あらゆる「権利」が行使できる社会へ――価値観を共有し、権利の幅を拡張していくために私たちができることとは?

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縁を切れる仕組みをつくる

 

―― この本の第一講は「縁を切る権利」です。リベンジポルノやストーカー被害の問題などは、情報化社会において被害が拡大しているように思います。その辺りは今後どのような対策が必要だとお考えですか?

 

法改正や加害者ケアなど、包括的な議論は本に書きました。ただ、技術的な限界によって、いまは打てない対策というものが当然あるでしょう。一方で、技術を拡張していくことでそのうち対応が変わる可能性もあるわけですね。

 

他人に住所を知られることで、ストーカー被害に発展してしまうということもある。個別のストーカー事案にどう対処すればいいのかというときに、警察が介入するとか、あるいは加害者に対してストーキングをやめさせるような対応はもちろん必要ですが、そもそもストーカーだけでなく、迷惑な相手に近寄られないためにはどんな社会がいいか。

 

たとえば、自分の住所を教えたくないというニーズに対しては、「郵送先記号」と「地図上の住所」を分離するのはどうだろうという議論も見かけますね。郵送先を相手に教えることが、直ちに住所を教えることにならないような仕組みにするとか。このシステムの利点は、引っ越しをしても、いちいち一人ひとりに「住所を変えました」メールを送る手間を省ける(笑)。メールアドレスとリアル住所の関係に近いですね。

 

これを実現しろという話ではなくて、このたとえ話から見えてくるのは、もしかしたら現実はネット以上に「嫌な相手をブロック」しにくく設計されているのかもしれないね、ということです。現実社会に、良質なスパムフィルターを導入するためには、まだまだ工夫が必要なんだな、と。

 

 

不幸が起きる前に、アイデアを出す

 

最初に「縁を切る権利」を持ってきたのは、最近では、「つながり」の重要性が強調されがちなので、あえてというか。特定のつながりから「オプトアウト」(離脱)しやすい構造の設計に、リアルも近づけたいなと。暴力の被害を受け続けた経験があると、ついそう思うんですよね。

 

法律上はストーカー規制法を改善したり、あるいはDVや児童虐待にあった児童の権利を守ることの延長で、加害者に対して情報提供しないようにしたり、一方で出所後の加害者の状況を被害者がある程度知ることができたりということが、おそらくこれから十数年間で最低限求められていくことだとは思います。それとは別に、普遍的に、「嫌な奴と縁を切りやすくなる」こと、それでいて「なんとかる社会」を考えていきたいんですね。

 

世の中の「不幸待ち」なところがあって、不幸が起きてから改善しようという議論が起きる。どうしても対応が後手後手になってしまう。ならばせめてすでに起こってしまった事件をフル活用しつつ、そこから抽象化された「権利」というものをより満たしていくためには、どんなものが必要だろうかということを議論することが大事だろうと。

 

 

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「排便」の問題から見えてくるもの

 

―― 「排便権」(快適な環境で排泄をおこなえる権利)のお話は非常に印象的でした。ここに荻上さんが注目されたきっかけはなんだったのでしょうか?

 

僕は痔になりやすいんです。年に何度かは苦しみます。常にナイーブな出口戦略を求められる人生です。ウォシュレットがない3・11以後の排便環境には、本当に困っていました。省エネにより、尻の負担が増したからです。

 

それは置いておくとしても、たとえばプライドパレードへ取材に行くと、いつも性的少数者にとってのトイレのありかたが話題になっているわけです。トランスジェンダーはどっちに入ればいいんだとか。

 

それを解決する手段の一つが「だれでもトイレ」(多目的トイレ)ですが、「だれでもトイレ」は誰でも入ることを「眼差し」が拒んでいたりする。たとえば、端から見ると健常者と変わらないような、「見えない障害」のある人たち。足に障害があって便座に座りにくい、けれどもズボンをはいているからわかりにくいとか。社会心理が利用を阻害する場面を結構見てきた。

 

災害時には、避難所や仮設住宅でのトイレ問題がありますね。排便環境が悪化することで便秘が増えたり、感染症のリスクが増したりする。仮設住宅は狭いので、車いすユーザーでも使いやすいトイレ作りには難儀もします。「排便権」という観点は一見すると目新しいように思うのだけれども、排便に関する困ったことというのは、多くの当事者運動を見ていると「あるあるネタ」なんですよね。

 

男女の排便権格差など、いろいろな問題が見えてくるところがあると思うので、以前までは見えにくかった運動や問題に言葉を与えてみるんです。そうすると誰もが同じくらいの条件で快適な便をしたいというのは、ほとんどの人が合意できることだと思うんですよね。

 

「ウンチは我慢したくないよね」とか「おしっこに行きたいのに時間がかかるのは嫌だね」とか、「トイレでのプライバシーは必要だよね」とか「隣のトイレの音を聞きたくないし、聞かれたくもないよね」というようなことは、みんな共有できる。そういう状況を見ていると、排便保障の観点から、もう少しいろいろなインフラや法整備を議論することも必要なのではないかと思ったんです。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.266 

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