進歩しない人間だからこそ、歴史に意味がある ―― 「経済学史」とはなにか

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偶然が重なる

 

―― 先生が経済学史を専攻するきっかけを教えてください。

 

子どものころから、歴史が好きな子どもでした。はじめは経済よりも政治の話が好きだったんですが、なんとなく、政治よりも経済の方が世界を動かしているのでは、と子どもなりに感じていました。

 

 

―― 末恐ろしい子どもですね……。

 

子どもといっても、小学生からではないですよ(笑)。なんで、そうおもったのかは、今となればよく分かりませんが、実は父親がかつて経済学史を専攻していた影響はあるのかもしれません。父は大学院の修士課程を出ています。結局、学者にはならずに一般企業に就職しましたが、家にはアダム・スミス、デヴィッド・リカードといった有名な経済学者の本が並んでいました。直接その本を読んでいたわけではありませんが、日常的に経済学の話は飛び交っていましたし、触れる機会も多かったんです。

 

父の影響もあり、大学では経済学科に入りましたが、当初は経済学史を専攻しようとはおもっていませんでした。しかし、ちょうど私が入学した1983年は、カール・マルクス没後100周年で、ケインズとシュンペーターの生誕100周年という年だったんです。経済系の雑誌ではこぞって彼らの特集が組まれていました。あのときはなんとなく、マルクス、ケインズ、シュンペーターという有名な経済学者にスポットがあたり、自然と経済学史も盛り上がりを見せていました。

 

それと、当時のゼミの先生が経済学史を専攻されていた方だったんです。そういった偶然が積み重なって、経済学史を勉強するようになりました。そこから経済学史の面白さにハマっていきました。

 

なぜ、研究者になろうとおもったのかは、自分でもよくわかりません(笑)。おそらく消去法だったとおもいます。

 

 

―― 消去法ですか(笑)。

 

当時は今と比べて就職が厳しくなかったので、就職活動で苦労することはほとんどありませんでした。とても景気が良かったんです。就職する先は沢山あったんですが、なんだか普通に就職するのが嫌だったんですよね。あんまり人とつきあいたくなかったんでしょうね(笑)。

 

 

―― それは致命的ですね(笑)。

 

最終的には消去法でしたが、その後も偶然に身をまかしていたらこの世界にいたという感じです。年をとってきて、人生と言うのは偶然の連続だということをおもいますね。多少の計画はあったとしても、明確なマスタープランにのっとって人生計画していたわけではない。現在の研究課題を発見したのも偶然の産物ですし。非常に皮肉なことに「合理的に計画し行動する個人」は経済学が想定するモデルではあるんですが、当の経済学者自身はそんなこと全然考えていないんですよね(笑)。

 

 

金槌のようなもの!?

 

―― 実際に大学で経済学を学んでみた感想はいかがでしたか?

 

経済学に大きな期待をもって入学したのはいいものの、大学で教えられるのは無味乾燥で形式的な経済学で、ちょっと失望しましたね(笑)。

 

 

―― 第一印象は良かったけど、実際に付き合ってみたらイマイチだったということですね。

 

しかし、勉強していくにつれ、この無味乾燥な学問が現実理解においてすごく役に立つことが分かってきたんです。付き合いが深くなって別れられなくなるほどに。

 

実際に最近では、経済学が政策に応用されることも多くなっています。日本ではそれほど導入が進んでいませんが、海外などでは特に顕著です。たとえば、携帯電話の周波数のように限られた資源をどう分配するのかという問題に、「オークション理論」という経済学の手法が取り入れられていますし、臓器移植などでも「マッチング理論」という手法が使われています。

 

また、ウナギなどの海洋資源が枯渇していることが問題になっていますが、それも経済学が解決の糸口を用意しています。誰のものでもなく、誰でも取っていいものに関しては、みんながこぞって取ってしまいます。そうすると、結局稚魚が少なくなり、みんなの取り分が少なくなってしまう。「共有地の悲劇」とかいうものですね。その対策のためにノルウェーなどでは、経済的な理論でつくられた「漁業枠」が活用されています。このあたりは、シノドスでもおなじみの勝川俊雄さん(三重大学生物資源学部准教授)が詳しいですね。

 

日本でも、「アベノミクス」の第一の矢である、金融緩和が話題になっていますよね。これも経済学に基づいた政策です。昔から先進国を中心に世界中でやられてきて、日本もようやく導入しました。

 

このように、経済学は政策に応用されています。実際に、すごく役に立つと言えるでしょうね。

 

 

―― 経済学が役に立つことは分かりましたが、経済学史はどうなんですか?

 

経済学史については、うーん、どうでしょう(笑)。知的好奇心を満たすという意味では役に立っているのかもしれません。

 

この質問は「金槌がなんの役に立ちますか」という質問と似ています。建物を建てるために役に立つと言えますが、家を建てるという目的を知らずに金槌を見たら、おそらくなんら意味の無い物体に見えるとおもうんです。道具というのは目的を持たないと役に立たないものです。

 

だから、「経済学史がなんの役に立ちますか」という質問には、役に立てようとおもったら役に立つとお答えします。なにだって役にたてようという意志がないとなににせよ使えませんから。ズルイ回答かもしれませんが。

 

 

―― うーん。なんだか煙に巻かれたようです。

 

金槌は使い方がわかっていますからね。私が言いたいのは、経済学史を役立てるには、役立てようという意志が必要だということです。それは他の学問にも言えるでしょうね。私が持っている道具は経済学史の知識ですので、これをどう自分と社会に役立つように使えるのかというのは常に意識しています。かといって、別に役立てようとしないことが悪いともおもいません。ただ、経済学史というのは、経済学と歴史を組み合わせた学問です。この組み合わせが普通の科学史とは異なるところかもしれません。私はまずはこの歴史の部分が役に立つとおもっています。

 

 

―― 歴史の部分ですか?

 

そうです。たとえば、「アベノミクス」について研究するとしましょう。経済学のよくあるアプローチとしては、経済学の様々なモデルを使いながら、今の状況を分析していく方法があります。

 

しかし、モデルというのはあくまでもモデルです。実際の経済がいつもモデル通りに動くわけではありませんし、実際の政策がモデルどおりに運営されるわけではありません。国内や国際政治の圧力がかかったり、思わぬハプニングがあったりするものです。モデルを当てはめて考えることは重要ですが、モデルによっては現実の経済とはかけはなれてしまう面というのもあるんですね。

 

一方、経済学史というのは、政策の中身やそれを支えている理論だけでなく、政策を考えたり、決めたりする上で人々がなにを考えているのかも研究する学問ですから、安倍さんや周りの人達がどのようなことを考え、どのような反対にあっているのかが理解しやすいと言えます。というのも、過去の経済学の論争を紐解くと、現在の論争にも通じるものがあるんです。そのため、経済状況ではなく、人にスポットを当てることで、違った角度からアベノミクスを捉えることができます。

 

 

―― 人びとの発想にスポットを当てるということですね。

 

それから次に経済学史は、経済学的な部分があるのでそれは歴史研究の部分にも役に立つと言えます。

 

経済学というのは、「人間がどういう行動を取るのか」「どのように関わり合うのか」について考えてきた学問です。たとえば、「人間は合理的に行動する」という仮定が経済学にはあります。人間は自分の利益が最大になるような行動をとるということです。

 

このような人間が集まって経済活動をする場合、自らの利益を優先しバラバラになってしまうかとおもいきや、その中でなんらかの秩序が生まれてきます。これが「市場」と呼ばれるものです。しかし、市場が生まれたからといって、うまくいかない場合もあります。では、どのようにしたらうまくいくのかといった、人間の関わり合い方を経済学では考えていきます。

 

このような人間自身と、人間と人間の関係性への洞察は、他の学問よりも徹底しています。その視点から歴史を紐解くと、いろいろなことが分かるわけです。メリットがなければ人間は動きませんから、どのようなメリットがその人にあって行動を起こしているのかを見ていきます。アベノミクスで例えるならば、安倍首相にとってどのようなメリットがあってこの政策をとっているのか、周囲の人びととはどのような利害関係で繋がっているのかといった視点で、捉えることができるのです。

 

 

―― なるほど! 経済学と歴史学のいいところを受け継いでいるんですね。

 

むしろ、そうありたいとおもっています。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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