大津いじめ事件・若き市長の改革

平成24年1月、大津市長に就任した越直美氏は、市長就任前に起きたいじめ事件の対策へ取り組むことになる。立ちはだかる教育委員会の壁や、第三者調査委員会の設置……市長の改革に荻上チキが迫る。(構成/島田昌樹)

 

 

大津いじめ事件の経緯

 

荻上 今回は滋賀県大津市の現役市長である越直美さんとの対談をお送りします。越さんは、平成23年10月11日に起きた大津いじめ事件のあと市長に就任し、前の市政を含めて改革する立場からいじめ対策に取り組みました。

 

また、ご自身もいじめられた経験を持っていると著書にあります。以前の市政を客観的にチェックするというだけでなく、ひとりの当事者として問題と向き合うところがあったと思います。

 

 はい。今回、私が本を出したのは、3年が経ちましたが、亡くなった中学生のつらさや無念を忘れてはいけないという思いからです。大津いじめ事件の教訓を共有して、悲しい事件が起こらないようにするための歩みを止めてはならないと思っています。

 

まず、事件の経緯からお話ししますと、平成23年10月11日に、いじめを受けていた市立中学校2年の男子生徒が自ら命を絶たれました。私は翌年1月に市長に就任したのですが、最初はこの件について報告がまったくありませんでした。

 

そして、平成24年2月末に、ご遺族が大津市を相手に訴訟を提起されました。それまでは学校と教育委員会がこの問題に対応していたのですが、直接、教育委員会を相手に訴訟を起こすことができないため、市が訴えられる形になりました。

 

荻上 形式的にそうなるんですよね。著書で初めて知りました。

 

 後にご遺族の方とお話した際、ご遺族の方も学校と教育委員会を訴えたかったのに、市を訴えることになりびっくりしたと仰っていました。この時初めて、教育委員会から報告がありました。事件後、私が市長になる前に学校と教育委員会が調査した結果、いじめがあったことは判明したが、いじめと自殺との因果関係は分からなかったという内容でした。本当に十分な調査をしたのか何回も聞いたんですが、ちゃんと調査した、と。

 

7月に自殺の練習が行われていたのではないかと新聞で大きく報道され、全国的なニュースになりました。それから滋賀県警の強制捜査が学校と教育委員会に入り、段ボール10箱もの資料が押収されました。それまで、教育委員会から市長部局には全く提出されていなかった資料です。そこで、県警から資料のコピーをもらい、私も自分で資料を見ました。

 

「生徒が亡くなるまで、いじめに気付かなかった」と学校は言っていました。でも、「いじめか?」と書かれた教員のメモなど、少なくともいじめの疑いがあったことが分かる資料が出てきました。愕然とする思いでした。教育委員会の調査は全くいい加減な調査だったと気付いて、調査のやり直しを決意しました。

 

私の前職は弁護士で、企業のコーポレート・ガバナンスの仕事をしていたのですが、企業で不祥事が起きたときは内部で調査することはあまりありません。外部の弁護士などに任せます。専門性の問題もありますが、株主や消費者に信用してもらうためには第三者による調査を行う必要があるんですよね。

 

これにならって、外部の専門家による第三者調査委員会を作って再調査をしようとしたのですが、教育委員会からも強い抵抗がありました。今考えると、この時が一番大変でした。

 

 

koshi

 

 

再調査への抵抗

 

荻上 どういう抵抗があったんですか?

 

 「“教育的配慮”から再調査はするべきではない」と、教育委員会から言われました。「教育村」と言われることもあるように、教育委員会って、中の人しか分からない言葉を使うんですよ。「“教育的配慮”って何ですか」と聞いてみたら、「事件を蒸し返すことになり、子どもが傷つく」ということでした。

 

でも、本当は違いました。押収された段ボールには、「亡くなった生徒のために真実を明らかにしてください」「死を無駄にしないように、原因をつきとめてほしい」と同級生が回答したアンケートがありました。

 

実は、私もいじめられた経験がありました。この事件に比べたら私の受けたいじめは大したものではありませんが、亡くなった生徒のことを思うと、徹底的な調査をしなければならないと決意しました。

 

そこで、教育委員会ではなく、市長の下で再調査を行うことにしました。もう教育委員会には任せられないという気持ちでした。

 

荻上 第三者調査委員会に遺族推薦の人物を入れたんですよね。それに対しては、どういう反応がありましたか?

 

 5人(のち6人)の委員のうち、3人をご遺族推薦の委員にしました。これにも反対する声が多かったですね。

 

荻上 その理由は?

 

 「大津市が作る委員会なんだから、遺族推薦の人物を入れるのはおかしい」ということでした。

 

荻上 うーん……。遺族の方は大津市民ですよね。で、市民が当事者として市政に要望するのはいたって真っ当です。人数の問題はありますが、そもそも意見を聞かないというのは謎ですね。

 

越 あと「遺族推薦の人を入れたら、公平な調査ができない」という反発もありました。

 

荻上 「遺族が推薦する人物を入れたら、遺族に有利なバイアスがかかるだろう」というロジックですか。それは直ちに、「行政が推薦する人物だけなら、行政に有利なバイアスがかかるだろう」って跳ね返ります。

 

 そうですよね。ぜんぜん理屈になってないんです。

 

荻上 こうした検証は、第一義的には当事者のために、第二義的には秩序を改善するために行われるものです。これには専門性・信頼性、さらに客観性・透明性も必要です。

 

当事者の推薦した人物が入ることで信頼性が築かれますし、調査委員会のメンバーが客観性と専門性を持っていれば問題はないはずです。なおかつ、そのあと民間に戻る人物がいれば、その人達の口はふさげないので、社会に対する透明性も担保されます。

 

このようなサイクルで、第三義的にはメディアや啓蒙活動を通じて社会全般を向上させることも期待されます。

 

今回のように当事者が推薦した人物を入れることで、本人や市民に信頼してもらえる仕組みを作ることは、第三者委員会としては当たり前のことにように思えるんですけどね。

 

 遺族推薦の人物を入れるために夜中まで何度も議論した時には、ご遺族の言葉が支えになりました。

 

7月に教育委員会と学校のずさんな調査について、ご遺族に直接謝罪したんです。その時、「市長を信頼して、息子の件を市長にお任せします」と言っていただきました。その言葉が私の支えとなって、同時に責任の重さを感じ、ご遺族の思いを裏切りたくないと思いました。

 

結局、弁護士の経験から、中立・公正に調査を行うことを約束する就任承諾書を出してもらうことなどを提案し、なんとか、遺族推薦の半数の委員を入れることができました。大津市の推薦委員も市が勝手に選んだものではなく、日本弁護士会などに推薦してもらった専門家です。委員の皆さんは、遺族推薦や市推薦の区別なく、全員が、亡くなった生徒のために、本当に熱心に活動してくれました。

 

 

第三者委員会設立の難しさ

 

 大津市が行うまで、外部の委員会がいじめについて調査・公表することは、ほとんど無かったんですよね。第三者調査委員会を立ち上げるために、前例を調べたのですが、見つかったのは4件だけ。このとき初めて、いじめについて過去に徹底的な調査がされて、公表しているものが無いと分かったんです。

 

大津市の調査のあと、調査を義務づけるいじめ防止対策推進法ができ、いろいろなところで大津市のように第三者調査委員会をやってほしい、という声が起こっています。でも、本当に中立・公正で専門性のある委員会ができているかというと、そうでないケースが多いと思います。

 

大津市のご遺族が他のご遺族の支援をされているのですが、そもそも調査をしなかったり、調査をしても遺族推薦の委員が入ることはすごく少なかったり、教育委員会が遺族の了解を得ずに委員を選んだり、市の元顧問弁護士を入れたり……遺族に信頼してもらえるような委員会は、あまり作れていないと思います。

 

荻上 いじめ以外でも第三者委員会を作ろうとする動きは起こっていて、社会全体がやり方を模索しています。今はそのための議論を重ねているところですね。いじめの場合は、越さんがやったことがひとつのきっかけになり、第三者委員会を作ることが当たり前になりました。今後重要な点としては、まさに当事者の要望を反映する形でメンバーを選ぶなり、情報公開するなりといったことをスタンダードにしなくてはいけないということですね。

 

検証を行う際、当事者の信頼性を得られない検証機関を作ってもしょうがありません。その点で市長は重要ですが、曖昧でもある立場です。市長は市民の代表として行政に携わるので、官僚組織の改革も期待されますが、行政の側の人間でもあります。長期政権だったり、事件が自分の時に起きたりすると、俗人的な理由も手伝い、行政擁護のふるまいをするケースも出てきます。

 

越 それはあると思います。それでも、私は教育委員会ではなく、市長が動く意味はあると思います。市長は市民に直接、選挙で選ばれており、市民に対して説明責任がある立場です。でも、教育委員会は選挙で選ばれていませんし、市民に遠い。それが隠ぺい体質に繋がっていると思っています。

 

 

教育委員会の問題点

 

 そもそも教育委員会がどういうものなのか理解している市民が少ないです。私は、理解してない市民が悪いのではなく、市民に理解できない制度が悪いと思っています。制度が複雑過ぎるんですよ。

 

例えば、大津市には5人の教育委員がいて、その中に教育長と教育委員長がいるのですが、このような制度について知っている市民はあまりいません。また、教育長以外は非常勤で、教育委員の名前を知っている市民はほとんどいません。そのため、教育委員会には権限があるのに、市民から責任を問われることがなく説明責任を果たすこともありません。責任を取るのは市長です。市民から見てバラバラになっている制度になっていて、大津いじめ事件では悪い方向に影響しました。

 

荻上 ちなみに、大津のいじめ問題をきっかけに教育委員会改革が進んだけれども、その後の教育委員会改革は大津のケースとは完全に無関係のものになっていますね。

 

 そうなんです。 責任と権限がバラバラのままで。大津の事件にとって背景の事情として作用したと思うことは3つあります。教育長と教育委員長の2人がいること、県の教育委員会と市の教育委員会があること。それから、一番大きいのは市長と教育委員会という組織があることです。大津のケースで言うと、制度上の責任者は教育委員長だったのですが、当時の委員長は、一度も市民の前で説明しませんでした。

 

また、教育や学校については教育委員会に権限がありますが、そのあと訴訟になったら市長が責任を負います。つまり、教育委員会は事件が起こるまでは好きに決めることができるけれども、最後まで責任をとらない仕組みになっているのです。だから、教育委員会は訴訟になっても資料を出さないような無責任な体質になってしまうんです。ここが大津で一番の問題だったのに、今回の法律改正では「教育村」の抵抗が強くて制度があまり変わりませんでした。

 

荻上 国の教育委員会の法律の改正では、教育委員長が無くなって、教育長と一緒になりましたけど、それ以外の部分は変わりませんでしたよね。

 

越 基本的に最終的な権限や責任は変わっていません。教育に関する部分は教育委員会、予算や訴訟に関する部分は市長というバラバラの状況が続いています。

 

あと、今回の教育委員制度の国の改正の枠外ではありますが、県の教育委員会と市の教育委員会が分かれていることも問題です。教員の人事権は県の教育委員会にあるのですが、これは市民の意識と乖離しています。

 

事件の際、私のところに「校長・担任をやめさせろ」という批判がたくさん来ました。市民は大津市立の中学校だから市長や市の教育委員会に人事権があると思っているわけです。でも、実際に、処分する権限があるのは、県の教育委員会です。

 

そして、県の教育委員会による処分も非常に軽かった。私は軽すぎる処分だと言いましたが、取り入れられることはありませんでした。これでは組織としての一体性がないし、そのような人事配置をしている県の責任も問われない。

 

荻上 県と市の仕事の違いが分かりにくいと、通報することも難しくなりますね。別の意味での縦割りと言いますか、層が違うと言いますか。

 

 文部科学省、県の教育委員会、市の教育委員会というピラミッドは残っているように思います。市の教育委員会の事務局は本来、教育委員を見て仕事をするべきなんですが、それも見ていないし、市長も見ていませんでした。県の教育委員会を見ているんです。教育委員会事務局がなにか報告するときも、まずは県の教育委員会に報告し、教育委員や市長は後回しという感じでした。市民のために働くためには、市の中で完結させる仕組みにしないと。

 

 

「教育村」

 

荻上 先ほどの「教育的配慮」の話があったじゃないですか。「事件を蒸し返すことになり、子どもが傷つく」っていう。これは何にでも使えるマジックワードですね。調査をせず隠ぺいすることは、子どもたちから社会への信頼を剥奪することになるため、「教育的配慮」のためにはむしろ丁寧な調査と説明こそが重要だと反論することもできます。そういう言葉は使わないで、議論を進めないと。

 

 でも、「教育村」の人はそれで納得するんでしょうね。例えば、学校で事件があった場合、それが犯罪に該当するような暴力事件であっても警察に言わないのは「教育的配慮」だという。本当にそれでいいのかと考えると、そうじゃないと思います。

 

犯罪に該当する行為に対しては、社会のルールにしたがって警察にも言うべきです。少年法には更生させる目的があるわけですから、将来的に見たらその子のためにもなる。それを考えずに、その場限りのことをするんですよね。自分たちのいいように「教育的配慮」という言葉を使っている。

 

荻上 いざという対応がどうなるか、教育委員会の俗人性に左右されることはこれからも続く面があるでしょう。緊急事態だけでなく、いじめ防止対策推進法では、いじめに関する調査や啓発を普段からしておくことが求められています。

 

地方のいじめ対策の動きを見ていてもいいなと思えるのはごく一部で、ふんわりしたことをやっているところが多い。例えば、いじめ防止宣言を建てて、みんなで歌をつくるとか。スローガンを募集する、いじめ防止授業を一回だけする……残念な実情だなあ、という気がします。

 

 

大津いじめ事件後の大津市行政の動き

 

荻上 大津市はじめ、国や他の自治体のその後の動きはどうですか。

 

越 大津市のことをお話すると、大津市ではいじめ防止対策推進法ができる前に、第三者委員会の報告書が出て再発防止策の提言がありました。これと、大津市議会で策定したいじめ防止条例の2つに基づいて、平成25年4月から大津市では新しいいじめ対策に取り組んでいます。

 

これまで、いじめ防止策は教育委員会や学校だけがやってきましたが、市長部局でも「いじめ対策推進室」を設けました。4~5人の市の職員以外に、常勤の相談調査専門員として臨床心理士や弁護士を4人ほど雇用しました。それと、「大津の子どもをいじめから守る委員会」という常設の第三者委員会を設けました。これにも、外部の弁護士、臨床心理士が入っています。

 

これにより、今まで行き場のなかった子どもの声を聴く窓口ができ、子どもを中心とした解決方法を提供できるようになりました。例えば、加害者の謝罪だけで片付けられてしまった事案についての相談が来たりしています。

 

子どもが相談する相手は小学生なら親、中学生なら友達が多くて、先生は一番じゃないんですよね。なぜ先生に言いにくいのか、子どもたちに聞くと、「帰りの会などで勝手に言ってしまうから」と話していました。そういうことをすると信頼関係は築けません。

 

「いじめ対策推進室」と「大津の子どもをいじめから守る委員会」では、子どもの秘密を守るようにして、まず子どもの声を聴くようにしています。

 

学校への働きかけが必要な場合は子どもの了解をとったうえで、「いじめ対策推進室」の専門相談員や「大津の子どもをいじめから守る委員会」の委員が学校に行き連携を取るようにしています。今までの学校とは違ったアプローチや解決ができている点で意義があると思います。

 

荻上 学校側の論理だけで動くと、やはり限界があります。今、注目されているのは、学校と行政との橋渡しになる「スクールソーシャルワーカー」ですね。学校のことを外部に伝えたり、当事者に対して学校の外側でやれることについて情報相談するはたらきが期待されています。

 

それから、経済的にハンデがある子ども、障害のある子ども、セクシャルマイノリティの子ども、外国出身の子どもなど、いじめの対象になりやすい児童は多い。いじめを単独の問題としてとらえるのではなく、差別や貧困、人権の問題と連携しながら、他のNPOや行政などと協力することも期待されています。このような動きは学校だけでは難しいですから。学外との取り組みはどうですか?

 

越 学校の外に機関があることには、意味があると思っています。「いじめ対策推進室」のような活動を広めると、学校とは別の価値観で子どもにアプローチできるかと思います。【次ページにつづく】

 

 

 

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