昔は新米より古米の方が高かったし、 戦国時代の人は整然と歩けなかった!?

現代ソマリランドと室町日本は驚くほど似ていた! ――この驚きの事実をノンフィクション作家・高野秀行と歴史家・清水克行が語り合った『世界の辺境とハードボイルド室町時代』が注目を集めている。どのように室町時代とソマリアは出会ったのか、そして米、納豆、河童の話まで。縦横無尽のトークイベントの模様をお伝えする。9月25日、東京堂書店神田神保町店で行われた『世界の辺境とハードボイルド室町時代』トークイベントより抄録。(構成/山本菜々子)

 

 

室町時代とソマリアの邂逅

 

清水 本日は二人の対談集『世界の辺境とハードボイルド室町時代』の刊行記念イベントです。まずはあの本がどういう経緯でできたのか話をしなくてはいけませんね。

 

高野 そうですね。

 

清水 そもそも二人は、まったく何の縁もなかったんです。柳下毅一郎さんがツイッター上で高野さんの『謎の独立国家ソマリランド』のソマリア人と、ぼくの書いた『喧嘩両成敗の誕生』の室町人が似ているということをつぶやきました。

 

高野 そうですね。それをぼくがツイート上でグルグル回ってきたのを発見して、「へぇ、そうなんだ」と。

 

清水 で、ぼくもそれを発見したんです。常に定期的に自分の名前を検索してますから(笑)。

 

高野 基本ですよね、それはね。

 

で、ぼくは『喧嘩両成敗の誕生』をすぐ読みました。それがすごい面白かったんですよ。室町人はどういう人なのか定義づけている箇所があるのですが、室町をソマリに置き換えると全部通じてしまう。そうしたら、この本をつくってくれた編集の河井さんから「紹介しましょうか」と連絡がきました。

 

それで、明大前のキャンパスに行って、最初すごい清水さんがね、緊張してるというか、警戒した感じだったので……。

 

清水 今までに会ったことのないキャラクターだなと。狭い研究の世界にいたもんで。まあ、研究者も変な人多いですけど、それとはまた違うので、どうなのかなと思って。

 

高野 ぼくのほうは、本になるなんて考えてもいなかったし、そんなことより「話をしたい!」っていう気持ちが空回りするほどになって。それで、清水さんちょっと引いてましたよね。

 

清水 そう。かなり前のめりで、圧倒されました。だから、高野さんから「室町時代の人ってこうですよね」って言われても、「エ、えぇ…、まぁ…」って言うぐらい。ただ、そのあと、「じゃ、飲みに行きましょうか」と、下北沢に飲みに行ったんですね、編集の河井さんと三人でね。お酒が入ったら、だんだんぼくも心のストッパーが外れて(笑)。

 

高野 なんか日本酒飲んだら急に、ねえ、スーッと楽になったのか……「これは麹の味がする」とかって言って。

 

清水 そんなこと言いました?(笑)

 

高野 おお、さすが日本史の先生って思いましたよ(笑)。

 

清水 その時、ライトな文体で真面目な話を扱うと世間では「不真面目だ」と怒る人もいる。それってどうなんでしょうという話を酔った勢いでしたんです。そしたら高野さんも「ぼくもそう言われます」と答えてくれて――あ、詳しくは、本の五章にその時の話があるので読んでください――で、お互い二人で「そうですよね!」って言って、手を握り合って。

 

高野 そう。立ち上がって握手してたって。ぼくはもうその前後の記憶がほとんどないんです。

 

清水 ぼくはそこだけは覚えてます(笑)。編集の河井さんはそれを横で見て、「あ、これは売り物になる」とすぐ二人の会話を文字に起こしてくれたんですよね。

 

高野 なにしろ僕らは、僕らというか、少なくともぼくは忘れてますから。内容を半分ぐらいは。そのテープ起こししたものを読んだら、意外に面白いんですよね。

 

清水 ええ、ええ。新鮮に読めました(笑)。そして出版の運びとなったわけです。

 

 

米と納豆そして自己紹介

 

高野 この本、けっこう手間がかかっているんです。たとえば米の話。昔は新米より古米の方が値段が高かった。清水さんが著作に書かれていて興味を持ちました。

 

清水 そう。今は新米の方が高いんですけど、昔は古米の方が高かった。古米は乾いていて圧縮されるので、同じ一升でも炊くと新米より増えてお腹にたまるんです。そのことに気が付いたのは、東南アジアでは古米の方が高いとネットで知ったのがきっかけでした。それを、室町時代にもフィードバックさせたんです。高野さんがそれを読まれたんですね。

 

高野 そうそうそう。タイやミャンマーはぼくがよく通ってるフィールドなんですけど、全然そんなこと知らなくてびっくりしました。色んな研究者に聞いたんですけど、みんな知らない。だから、タイの町の市場に行って実際に値段を比べたりとかね。

 

清水 対談なのに裏取りに行っちゃうんですよ(笑)。普通しないですよ。それはそれで本にしたほうがいいんじゃないかというぐらいの取材量です。

 

高野 そうすると、新米派と古米派がいることがわかった。全体としては古米派が多いんですが、新米派は「香りがいい」って言うんですよね。で、古米派は新米のことを「べちゃべちゃして嫌だ」と言って。「日本人は新米が好き」と言うと、「ああ、あのべちゃべちゃしたのが好きなんだ」って、ちょっと軽蔑されたり。「米の味がわかってないやつ」みたいな顔されたり。あとは東大のミャンマー農村経済専門の先生にミャンマーでは籾(もみ)で貯蔵するところが多いので劣化しにくいという話を聞きましたね。

 

清水 結局、やっぱり古米がまずいというのは、劣化しちゃうんですよね。でも籾貯蔵の場合と玄米貯蔵の場合では違う。

 

高野 そうそうそう。玄米のままだとカビたり、虫がつく場合があるんですが、籾だとかなり劣化が防げる。ぼくはミャンマーの山奥の村に住んでたことあるんですけれども、そういうときでも毎朝こう杵でつくんですよね、その日食べる分をトントントントン。食べる分だけ脱穀するわけですよ。だから、理論的にはすごく鮮度の高いものを食べていて、別の意味で「新米」なのかもしれません。

 

というようなことをかなりの時間をかけて調べました。

 

清水 で、盛り込んでないんですよね。

 

高野 そうそう(笑)。

 

清水 けっこう大胆にカットして。すごい贅沢。あと、あれですよ、ひどいの、納豆の話。

 

高野 納豆ね。

 

清水 収録は全部で五回か六回ぐらいやったんですけど、ある収録のときに、「今、納豆に夢中なんだ」と高野さんが言いだして、ずっと納豆の話をしたんですけど、それ文字になった時点で、「ごめん、あれこれから雑誌に書くから丸ごとカット」って(笑)。

 

高野 ちょっとまずいなあって。

 

清水 「なかったことに」と言ってカット。あと、第五章でお互いの人生を語ってるとこがあります。本当はね、均等にお互いの人生を語ってるんですよ。ところが、やっぱり本になる前の段階で、高野さんが他の人との対談で、ほぼ同じ話をしちゃった。二度書くわけにいかないからカットさせてって、なぜか第五章、ぼくだけが自分の人生を語っているという。

 

高野 (笑)。

 

清水 しかも、お互い同じようにしゃべってるのに、高野さんのところだけ抜くから不自然なんです。何の脈絡もなく、「そういえば、ぼくが大学生の頃」とぼくが唐突に自分の話を始めるとか、ちょっとなかなか分裂した人格みたいになってるんですけど。ぼく、ものすごい自分好きな人みたいになっちゃって。

 

ここにいらっしゃる方だけは信じてください。そういう編集上の事情の結果、ああなったんで、私はそんなに自分のことを語るの好きな人間じゃありません。そうだ、思い出した、今日はこれだけは言っとかないといけないと思ってたんだ(笑)。

 

高野 そんなに強調しなくてもいいじゃないですか(笑)。

 

清水 だって不自然じゃないですか。不自然に思いませんでした? 読んだ方。「この先生、よくしゃべるなあ。この章、一人でこの先生しゃべってる」と思う人がいるんじゃないかと。

 

高野 もっともっと言いたいことあったんじゃないですか。

 

清水 いえいえ、もういいです(笑)。

 

 

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戦国時代の人は整然と歩けなかった?

 

清水 お互いのフィールドは全然違うけど、しゃべっていると噛み合う点が、この本の最大の面白味です。

 

指導教授の先生に言われたことがあるのですが、未開社会のような近代化していない社会を観察すると、歴史的な前近代の社会がよくわかる場合がある。だから、歴史学者だからと言って古文書にうもれず、今の世の中にも目をむけた方がいい。実際に高野さんと話しているとインスピレーションを受けます。

 

早速ですが、今日ぜひ聞きたいことがあって。大河ドラマとか映画の戦国モノの合戦シーンで、よく大将が「行けー!」って言うと、バーッと足軽が走って突撃したりするじゃないですか。あのイメージは合ってるんですかね。つまり戦国時代の人たちって、整然と歩けたのかな。

 

高野 いや、ぼくが海外で見てきた経験で考えると、絶対歩けないと思いますよ。無理でしょう。

 

清水 あ、やっぱりそうだ、よかった。「行けー!」とみんなが一斉に行くってのは、近代の軍隊のイメージですよね。古文書見るかぎり、どうしても戦国時代の軍隊がそうだったとは思えないんです。

 

高野 訓練されていないと整然と歩いてる人って少ない。たとえば、昔コンゴに行ったときにポーターを雇ったんですけど、一緒に歩いてくれない。行くなと言っているのに、荷物が用意できたらみんな行く。さあ行こうと言っても、用があるからって帰っちゃったり。途中で勝手に休んでメシ食ったりとか。とにかく全員で一致して行動するってことが習慣としてないんです。

 

清水 どうもね、黒澤明の映画『影武者』あたりからあのイメージが出来あがったんじゃないかな。こないだ久しぶりに『影武者』を見ていたら、大将が兵士たちに「折り敷けー!」って号令かけるシーンがあるんですよ。そんな号令、戦国時代の史料で見たことなかったんで、なんだろうと思って調べたら、敬礼を意味する近代陸軍の軍隊用語だったんです。

 

そのほか、整然と一列に行進するマスゲーム的な軍隊も、戦前の軍隊を知っている黒澤のなかの軍隊イメージですね。実際の戦国時代の進軍時の軍令を読むと、「沿道のものを盗んじゃいけない」「味方同士で喧嘩しちゃいけない」という、すごくレベルの低いことが書いてありますからね。

 

高野 まあ、あっちのほうが映画的にカッコいいですけどね(笑)。みんながバラバラバラバラ行ってたら締まらない。

 

清水 突撃したけど、ついてこないというのじゃね(笑)。だから、われわれ研究者も、実は子どもの頃から見てる映画やテレビドラマで刷り込まれていることって、けっこうあるんですよね。

 

高野 でも、ダラダラしたり、勝手に逃げるやつがたくさんいたでしょうから、後ろから追いたてて前に進ませるための役目の人はいたでしょうね。

 

清水 ええ。あとはね、戦場に行くと、足軽たちは堂々と略奪ができるんですよ。で、彼らは略奪目当てで従軍する。なので、敵を襲撃すればいいのに、敵の陣地じゃなくて隣の集落を襲っちゃったりして。武田信玄も困ってる。

 

だから、何日かのうち一日ぐらいは「略奪公認の日」を作らないと、軍隊の士気に関わると『甲陽軍鑑』に書いています。だから、人間、目の色変えて突進するのはそういう物欲に関わるときで、そうじゃないと、やっぱり基本はチンタラしてるんでしょう。

 

高野 そんなね、お家のためにとか、主君のためにとかって命を投げ出して、まっしぐらに行くってわけじゃないわけですよね。

 

清水 ええ、そうです。近代になって国民国家というのができて、ナショナリズムみたいなのが自分のなかに血肉となると、できるんでしょうけど、戦国時代って違うんでしょうね。

 

 

河童の気持ち

 

清水 高野さんから何かないですか。

 

高野 えーとね、ぼくは、この前、東北の北上川に行ったんです。北上川は岩手県の盛岡のちょっと先が水源になっていて、そこからずっと探検部の先輩とカヌーで二週間ぐらいかけてダラダラと川下りをしました。

 

清水 なぜ川下りなんですか(笑)。

 

高野 前から、川下りをやってみたかった。最近、辺境が便利になってバスやバイクでけっこういけちゃう。自力で体を使って旅をするという感覚がなくなっていたんです。実感がないか面白くないんですよ。かといって、わざわざそういう交通機関のあるところを歩くのも違う気がする。だから、川旅を……

 

清水 昔は普通に川旅をしていたわけですからね。

 

高野 そうそう。今でもコンゴのあたりは、道路が乏しくて、主要交通路は川です。道路を引くのは大変だけど、船で川を行くのは簡単ですからね。

 

北上川も昔は同じような場所でした。東北本線とか東北自動車道が通ってる盛岡、花巻、北上市って町は北上川沿いで、しかも大きな支流のところに町があります。要するにそこに市(いち)が立ったわけです。昔は川がルートでしたが、そのうち鉄道に取って代わられ、今は車に取って代わられた。

 

清水 川って簡単に下れるもんなんですか。堰とかないんですか。

 

高野 ありますよ。そういうところは、持って移動するんです。

 

清水 すごい(笑)。

 

高野 参ったのが、ぼくの先輩はもう三十年間、日本と世界の川を旅してきた冒険家なんですけど、ちょっともうどうかしてる……。

 

清水 高野さんが言いますか(笑)。

 

高野 うん、まあ、私の師匠なんです。その人によると、昔は川の横に町がちゃんとあった。今もあるんですが、町の機能を果たしてないんです。行っても店がない。食料品買い出そうと思っても、雑貨屋も何もない。じゃ、どうしてんのかっていうと、みんな遠く離れた街道沿いのイオンに行ってる。だから、丘に上がっても物資が補給できない。

 

で、船に乗ってるとけっこう自由だけど、陸(おか)に上がるといきなり徒歩(笑)。日本の地方で徒歩の人なんかいない。陸に上がった河童ってまさにこの状態で、どうにもならないんですよ。片道四十分歩いて……

 

清水 ボートはどうするんですか。ボートを抱えて?

 

高野 ボートは先輩が見てて、ぼくが一人で歩いてペタペタと……。サンダルとか足袋で四十分歩いてイトーヨーカ堂に着いたりとか。すっごいきれいなのに、そのなかに汚い格好して入らなきゃいけないんですよ。

 

テントは河原に張るんですが、テントを張る場所もなかなか難しい。要するに人の土地にテントを張っちゃまずいわけ。だから、やっぱり河原が欲しいんですよ。北上川は森や林が多くてテントがはれない。河原はいつもあるとは限りません。

 

一番いいのは橋の下。橋っていうのは、強い日差しも遮るし、雨も遮るので居心地がいい。橋の下で河原があるっていうのがベストポジション。こうやって、室町時代に河原者と呼ばれていた人たちにどんどん自動的に近づいていく。

 

清水 ああ、なるほど。河原や橋の下というのは、彼らなりの合理性があったと。【次ページにつづく】

 

 

 

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