解できないこともあるので言い回しを考えたりしています。そして取ってきた教育統計を教育計画策定に活かしていけるように官僚の支援をしています。

 

二つ目は教育調査の能力強化。ジンバブエはハイパーインフレで優秀な人材が国外に流出してしまったので、教育調査を行うことのできる人がいなくなっちゃったんです。ですから調査票の作り方などを一から教育して、いずれジンバブエの教育省が自ら調査を行えるように支援しています。

 

そして最後はユニセフ内部の仕事ですね。ユニセフは他の機関や政府からお金をもらって仕事をすることが多いので、そのお金でどんな仕事をしたのか報告書を作成します。さらに年次報告書も書かなくちゃいけませんし、半年ごとに提出する報告書もあって、とにかく報告書をいっぱい書かなくちゃいけないんですよ。しかも報告書には、成果をしめすデータを書く必要があるので、そのデータを作成しなくてはいけない。たとえば「この一年間でこれだけ就学率があがりましたよ」とか。これらがおもな仕事です。

 

 

約半年で体重が15キロ落ちた

 

―― ジンバブエでも世界銀行のお仕事と同じように統計のお仕事をされているんですね。ジンバブエの暮らしで一番つらいことってなんでしょうか?

 

衛生面が一番つらいです。

 

こっちにきてから半年ちょっとですが、15キロも体重が落ちています。ジンバブエは中国人が進出してきて日本の食材も手に入るようになりましたし、家では妻が頑張って日本の料理をつくってくれるんですけど、外食でどうしてもあたっちゃうんです。

 

だからできるだけ外食は避けているんですけど、打ち合わせ中や地方出張中に出されたお茶などは、「ジンバブエに溶け込むつもりが無いんだな」とか「せっかく出したのに……」って思われちゃうとまずいですから、「ああ、これあたるだろうな……」と思いながら飲みます。そしてやっぱりあたります。でも、ぼくと一緒に働いているスタッフはあたらないんですよねえ……。

 

 

南部アフリカの主食、ジンバブエではサザと呼ばれる。地方出張に行くとお昼はこれ。値段はわずか1ドル。同伴してくれているカウンターパートの手前、食べない訳にはいかない。地方に行くと食べる・飲むとあたるかな……という物を食さざるを得ないケースもちらほら(苦笑)。乾季のおかげもあり幸い食中毒にはならず。

南部アフリカの主食、ジンバブエではサザと呼ばれる。地方出張に行くとお昼はこれ。値段はわずか1ドル。同伴してくれているカウンターパートの手前、食べない訳にはいかない。地方に行くと食べる・飲むとあたるかな……という物を食さざるを得ないケースもちらほら(苦笑)。乾季のおかげもあり幸い食中毒にはならず。

 

―― たいへんですね……価値観の違いでぶつかったりはしないんですか?

 

ジンバブエの人は、アフリカのなかでも比較的おとなしい性格なんです。忍耐力もあって。だから日本人が働きやすいアフリカの国トップ3にはいる国だと思います。

 

ただ植民地の歴史がありますし、80年代までは人種隔離政策があって黒人と白人が同じエレベーターに乗れないような時代もあったので、外国人への抵抗感はあるみたいです。ときどきそう感じさせるような場面がありますね。

 

 

―― 仕事をしているときにつらいと感じることはありますか?

 

うーん、もちろんありますが、相手国との関係もありますし、自分の機関の批判になると問題になるので答えられないんですよね。

 

問題にならない範囲で言うなら、これは世界銀行にいたときも感じていたんですけど、東大で感じていたような居心地の悪さを覚えることはあります(笑)。国際機関で働いている人たちって、社会的、経済的に恵まれている方や帰国子女の方なんかが多いので、田舎者のぼくが働いていると、なんていうか、世界が違うなあって思うことはたくさんあります。それに耐えないといけないのはつらいかな(笑)。

 

 

馬鹿馬鹿しいことをいっても馬鹿にされない

 

―― もちろん楽しい瞬間、嬉しい瞬間もあるわけですよね?

 

ありますよ。ぼくの力を必要とする誰かのためになにかができたと実感できたときは嬉しいです。

 

いまぼくは分校調査をしています。日本でも田舎にはときどき分校がありますが、ジンバブエは、約8000ある学校のうち1500くらいが分校なんですよね。ジンバブエは日本と国土面積がもっとも近い国なのですが、人口は1/10しかいないので多くの分校が必要なんです。

 

 

ジンバブエ第三の都市にある女子中高の校舎。立派な校舎からわかるように、都市の富裕層はこれぐらい立派な学校に娘を行かせる事ができる。低所得国といえども全員が貧しいのではなく、不平等の問題が存在している。

ジンバブエ第三の都市にある女子中高の校舎。立派な校舎からわかるように、都市の富裕層はこれぐらい立派な学校に娘を行かせる事ができる。低所得国といえども全員が貧しいのではなく、不平等の問題が存在している。

 

 

州都から舗装道路を2時間半、さらに未舗装の道路を1時間半行った農村部の小学校。校舎が安全とはいえず、窓も壊れたまま。教室もすべての子どもたちを収容するには十分ではない。ただ、農村部といえども全学年分の教室が一応あるのは、比較的豊かな州ならでは。貧しい州では教室がない・教員が来ないため途中の学年までしかない不完全学校の問題がある。

州都から舗装道路を2時間半、さらに未舗装の道路を1時間半行った農村部の小学校。校舎が安全とはいえず、窓も壊れたまま。教室もすべての子どもたちを収容するには十分ではない。ただ、農村部といえども全学年分の教室が一応あるのは、比較的豊かな州ならでは。貧しい州では教室がない・教員が来ないため途中の学年までしかない不完全学校の問題がある。

 

 

あるとき、分校が普通の学校に比べると状況がよくないということをデータでしめすことができたんです。そして、そのデータによって教育省が財務省から予算を獲得することができ、分校の設備を充実させられた。教育省の高官から「ありがとう、助かった」と言われたときは本当に嬉しかったですね。

 

 

州都から舗装路を2時間・未舗装路を2時間行った農村部の小学校。机と椅子があるのはさすが豊かな州。貧しい州だとそもそも机も椅子もないし、教室がないので木の下で学ぶケースも。しかし、写真の通り電気がない。これでは雨季に子どもたちが勉強に集中できない。

州都から舗装路を2時間・未舗装路を2時間行った農村部の小学校。机と椅子があるのはさすが豊かな州。貧しい州だとそもそも机も椅子もないし、教室がないので木の下で学ぶケースも。しかし、写真の通り電気がない。これでは雨季に子どもたちが勉強に集中できない。

 

 

もしかしたら「現場に行って、子どもたちの笑顔みるのが楽しい」みたいなお話を期待されていたかもしれませんが、ぼくは子どもがちょっと苦手で……(笑)。

 

 

目的地に向けて農村部の未舗装路を走る。雨季には走行が困難になり、学用品を届けることも、モニタリングも困難に。写真左手の方はもうモザンビーク。この地域の学校には、英語で教育を受けるために、公用語がポルトガル語であるモザンビークから通学してくる子どもたちもいる。

目的地に向けて農村部の未舗装路を走る。雨季には走行が困難になり、学用品を届けることも、モニタリングも困難に。写真左手の方はもうモザンビーク。この地域の学校には、英語で教育を受けるために、公用語がポルトガル語であるモザンビークから通学してくる子どもたちもいる。

 

 

あと、最近帰国して気づいたんですけど、国際機関で働いていると馬鹿馬鹿しいことをいっても馬鹿にされないのは良いところだと思いました。

 

ぼく、ザ・ブルーハーツが大好きで、「青空」って好きな曲があるんですが、そのなかに「生まれた所や 皮膚や目の色で いったいこのぼくの 何がわかると いうのだろう」って歌詞があります。

 

でも実際は東京の裕福な家で生まれた男の子がどんな人生を送るのか、そしてネパールの農村部で低カーストの家で生まれた女の子がどんな人生を送ってどんな人になっていくのか大体想像できますよね? 現実は歌詞からまったくかけ離れた世界なんですよ。それを一般の社会人が話したらきっと「青臭い」とか言われちゃうんでしょうけど、ぼくが言っても馬鹿にはされないんですよね。

 

ロックな話をしても許される。馬鹿馬鹿しいと思われることをいっても何も言われないっていうのは国際機関で働いているよさですね。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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