ソマリア政治・外交ことはじめ――氏族、ディアスポラ、アル・シャバーブ

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「アフリカの角」という言葉をご存知だろうか。アフリカ大陸の東に突き出た半島部分、ちょうど動物の角のような形をしたこの地域に、エチオピア・ジブチ・ケニアに隣接して海岸線を覆うような形で存在しているのがソマリア連邦共和国である。

 

1991年に独裁政権が倒れて以来、この国では内戦と無政府状態が続き、「崩壊国家」とも呼ばれている。事態の打開を図るために実行された、アメリカを中心とする多国籍軍の派遣が惨めな失敗に終わったさまは、映画『ブラックホーク・ダウン』にも描かれている。国連やアフリカ連合によるその後の度重なる国際介入も、未だこの国に真の安定をもたらすことはできていない。

 

しかし、内戦と海賊のイメージが先立つこのソマリアの北部に、平和を享受する謎の独立国家「ソマリランド共和国」があるという。国際社会では国として認められていないものの、混乱の続くソマリアの中でそこだけ十数年も平和を維持しているというのだ。この和平の実現には、「氏族」が大きく関係していたというが、この氏族については外国人には理解が難しい。

 

こうした国内政治の謎に加えて、ソマリ世界の外交も負けず劣らず複雑な様相を呈している。イタリアの植民地支配を受けていたソマリアに対し、ソマリランドはイギリスの旧植民地であるが、ソマリアとソマリランドの関係には、こうした旧宗主国や近隣諸国の利害も絡み、実像を捉えるのは困難だ。

 

2013年に刊行された『謎の独立国家ソマリランド』は、現地取材によってこうしたソマリランドの謎を解明する著作であったが、それから2年、ソマリアを題材とする2冊目の著作、『恋するソマリア』が刊行された。ソマリランドを超えて、ソマリ人が住むソマリ世界全体に射程を広げた本作に関連し、政治・外交・社会にまたがって著者の高野秀行氏にインタビューを行った。(聞き手・構成 / 向山直佑)

 

 

somaria

 

 

どうしてソマリア?

 

――高野さんはこれまでもコンゴ、ミャンマー、ブータンなど、様々な国に関して執筆されてきました。そうしたなか、ソマリアに興味を持たれた理由からお聞かせいただけますか。

 

もともと「未知」とか「謎」といったものを求めて辺境に行くのが好きなんです。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」というのをモットーにしています。

 

「ソマリランド」という謎の独立国家がある、と聞いて、そんなものが実際に存在するのか、それはどういうものなのか、と思って見に行ったのが最初でした。旧ソマリア(ソマリランドと南部ソマリア)には2009年に初めて行ったのですが、以来、1、2年おきに今まで通算5回行きました。

 

 

――今回、2冊目のソマリア関連の書籍となります。まだ書きたいことが沢山あったということでしょうか?

 

最初はソマリランドだけで終わるつもりだったんですが、調べているうちにソマリ人自体が謎というか、面白くなってきたんですね。

 

というのもソマリ人は、今まで僕が付き合ってきた民族と、桁が違うんです。普通、伝統的な生活をしている民族というのは、あまり変化がなく、あるとしてもそれは近代化していく、という変化しかありません。それは同時に、民族らしさを失っていく過程でもあります。

 

でもソマリ人だけは、近代化とは全く別の次元で伝統を維持している、あるいは、伝統の中で近代化を取り込んでいく、という独特な動きをしているんです。そこに惹かれました。

 

 

――ソマリに関する情報収集は、どのようにされたのでしょうか?

 

そもそもソマリについては、日本語でも英語でもあまり資料がないのですが、その数少ない資料を読んでも、よくわかりませんでした。なぜかというと、1つには、ソマリというのは氏族社会なのですが、その氏族を表に出してはいけない、という暗黙のルールがあるからです。

 

どの氏族とどの氏族が対立しているといったことを書くことによって、対立や抗争を煽ってしまってはいけない、という良心的な意図で行われているのですが、これによってかえってソマリ人の実像が非常に見えにくくなっています。氏族ばっかりは、実際に行ってソマリ人に聞かないことにはわかりませんでした。

 

また、ソマリ語という言語の難しさも、ソマリ人を「秘境民族」にしている要因の1つですね。純粋な外国人で、ソマリ語をある程度話せるという人は、おそらく世界で20人もいないのではないでしょうか。というのも、ソマリ人は外国語が得意なので、別に外国人がソマリ語を話せなくても問題ないんです。

 

 

ソマリ人と日本人

 

――文中でご自身をソマリのディアスポラ(海外在住者)になぞらえていらっしゃいますね。

 

私は帰国後も、ソマリのテレビ局の仕事を日本でしようとしたり、ソマリ語を習ったり、ソマリ人の知り合いに日本から送金したりと、とにかくソマリ人から忘れられてしまうことを本気で恐れて、できるだけソマリとの関わりを維持しようと必死でした。

 

忘れ去られないために必死で送金する、こういう行動は、ソマリ人ディアスポラとほとんど同じなんですね。ソマリ人にとっては世界というのはソマリ世界のことで、たとえニューヨークやロンドンで成功しようが、「本場」であるソマリ世界で認められなければ、何の意味もありません。だから彼らは「本場」で忘れられてしまわないように、頼まれなくても故郷にお金を送り続けるわけです。

 

 

半砂漠を横断する“世界最悪の夜行便”で魂が抜けかかっている著者・高野秀行氏

半砂漠を横断する“世界最悪の夜行便”で魂が抜けかかっている著者・高野秀行氏

 

 

――ソマリ世界で認められなければ、何の意味もない、ですか。

 

こういうところは、日本人にとてもよく似ていると思います。日本でも、「国際人になる」とか「国際的に活躍している」とかいうことが賞賛されますが、多くの人は所詮日本で認められないと、全然意味がないと思っている。「世界で認められた人」がすごいというのは、「世界で認められた人だと日本で紹介された」からすごいのであって、世界で認められたこと自体がすごいわけではないんです。そのニュースが日本で評価されないと、意味を持たない。

 

日本人とソマリ人は対極にあるように見えて、実は内向きなところが非常に似ているように私には思えますね。

 

 

――ソマリ人は外国語にも秀でているし、海外に移住することも多いのに、内向きだと。

 

むしろ、内向きだからこそ、どこにでも行けるのではないでしょうか。どこに行っても必ずソマリ人がいるところ、より正確に言えば自分の氏族がいるところに行く。そこには、ソマリ人の経営するレストランがあり、カフェがあり、商店があって、しかもたいてい氏族ごとに分かれています。つまり外国にいても、ソマリアやソマリランドにいるのとほとんど変わりません。だからどこに行っても構わないわけです。

 

 

――周辺の他の社会と比べても、ソマリ人社会は閉じていると思われますか?

 

そう思います。ソマリ世界では氏族社会が非常に大きな力を持っているので、社会も氏族単位に分かれています。外国にいても、まずソマリ人というだけでは、仲良くなりません。日本にも在日ソマリ人は数人いますが、全然みんなで集まったりはしていませんね。もし日本人が数人しかいなければ、何かしら集まって食事をしたりすると思うのですが、ソマリ人は氏族が違うとそういうことは基本的にしません。

 

氏族同士の仲が悪いというだけで、個人同士も仲が悪くなることさえあります。

 

 

ソマリを統べる氏族の謎

 

――近代化論のような考え方で言えば、伝統的な氏族社会は近代化に従って希薄化していく、と考えられそうですが、ソマリアではそのようになっていないのですね。

 

そうですね、教育を受けたインテリでさえも、依然として氏族を自分のアイデンティティとしている面があります。

 

もっとも、日本人でも外国にいれば「日本人」、関西出身で東京にいれば「関西人」、関西にいれば「大阪府民」や「奈良県民」といった形でアイデンティティを持つのと同じように、どのような環境にいるか、誰との関係において自己を規定するかによって、氏族のどのレベルにアイデンティティを持つのかは変わってきます。氏族というのは一種の「住所」のようなものですね。

 

 

――そうした氏族社会にも良い面と悪い面がある、という記述がありました。

 

良い面としては、まず氏族の中で「助け合い」が行われているところでしょうね。「ソマリ人に乞食はいない」と言われていて、ソマリアやソマリランドにたくさんいる物乞いの人たちは、大抵がエチオピア人など、他の民族であることが多いそうです。

 

それはなぜかというと、1つにはソマリ人は物乞いをするくらいなら盗む、ということもありますが(笑)、より大きな理由としては、氏族内での相互扶助の仕組みが発達していることがあります。氏族の人間の生活には氏族が責任を持つ、そうしなければ氏族の名が落ちるから、という理屈ですね。

 

ソマリランドやプントランドでは、喧嘩や交通事故などで人を死なせてしまった場合、加害者の氏族が賠償金を被害者側に支払う、という仕組みもあります。紛争解決手段としての氏族、という面です。

 

また、興味深いことにソマリランドでは、DV(家庭内暴力)がとても少ないと言われています。というのも、ソマリランドでは違う氏族から妻を迎えることが多いのですが、妻が違う氏族だと、もしDVをしようものなら、妻の氏族が介入してくることになるわけです。「うちの氏族を侮辱している」ということになるので。そうすると危なくって夫も手を出せませんよね。それは良い面ではありますが、そこから氏族抗争が始まってしまうこともあり、そうなると困りモノです。

 

 

戦争を終わらせるための話し合いを行う氏族の長老たち

戦争を終わらせるための話し合いを行う氏族の長老たち

 

 

――氏族間の通婚は普通に行われているのですか?

 

特にソマリランドではそうです。これは面白くて、南部ソマリアではあまり通婚はしません。というのも、南部ではまだ戦乱が続いていて、このような不安定な社会では、他の氏族と姻戚関係を結ぶというのは不安なんですね。戦乱が続いていると、「あの氏族の◯◯は、何年前にうちの氏族の△△を殺した」というような嫌な記憶が残っていたりするので、そこで反対する人が出てくるわけです。結果的に、自分の氏族で固まることになります。

 

ソマリランドの場合は、違う氏族の人と結婚して、人脈を広げたほうがよい、という考え方が主流なようです。

 

 

――氏族の悪い面についてはいかがでしょうか。

 

悪い面としては、まず「自分の氏族さえ良ければいい」という考え方ですね。地域とか、国とか、そういった全体のことを考えなくなるわけです。ただ、それは氏族内の相互扶助と表裏一体、という面はあるので、一概に悪いとは言えないかもしれません。

 

もっと問題なのは、不平等や差別です。強い氏族は威張っていますが、弱い氏族は低く見られて、良い仕事につけない、意見を聞いてもらえない、などということがあります。私の知り合いでも在外ソマリ人でそうしたひじょうに弱い氏族の出身の人がいますが、彼なんかは「もうソマリアには帰りたくない」と言っているくらいです。

 

 

――そうした不平等や差別はどこから来ているのでしょうか?

 

色々ありますが、まず氏族の人数が少ないこと。戦力が低いと弱くなります。それから他の国での例と同じように、屠畜などの特定の職業を担ってきた人たちがおり、他にはバンツー系の血が入っている人たちも力が弱いですね。あとは、ソマリ社会は遊牧民社会なので、農民・漁民も軽く見られています。【次ページにつづく】

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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