閉じた世界の論理を記述したい

片づけ=人生が変わる!?

 

―第5章でも触れられていますが、特にいま、「片づけ本」がすごいブームですよね。

 

ちょうどこの本が出たばかりのとき、近藤麻理恵さんが米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたというニュースが出たので、そうですね、一つの潮流になっているのかもしれません。

 

もともと日本は、仏教圏ということもあって、掃除・片づけと道徳・精神修養が結びつきやすい文化的背景をもっているのだろうと思います。これは仏教圏特有の傾向だそうなのですが、学校という学びの場で掃除をさせられてきたという私たちの経験もまた、掃除をそれのみに留めずにおくメッセージを受容する下地になっているのでしょう。

 

ですが、管見の限りでは、その伝統から直接的に、近年の「片づけブーム」が生まれたのではないように思います。

 

一つのきっかけは、ローヤル(現イエローハット)創業者の鍵山秀三郎さんだと私はみています。会社創業以前から行ってきた早朝掃除が、企業経営におけるひとつの手法として1990年代前半に注目を集めたあたりから、近年のブームは動き出したように思います。

 

 

――はじめは企業で使われるものであったと。いまは、「家の片づけをして幸せになろう」という文脈ですよね。

 

両方とも今でもあるのですが、近年、より注目を集めているのは後者かもしれません。興味深いと思うのは、長い間「きれいにすること」「整えること」それ自体を目指してきた家の片づけ論が、あるときから自分を好きになったり、自分を変えたりするための営みという意味を持ち始め、場合によっては家をパワースポットにしようという聖なる営みにもなっていくということです。

 

この経緯については、先ほどご紹介いただいた拙著の第5章にあれこれと書いていますので省略しますが、それらのあれこれを上手く統合し、近藤さんや「断捨離」のやましたひでこさんのような、主張とキャラクターとがしっかり立った著者が旗を振ったところで、今日の「ブーム」が起きているのだと思います。

 

 

自己啓発書とは違うリズムと文体で

 

――先ほど、自己啓発の世界を「閉じた世界」と仰っていましたが、これからの自己啓発に変化はないのでしょうか。

 

この本のもとになった「プレジデントオンライン」での連載を2012年に始めてから、書店に行くと自己啓発書コーナーをぶらぶらする習慣がついたのですが、そのときから現在に至るまで、大きな方向は変わっていないように思います。

 

水野敬也さんの『人生はニャンとかなる!』だとか、近年のアドラー心理学本の陸続だとか、いくつかの新たな動向はありますが、ここ15年ほどの「見せ方」を重視する傾向、ピーター・ドラッカー等の「大物」の主張が分かりやすく解説される本が陸続する傾向を考えれば、根本的な地殻変動ではないように思います。

 

いずれにせよ、近年の動向については私なんかよりもっと詳しい方がいると思いますが、メッセージを極限まで絞り出していけば、男性の自己啓発のゴールは何よりも仕事、女性は自分探しという点は近年に限らず、ここ40、50年近く変わっていないのではないでしょうか。

 

 

――この本は、アンチ自己啓発とまた一線を画しているなと感じたのですが、その点は意識されていましたか。

 

自己啓発をテーマにした書き物をすると、もっとこんな学術的な分析じゃなく、世にはびこる自己啓発書をスパッと一刀両断してほしいとか、もっとパッと分かる内容にしてほしいとか、そういうコメントあるいはご批判を受けるときがあります。

 

もちろん、分かりづらい部分は私の筆力の問題が多分にあるので、ただひたすらに謝るしかないのですが、でも、一刀両断にしてほしいというコメントと合わせ、一方でこうも思います。

 

まず一刀両断ということについては、そうはっきりと切り捨てられるほど、自己啓発的なメッセージの浸透は表層的ではないだろうということです。それは、私を含めた、この現代を生きる多くの人々のなかに、多かれ少なかれ入りこんでいると思います。「自己啓発書に騙されないオレ」のような立ち位置は単純には成り立たないと思うのです。

 

また、もっと分かりやすくということについては、それこそが今日の自己啓発書の作り方なのだと思うんです。一目で分かって、ストレスなく読めて、武田砂鉄さんが『紋切型社会』で述べるところの「紋切型」を通して、同時代的な感性にすっと溶け込んでいくという。で、そういう書き方から距離をとりたいなと。

 

つまり、殊更分かりにくくしたつもりはないのですが、アカデミックな書き方の可能性を追い求めつつ、そのなかでできるだけ多くの人に分かってもらえるような書き物を作ろうと私なりに努力するなかで、自己啓発書とは違うリズム、違う文体で自己啓発について論じたのがこの本です。違うリズム・文体の書き方を通して、自己啓発書のある種の異様さを浮き彫りにしようとしたのでした。

 

狙いということでもう一ついえば、邦題の方ではあるのですが、この本のタイトルはジャック・ドンズロ『家族に介入する社会』に引っ掛けたものです。家族という領域にある種「上から」介入する統治性と、人々のささやかな日常を自らの気づきと自助努力によって組み替えることを促す、つまり「下から」個々人へと誘いかけていく統治性とはある種対照的で、その対照性を大きなスタンスとしては打ち出しています。

 

本の中では、ニコラス・ローズ(もともとはミシェル・フーコー)が述べる統治性概念は大きすぎて実証的な検討ができないと述べているのですが、結局総体的なスタンスとしては、前著に引き続いてまた頼ってしまいました。今後はもうちょっと違うアプローチを探していきたいと思います。

 

 

 

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