どうして「ルールは守って当たり前」? ――現代の生き方を批判的に考える

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レッドブルはよくて、向精神薬はだめなのはなぜ?

 

―― 児玉先生はとくに生命倫理学を研究されているんですね。詳しくお聞かせいただけますか?

 

新しい技術がどんどん出てくるようになって、それまでには考えられなかった問題がたくさん出てくるようになります。たとえば脳死状態は顕著な例ですね。あるいは体外受精、クローン技術、iPS細胞など、新しい技術が生み出されたことで社会に生じる倫理的・法的な問題について考えるのが生命倫理学です。

 

議論されているテーマは本当にいろいろとあります。そうですね……例えば治療のために使われていた薬を健康的な人が使うことで身体能力を高めたり賢くなったりすることには問題があるのかという議論があります。うつ病にかかっていない人が向精神薬を飲んで気分を高めるのに使ったり、ADHD(注意欠陥多動性障害)ではない人がリタリンを飲んで集中力を高めたり、聞くところによると英米圏の学生ではそういう用法で使っている人が増えているらしいですが、日本ではまだあまり聞きませんね。

 

 

―― でもレッドブルもコーヒーも同じ効果を期待して飲んでいますね。

 

そうですよね。そのように考えると、もちろん副作用については考えなくてはいけませんが、向精神薬やリタリンのような薬を同じように使うことのなにが問題なのかが問題になってきますよね。応用倫理学ではそういったことを考えるんです。

 

おそらく今後、iPS細胞の研究が進むことで、私たちは相当長生きできるようになると思います。いまは120歳くらいが寿命の限界といわれていますが、いずれはみな120歳まで、あるいはそれ以上の年月を生きるようになるかもしれません。いまでも長老支配だと言われているのに、いったいどんな社会になっているのか。みんないくつになっても退職しないかもしれない(笑)。120歳まで続く結婚なんて本当にあるのか……。

 

 

―― SFで描かれていた世界が現実になるかもしれないんですね。

 

ええ、相当可能性が高くなっていますね。そのとき、人間の個人の生き方、社会のあり方はずいぶん変わってしまうでしょう。そうした問題も考えるのが応用倫理学なんです。

 

 

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どんな根拠でルールは決められているんだろう

 

―― 先生はなぜ倫理学を研究しようと思ったのでしょうか?

 

高校生のときはニーチェとかを読んでいて「ああ、面白いな」と思ったので、大学で哲学でもやろうかなと考えていたんですよね。そのときは倫理学という分野があることなんて全然知りませんでした。私が倫理学を研究することになったのは、いくつか理由があると思います。

 

私の知り合いにもすぐ怒る人がいますが「なになにはけしからん!」と強く思う人って結構いますよね。でも私はあまり道徳的な話に関心がなかったんですよ。「『ルールは守って当たり前だ』っていうけれど、その根拠とはいったいなんだ?」って思っていたんですよ。単に私が常識知らずなのかもしれませんが(笑)。それが倫理学に興味をもった理由のひとつだったのかもしれませんね。

 

あとは加藤尚武先生という応用倫理学やヘーゲル研究の大家の先生の授業を受けたら非常に面白くて。加藤先生の『現代倫理学入門』(講談社学術文庫)は、カントとかロールズとか功利主義とかミルとか様々な議論を、現代社会の問題を解くために使っていて、「倫理学は現代の問題を考える一つの視点として有効なんだ」と思ったんですよね。

 

代理出産について賛成する人も反対する人も立場はいろいろですが、現実的には何らかの社会政策を作る必要があるわけですよね。そのために論点を出して議論の方向性を打ち出していくことに面白さも感じました。こういう研究は社会学や法哲学でも可能なのかもしれませんし、むしろ社会学のほうが、社会のより深い構造を記述し理解できる学問なのかもしれません。ただ倫理学で規範理論を援用しながら考えて、「こうすべきだ」と打ち出せたら面白いんじゃないか、というのがあったのだと思います。

 

 

―― 実際に研究者になられて「こんなはずじゃなかった!」と思ったことはありますか? おそらく研究者になると決めるには相当の覚悟が必要なんだと思うのですが……。

 

私はアカデミアに残る以外のことは考えていなかったんですよね。就職する発想がなかった(笑)。だから、苦労した記憶はあまりなくて、院生になってからも「まあこんなものか」という感じでした。京都大学はわりと自由放任なので、好きに勉強をしていましたし。もちろんたいへん厳しい先生もいましたが、それを除けば楽しくやっていましたね(笑)。

 

 

―― そういえば真面目な学生ほど、どんどん塞ぎ込んでしまうとよく聞きますね。

 

それはありますね。哲学って内に籠ってしまう人も少なからずいると思うのですが、ただ倫理学の場合は、社会問題を考えるので、あまり内に籠らないというか。例えばウィトゲンシュタインをひたすら読み続けて研究していたら、たぶん変になっちゃうと思うのですが(笑)、社会的な問題にも関心を持っていると、塞ぎ込まなくてすむんじゃないかな、と。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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