閉じた世界の論理を記述したい

自己啓発の閉じた世界

 

――本日は、『日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ』著者の牧野さんにお話を伺います。前著『自己啓発の時代』では、2010年ごろまでの自己啓発書について取り上げられていますよね。リーマンショック後の景気悪化や震災など、この頃から、社会情勢はまたどんどん変わって行きましたが、自己啓発の分野にも変化があったのでしょうか。

 

編集者さんにお話をうかがうなかで、幾人かがリーマンショック以降、より「本質的なもの」が求められているようだと仰っていました。ですが、自己啓発書全体のトーンが明らかにそれを受けて変化したという傾向は、さして観察できなかったように思います。男性向けビジネス書のトーンが一部強迫的になっているところはある気がするのですが。

 

つまり、「ポジティブになることがきっといい成果をもたらす」というようなトーンではなく「ポジティブになれなければ一生敗者のままだ」というような二極化の押し出しがしばしばみられるようになっています。ただ、これが時代の影響かどうかは分かりません。

 

多くの出版社、多くの書き手が入り乱れる自己啓発書業界のなかで、より強い書き口を打ち出して差異化を図っているという側面もあるでしょうから。

 

もう一つ、2011年に起きた震災、つまりこの社会で起きた未曾有の出来事は、人々の生き方や働き方を指南する自己啓発書にどう影響したのだろうということも調べてみたことがあるのですが、それもさして観察できなかったように思います。

 

本の冒頭で少し震災に触れるようなものはいくつかあるのですが、それとて「震災の被害にあった人も、あわなかった人も一緒に頑張ろう」というように、著者がもともと言いたいことの前置きとしてしか言及されないことが圧倒的に多かったです。

 

そもそも、自己啓発書の説得性や明快さを高めていくにあたって、この世の中の出来事をつぶさに論じていくことは阻害的になるのだと思います。世の中のことはそこそこに観察する、するとしても自己啓発の世界の論理にしたがって観察して取り入れ、内的な整合性や面白さを増していく。

 

そういう相対的に自律した、完結した自己啓発の世界があるよなあということを、資料として自己啓発書を読むたびに思い重ねてきて、その閉じた世界の論理を記述したいと思って今回の本を書きました。それは今日の社会を描き出すことにもつながると思いましたし。

 

 

――牧野さんはもともと少年犯罪の報道分析をされていたんですよね。それがなぜ自己啓発をテーマに研究しようと思われたのでしょうか。

 

2000年代前半、森真一さんの『自己コントロールの檻』や、樫村愛子さんの『「心理主義化する社会」の臨床社会学』、斎藤環さんの『心理学化する社会』など、私たちの暮らす社会の関心がどんどん「心」に向かっているとする指摘が幾人かからなされていました。私もそれを受け、修士論文では、少年犯罪報道を対象としたこのテーゼの実証に取り組みました。

 

具体的には、1960年代まであった「貧しさゆえの犯罪」「都会のひずみが生んだ犯罪」というような「社会」を手がかりとする解釈枠組がその後消失し、1970年代から1980年代にかけて「家庭」「学校」問題として少年事件を捉えようとする枠組が支配的になったのち、1997年の神戸・連続児童殺傷事件以降は「心の闇」を解き明かそうという枠組が新たに登場する、というような展開を追いかけました。

 

ですが、少年犯罪報道を読み過ぎて精神的にしんどくなってしまったことと、他者を解釈する枠組ではなく自分を解釈する枠組の心理学化こそがもともとやりたかったのでそのことに取り組んでみようということで、博士課程に入ってからそれまでやってきたことを一旦ほとんど捨てました。

 

で、「自己の心理学化」というテーマで何を調べるといいかなと探していたところ、たどり着いたのが「自分探し」をテーマにした特集をしばしば組んでいた『an・an』でした。

 

雑誌を色々調べていて『an・an』にたどり着いたのですが、調べているうちにビジネス誌も「○○力」を沢山ぶちあげて、自分探しではないけれど「自分磨き」を煽っているなと思ってそれも調べ出したり、『an・an』と似たようなことを言っているかもしれないと思って就職対策書にも手を伸ばしたりしました。

 

そうやってみていくうちに、「自分探し」「自分磨き」を称揚しているのは心理学者やカウンセラーだけでなくて、小説家だって、エッセイストだって、占い師だって、タレントだって、皆同じようなことを言っているよなあということが段々分かってきて、だとすれば「心理学化」という括りは適切じゃないかなと。ここでようやく、これらは多分「自己啓発」って括るべきだと気づいて、自己啓発書の分析を行うことにしたんです。

 

 

――この本の中で「自己啓発」はどのような定義なんですか。

 

うーん、難しいです。もともとこの言葉は、企業における人材開発論の周辺から出てきている言葉ですが、その後この言葉には独自の意味付与がなされて今に至っていると思います。

 

1980年代であればこの言葉は「精神世界」に近い意味合いをかなり含んでいたと思います。「自己啓発セミナー」が隆盛したのはこの頃でした。ですが、今は自己啓発という言葉はもう少しフラットになっていて、それと並行して自分を変えよう高めようとするメッセージもどんどん拡散しているように思います。

 

今回の本でも書いていることですが、なんでも自己啓発の素材になってしまうのが現在なので、くっきりとした定義を与えることは難しく、それが私の研究の弱点なのですが、でも今回はそこを開き直って、自分自身を高めようとする活動を丸ごと捉え、その全体的なベクトルを描いてみようとしました。【次ページにつづく】

 

 

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