グーグルマップは私たちの社会を広げたのだろうか?

グーグルマップによって世界中の地図をスマートフォンに入れることができるようになりました。しかし、私たちの「社会」は広がるようになったのでしょうか? 『グーグルマップの社会学』著者松岡慧祐氏にお話を伺いました(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

地図×社会学!?

 

――『グーグルマップの社会学』は身近な存在であるグーグルマップを、社会学的にとらえた一冊です。松岡さんは地図マニアなのでしょうか?

 

地図を研究しているのでそう思われがちですが、ぼくは地図マニアではありません(笑)。古地図や地形図にはそれほど興味がないし、地理にすごく詳しいわけでもないです。

 

地図マニアではない自分だからこそ、一般的な生活感覚に根ざして地図について語ることができるし、社会学者として一歩引いた目線から地図について考えられると思っています。

 

 

――社会学のテーマとして「地図」を選んだのはなぜですか? 地図は地理学で扱うイメージがあります。

 

これもよく聞かれるんですよ。大学時代から社会学という学問に向き合う中で、ごく自然に地図というテーマに引き寄せられていったので、これといったきっかけはありません。ぼくからすると、社会と地図は密接にかかわっています。

 

まず、社会は地図をつくります。地図はありのままの現実を写し取ったものではありません。現実を縮小し、平面化し、記号化しています。その社会や文化や制度に合わせて地図は変化します。

 

ですから、時代や社会が変われば、地図のあり方も変わります。中世ヨーロッパでは「マッパ・ムンディ」と呼ばれる世界地図が普及しました。その地図では、聖地エルサレムが世界の中心にあり、エデンの園があるとされる東の方角が上部に位置します。いまのわれわれからすると間違った地図のように思いますが、その時代では「正しい地図」でした。このように、社会が伝えたい現実をあらわしたものが地図なんです。

 

一方、地図も社会をつくります。たとえば、私たちが「日本社会」といったとき、日本地図が頭のなかに思い浮かびます。社会はそもそも実体があるわけでも、目に見えるわけでもありません。心のなかでイメージしているものです。その「社会」のイメージを視覚化し、他の人と共有させてくれるのが「地図」なのです。

 

このように、地図と社会には密接なかかわりがあるのに、ふつうに生活していると、なかなかそのことに気が付きません。社会学は、身近な物事から社会を広く見通す学問ですので、多くの人が当たり前のように使っている地図は社会学の研究テーマとして魅力的です。さらに、私たちの生活にしみこんでいるグーグルマップはよりふさわしいテーマだといえるでしょうね。

 

 

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「ググってでてくるところにしか、いかない」

 

――グーグルマップはもはや私たちの生活に欠かせないものになっていますが、登場以前と以後で一番大きく変わったことはなんでしょうか?

 

地図は個人の身体を超越する視点を提供することで、人間の視野や想像力を世界や社会に向けて広げることのできるメディアです。しかし、グーグルマップには人々の視野を狭くする側面があります。実は、「見たいものしか見ない」ような自己中心的な地図だと言うこともできるんです。

 

 

――グーグルマップには世界中の地図が入っているのに、人々の視野は狭くなる? どういうことでしょうか。

 

2005年にグーグルマップが発表された当初は、おっしゃる通りグローバルなイメージとしてとらえられていました。世界中の衛星写真や立体画像が表示され、バーチャルに世界旅行ができると話題を呼んだ「グーグルアース」との同時リリースだったため、国内だけではなく世界中の地図を閲覧できるサービスとして知られるようになったからです。

 

しかし、グーグルマップの進化の歴史は、地図をローカルにしていく動きでもありました。まず、ウェブ検索と同じように、検索ワードの入力によってローカルな地図情報に瞬時にアクセスできるようになったことは画期的でした。また、建物や地下街内部の詳細な地図が整備され、店内の地図がパノラマ写真で表示される「インドアビュー」なども開発されます。

 

さらに、スマートフォンの普及によってGPSとグーグルマップが組み合わされ、現地の地図が自動的に表示されるようになりました。こうして自分の見たい地図情報にピンポイントでアクセスできるようになったわけです。

 

ぼくは今日のインタビュー会場である光文社さんにたどり着くために、グーグルマップを使いました。「光文社」と検索窓に入力すると、いま自分のいる場所からどのように動けばいいのか、その最短のルートを親切に教えてくれます。

 

スマートフォンが普及する前は、グーグルマップで行きたい場所をパソコンで検索し、その地図を一度印刷して持ち歩いていました。いまや、地図をあらかじめ印刷しておく必要もなければ、地図を見ておく必要さえなくなったのです。

 

そのとき、私たちが手に入れる情報は、せいぜい自分の目の前にある半径数百メートル程度のものです。進むべき場所はわかりますが、いま自分が全体の中にどう位置付けられているのかはわからなくなります。そのルート以外の無駄なものは見えなくなる。だから、今のグーグルマップは「見たいものしか見ない」自己中心的な地図なんです。

 

シンガーソングライターの大森靖子は「ググってでてくるところなら、どこへだっていけるよね」(『きゅるきゅる』エイベックス・トラックス)と歌いました。たしかに、ぼくたちは「ググる」ことで世界中の情報を手に入れることができるようになっているのかもしれません。ですが、もしかしたら「ググってでてくるところにしか、いかない」のかもしれない。そのつど自分が行きたい場所をググることができてしまうグーグルマップを使うことで、ぼくたちの視野はむしろ狭くなり、全体を把握する力を失っているのではないでしょうか?

 

 

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――「視野を広く」とよく言われますが、なにか賢そうな感じはしますけど、それは本当に大事なことなのでしょうか。「ググってでてくるところにしか、いかない」としても、自己中心的であっても、かまわないので。そういう意見はあると思います。

 

ぼくが、社会学者だから視野の広さを大切にするのかもしれません。社会学には全体を想像する力が大切です。いきなり全体を見渡したり、社会について考えたりするのは難しい。そのため、社会学はまず身近な物事に注目するわけです。身近なものから社会全体とのつながりを考える。これこそ社会学的想像力だと思うんです。

 

社会は地図を通してはじめて可視化されるものです。地図が断片化してしまうと、社会がイメージしにくくなってしまう。そうなると、社会全体とのつながりを考えることが難しくなるのではと危機感をもっています。【次ページにつづく】

 

 

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