2017.02.27
キリスト教右派から読み解くアメリカ政治
かつて殺し合う関係にあったプロテスタントとカトリックが手を結び、アメリカ社会を保守化させていったが、現在、トランプ政権のもとでふたたび宗教右派が活気づいている。『熱狂する「神の国」アメリカ』著者、松本佐保氏に、宗教と密接に絡み合うアメリカ政治とその歴史について伺った。(聞き手・構成/芹沢一也)
虐殺や差別の対象だったカトリック
――本日は「アメリカ政治と宗教」について、とくにキリスト教右派の視点から、いろいろと教えていただければと思います。最初に基本的なことをお聞きしたいのですが、そもそもキリスト教はアメリカで、どのような歴史をたどったのでしょうか?
アメリカ大陸への入植の歴史では、カトリックが先に16世紀に伝来しました。スペイン帝国がフロリダに、最初のカトリック教区を設立したんです。一方、16世紀に起こった宗教改革で英国国教会が誕生しましたが、教会を改革しようとするピューリタンが英国から宣教活動を目的に、メイフラワー号でマサチューセッツに1620年に到着しました。これがいわゆるピリグリム・ファーザーズのアメリカ大陸上陸となります。
その後、英国では1641年から1649年にかけてピューリタン革命が起き、宗教的内戦を経て王政が復活します。これを不満としたピューリタンたちは、ピリグリム・ファーザーズがすでに入植していた新大陸アメリカに渡ります。そして、国教会よりピュアなキリスト教(ピューリタン)の理想の「神の王国」を、共和制体制下で創立しました。
そして、1730年~1970年までに4回の信仰覚醒運動(リバイバル)を経て、現在なお国の基盤と言えるプロテスント信仰が形成され、福音派はとくにアメリカ特有のキリスト教の土着化ともいえる発展をとげてきました。
――プロテスタント主流派と、非主流派の福音派に分かれるわけですね。
そうです。英国国教会も宗教改革によって誕生したプロテスタントですが、基本的に君主制と一体的であり、君主はカトリックとプロテスタントの中道政策を取りました。そのため、ピューリタンからみるとカトリックに妥協的であるとの不満が残ったんですね。
それに対して、国王は原理主義的なプロテスタント信仰を嫌ったために、国教会体制下ではピューリタンは弾圧の対象となりました。そのため、アメリカ大陸を亡命先としたのです。
このピューリタンはプロテスタントでも、とくにカルヴァン派の影響を受けていました。そのため、聖書に書かれていることを絶対視する、原理主義的な傾向を持ちましたが、この傾向が福音派への流れとなります。
英国国教会のアメリカ版であるアメリカ聖教会などがプロテスタント主流派で、これに対して福音派の流れを受け継いで、18世紀に本格的に英米で福音主義運動が興って形成されたのが、非主流派の福音派となります。
――カトリックとの関係はいかがでしょうか?
ピューリタン革命は英国をカトリックに戻そうとしたチャールズ1世の処刑に始まり、その結果生じた宗教戦争である内戦、プロテスタント側の勝利、そして名誉革命とつづきましたが、そのなかから、プロテスタント国王による王政復古という「プロテスタントのカトリックに対する勝利と優越」の理念が出てきます。
他方でピューリタン革命期、アイルランドは英国の支配者クロムウエルによって征服され、多くのカトリックが虐殺されました。このときに、英国によるアイルランド支配の歴史とともに、プロテスタントによるカトリック支配の構図が誕生します。この構図が、アメリカを建国したプロテスタントのピューリタンによって、アメリカに持ち込まれるのです。
また、カトリックではその頂点である教皇がトップなので、英国やアメリカでは、国王や大統領より教皇に忠誠を誓うカトリックを、裏切り者で国家主権を脅かす者とみなされもしました。
時代が下って19世紀中盤に、アイルランドで深刻な飢饉が発生すると、大量のアイルランド人がアメリカに移民として流入します。このとき、プロテスタントよりカトリックの方が多数派になるのでは、という恐怖心から、アメリカではカトリックに対する虐殺が発生します。
このカトリック虐殺を行ったのがノウ・ナッシング党です。彼らはWASPのP=プロテスタントとAS=アングロ・サクソンが米国を建国した優越的な国民と考え、カトリックでケルト系であるアイルランド移民を卑しい白人として虐待しました。
この党は南北戦争と黒人奴隷解放後衰退しますが、この一部が後に黒人など有色人種を虐殺する白人至上主義のグループKKKとして再生し、その攻撃対象は戦前まではカトリックの白人も含みました。アメリカでカトリックの白人は、プロテスタントの白人による虐殺や激しい差別の対象だったのです。
プロテスタントとカトリックの和解
――それがどのようにして、ジョン・F・ケネディのようなカトリックの大統領を生むまでになるのですか?
文字通り殺し合う関係にあったプロテスタントとカトリックですが、やがてアメリカで融和し、部分的に手を組む関係になります。その背景にあったのが、マルクス主義の発展と、その思想にもとづいた共産主義国家ソ連の誕生です。宗教は麻薬と唱え信仰の自由を認めないソ連共産主義に対抗して、反共産主義という立場で両キリスト教宗派は接近するのです。
また、ルーズベルト大統領時代(1933~45年)のニューディール政策によって、カトリックの多くが労働者階級から中流へと経済的地位を向上させ、社会上昇が図られたというのも重要な契機です。ジョン・F・ケネディの父、ジョセフ・ケネディはそうしたなかで財を築き、ルーズベルトと近い関係でイギリス駐在のアメリカ大使となり、1961年に息子が大統領になる道を開きました。
このとき、アメリカ史上、唯一のカトリック大統領となったジョン・F・ケネディの出現を、カトリックが体制内に統合されたとみなし、保守化して共和党を支持するカトリックも現れました。
――ニューディール政策の恩恵を受けたカトリックは、それまで民主党支持だったわけですね?
そうです。そしてカトリック内で、民主党と共和党支持への分裂が起こったのです。カトリックの教えは妊娠中絶に反対であり、男女の結婚を規範とする家庭・社会観など保守的な傾向を持つことから、共和党にシンパシーを抱くカトリック保守が出てきました。
さらに同時期に、もうひとつ重要な契機がありしまた。1962~5年にかけて行われた第二バチカン公会議です。
これは教皇ヨハネ23世のイニシャティブで行われた大改革で、世界中の教会関係者がローマに一堂に集結し、教会が刷新を図り近代化を行うためのものでした。この会議では当時の教皇ヨハネ23世(途中で死去しパウロ6世が引き継ぐ)が率いる改革派と、ラッツィンガー神学顧問(後の教皇ヴェネディクト16世)率いる保守派が対立しましたが、パウロ6世によって改革路線が推進されます。
最高峰であるバチカンで起きたことが、即世界中のカトリック教会に影響を及ぼし、とくにアメリカにはこの改革派と保守派の対立が移植されました。熱烈な反共主義者でジョセフ・マッカーシーの支持者でもあったスペルマン大司教は、この第二バチカン公会議の改革反対の保守派であり、彼のスタンスはスカリア判事など、他のアメリカのカトリック保守に受け継がれました。
最近では、リック・サントラムやジェブ・ブッシュ、トランプ支持で1月の大統領就任式で祈りを捧げたドーラン枢機卿、政権の中核のペンス(福音派に改宗前)やフリン(2月13日に辞任;編集部注)やバノンに受け継がれています。
――60年代に、カトリック保守が政治と結びついていったのですね。
そうです。この時期、カトリックに基づいた米国の保守思想が形成されます。有名なバリー・ゴールドウォーターが大統領選挙で、暗殺されたケネディの副大統領から昇格したジョンソン現役大統領に、64年に敗北しました。しかし、ゴールドウォーター陣営をまとめ上げたウィリアム・バックリーが、保守系論壇誌『ナショナル・レビュー』を創刊し、本誌は現在に至るまで保守主義を導いてきました。
バックリーはカトリックですが、第二バチカン公会議では改革派に反対する保守派の立場で、強硬な反共産主義でした。ゴールドウォーターの大統領選挙敗北を受けて、バックリーは「自由のためのアメリカ青年運動」YAFによって共和党の保守の人材育成につとめ、小さい政府を謳うリバタリアン主義としての「家庭重視」「性道徳重視」「キリスト教的な倫理観」を基盤に保守思想を形成しました。これが草の根レベルで拡大し、66年のカルフォニア州で、後に大統領となるレーガン知事の当選に貢献します。
一方、プロテスタント内では、この間、原理主義的で保守的な福音派が台頭します。そして中絶の非合法化など、共通した考え方を持つことから、キリスト教原理主義的な価値観で一致し、カトリックの保守派とプロテスタントの福音派が接近することとなったのです。
こうした動向は60年代から始まりましたが、両派とも共和党支持の投票行動で一致するのが1980年です。それまでは共和党は必ずしも保守の政党とは言えず、またカーター大統領は牧師の経験もある南部福音派だったことから、プロテスタントの福音派は民主党に投票しました。
それが、1980年のレーガン選出の選挙と、同大統領の再選である1984年選挙で両者の関係が政治的に決定的になります。この選挙で福音派とカトリック保守は共和党の支持基盤となり、宗教票や宗教ロビーの、現在にまでいたる政治的重要性を確立していくのです。
カウンター・カルチャーと保守化していくアメリカ
――アメリカが保守化していく背景として、60年代カウンター・カルチャーに対する反動が指摘されます。
悪化するベトナム戦争への反戦運動から、60年代のカウンター・カルチャーが生まれ、よく知られているように公民権運動や文化的な活動を行いました。それは歴史的に重要なものですが、彼らは伝統的なキリスト教的価値観を否定したことから、保守派からの強い反発を招きます。
彼らヒッピーが麻薬を吸引し、フリー・セックスを肯定、中絶を女性の当然の権利と声高らかに唱えたことから、反発した保守派はキリスト教的価値観に回帰し、より厳格な性道徳や伝統的な家庭観に振れ、ポルノ、婚前交渉や中絶の禁止という価値観を打ち出します。
また、反戦や政治デモが横行し、社会が機能不全に陥ることへの懸念と恐怖が保守派をさらに刺激し、反戦運動を行わないがベトナム戦争に賛成も反対もしない「サイレント・マジョリティー(沈黙する多数派)」が保守的価値観に傾きました。
このとき、ベトナム反戦運動をしているピッピーたちの多くは大学生で、高学歴の中流以上の経済的に余裕がある層であったことから、中の下や労働者階級はデモなどしている経済的余裕もない「サイレント・マジョリティー」なのだとされました。
彼らの影響力は、ヒッピー運動の中心地であったサンフランシスコのあるカルフォニア州知事選で、共和党のレーガンを支持する投票行動に現れました。また、大統領選では共和党のニクソンによる、民主党からの政権奪回に貢献することになります。
過激なベトナム反戦運動にうんざりしている人びとを、ニクソンは69年に行った演説で「グレート・サイレント・マジョリティ」と表現しました。彼らはニクソンが掲げた「法と秩序の回復」に賛同しましたが、その秩序とはキリスト教的な価値観に基づいた道徳観だったのです。
――そうしたなか、「中絶」に対するスタンスがかくも重要な政治性を帯びたのは、いかなる経緯によってなのでしょうか?
中絶裁判といわれた73年のロー対ウェイド裁判で、中絶は合法であるという判決に至ったことが、キリスト教保守層をさらなる強い反発に駆り立てました。そして、それまで「サイレント」であったマジョリティが声をあげて、中絶反対運動を行うようになったのです。
アメリカでは歴史的にみると、じつは19世紀までは妊娠初期での中絶は禁止されていませんでした。中絶によって命を落とす女性や、偽医者による中絶が横行したため、あくまでこれらを改善するために、規制がかけられるようになったのです。
他方で、ドイツで19世紀の後半、生物学者によって「受精」が発見されると、受精が人間生命の始まりという考え方が出てきます。ちょうど同じころ教皇ピウス9世は、「聖母マリアの無原罪のお宿り」をバチカン公認とします。それは、マリアがその母アンナの胎内に宿った(受精)その瞬間から、原罪から逃れていたという信仰で、受精の瞬間を重視するものでした。これ以降、妊娠の継続を中断することは胎児への殺人行為と信じられようになります。
つまり、現在政治的な対立をもたらしている中絶禁止は、科学の発展とマリア信仰が結びついた近代以降の考え方に由来しています。それが、子供を沢山生むことが地上に繁栄を齎すという、聖書の言葉を絶対視する原理主義的なアメリカの福音派が借用することで、中絶裁判敗北後に急に前面に出てくるのです。
中絶禁止は伝統的な価値観とされますが、じつはカトリックでも近代以降の思想にすぎず、アメリカでは70年以降の「伝統の再発明Reinventing Tradition」なのです。
よみがえるキリスト教右派
――そんなキリスト教右派も、オバマ政権時代に衰退傾向にあるといわれましたが、先の大統領選の様子をみていると、どうもそうではないようですね。
9・11やこれにつづくイラク戦争にあたって、「十字軍」や「文明の衝突」発言などで、キリスト教右派の嵐が吹き荒れました。イラクへの軍事介入が上手くいかなかったこともあり、二期にわたるブッシュ政権にうんざりした人びとは、チェンジを掲げたオバマに魅了され、彼が大統領に選出されました。
オバマを支持したのがとくに若い世代であり、彼らミレニアム世代は信仰にあまり興味がないことから、たしかにキリスト教右派の時代は終わったと囁かれました。
しかし、国家による福祉・保険制度であるオバマ・ケアの導入が、保守派の強い反発を生みました。その反対運動であるティーパーティーの60%以上が、キリスト教右派や保守だそうで、しばらく大人しかった宗教右派はオバマ・ケアによってふたたび目を覚ましました。
――「大きな政府」に対するより戻しが起きたわけですね。キリスト教右派は福祉政策になぜ反対するのでしょうか?
アメリカは福祉国家ではないので、低所得者への救済は教会や宗教団体などのチャリティ活動によって担われるべきである、という考え方が強いからでしょう。
アメリカはヨーロッパ以上に個人主義の国です。徹底した自由と平等主義であるリバタリアン的な考え方では、国家の徴税による富の再分配は公権力による財産没収だとされます。億万長者から多くの税を取ることは、その使い道が貧困層への再分配などといった道義的に正しいものであっても、自らの努力で手に入れた財産に対する侵害である。経済的な貧困層への救済は国家の強制ではなく、富める者個人による自発的な行為であるべきだと考えるのです。
富裕層も貧困層も同じ考え方をする人たちが多数で、ここから、なぜアメリカ国民がオバマ・ケアにあそこまで反発したかが理解できます。聖書には多くの財産を持っていると天国の門を入れないとあり、その財産を捨てる「喜捨」(仏教やイスラム教とも共通)を奨励する教えがありますが、それは「喜んで捨てる」のであって、強制的にお金を徴収される税を忌み嫌うのです。
――教会などのチャリティ活動によって、どの程度、福祉はカバーできるものなのでしょうか?
アメリカには160万以上のNPOがあり、これは日本の特定非営利法人だけでなく、学校法人や医療法人、宗教法人、社会福祉法人なども含みます。これらで使われる予算はほぼ日本の国家予算にあたるといわれます。NPOの10%が教会などの宗教機関ですから、その分の予算があるなら、かなりのお金が動くことになりますね。
――カリスマ牧師が運営するメガチャーチの存在感が大きいとのことですね。
メガチャーチは全米で1300以上あるといわれ、小さいものでも2000人、巨大なものだと1万~4万7千人が参加し、それが50軒ほどあるといわれます。この50軒ほどある巨大なメガチャーチの多くは、南部や中西部に集中しています。個々のメガチャーチの収支情報を入手するのは困難なので、細かい情報はわかりませんが、医療や福祉活動などにあてるには十分な予算といえるでしょう。
メガチャーチを含むこれらNPOは税制でも優遇されており、富裕層が寄付したお金をほとんどそのまま予算として使用することができます。寄付する側も、自らがその活動に賛同できる団体を選んで「喜んで」寄付することができます。その寄付金は徴税の対象外だからです。
――そうした土壌だと、キリスト教右派が根づきやすいのですね。
南西部や中西部はバイブルベルトと呼ばれ、もともと信仰心の篤い土壌ですが、郊外の新興住宅地の住民を対象としたメガチャーチが、現在も増加しています。新興住宅地の徹底した車社会では、人と人の交流が希薄であることから、メガチャーチが交流の場、つまりコミュニティセンターとしての役割を担っているのです。
とくに南部は、衰退している北部工業都市とは対照的に、軍需および航空産業などで発展しており、雇用の機会も増大しているので、ヒスパニックなどの移民流入も併せて人口が増大しています。そのため近年はバイブルベルトが、北緯37度以南の温暖で日照時間が長いサンベルトと呼ばれる地帯に拡大していると言われています。
国内外から移動してきた住人同士の結びつきを図るためにメガチャーチが重要な役割を果たし、その敷地内には学校や病院まで併設されている場合もあります。テキサスのヒューストンにあるレイクウッド教会が最大級で、ここのカリスマ牧師ジョエル・オスティーンはトランプを称賛したことでも知られていますね。
トランプ政権と宗教
――トランプ政権と宗教についてお聞かせください。
トランプ自身は信仰心が篤いとは思えませんが、宗教票が大統領選にとって重要であることは、レーガン大統領選出の事例から知っています。支持を得るために「宗教的パフォーマンス」はつねに行ってきました。
大統領就任式に使用した聖書は、スコットランド系の長老派だった母から日曜学校を卒業したときに貰ったもので、それを予選のスピーチでしばしば手に持ったり引用したりしていました。引用を間違えたなどの笑い話もありますが。中絶に対しても厳しい態度で臨んでいます。
これらの選挙前の公約を実現すべく、トランプ政権はすでに動いており、大統領令などで一部の州(オハイオ州)では中絶が非合法化され、マイク・ペンスが推奨する同性愛者の更生プログラムなどについても議論されています。
――宗教票をまとめる上で、副大統領となったペンスの働きが大きかったようですね。
共和党の候補者たちが予選でトランプに敗北したことで、これら候補を支持していた宗教票がトランプに流れました。それを担ったのがマイク・ペンスでした。
彼はアイルランド系でカトリックとして育ちましたが、福音派の妻と知り合い結婚すると、ボーン・アゲインの福音派に改宗しました。改宗後もカトリック保守との繋がりは一部維持しており、そうした立場からカトリック保守票と福音派票をまとめ上げ、トランプに投票するように仕向けることに成功しました。
政治的には共和党主流派とのパイプ役でもあり、トランプとは対照的にもの静かで落ち着きがあり、トランプが逸脱発言をしてもペンスが修正役を演じているともいえるかもしれません。大統領本選直前のトランプの女性侮辱発言は、キリスト教保守の女性たちの怒りを買い、ペンスはトランプを叱責したそうです。
――それからバノンですね。
バノンもカトリック保守で、イスラム教徒入国禁止令は、欧米のキリスト教文明がイスラムによって脅かされているという考えからです。また最近「ジョソン修正案」を覆す意向も発表しました。
これは60年前にジョソン大統領が政教分離を推進しようとして、宗教団体にNPO法人のステイタスを与え、これによって徴税の対象外とし、その代わり宗教団体は政治的な活動に直接関与したり、政治団体に資金を提供したりできなくなった法律です。
これを廃止して、宗教団体が堂々と政治活動を行い、メガチャーチなど莫大な資金力を持つ宗教団体が、トランプに好都合な政治活動に資金提供できるとことになるかもしれません。つまり、政教分離の原則はいっそう後退して、政治と宗教が一体化しかねないともいえますね。
――他方で、トランプ政権ではイスラエルへの強い肩入れや、クシュナーやフリードマンといったユダヤ教正統派の重用など、ユダヤへの目配りも感じさせます。
上級顧問に起用されたジャレッド・クシュナーはイバンカ・トランプを、婚姻前にユダヤ教に改宗させたことからわかるように、かなりの信仰の篤い正統派ユダヤ教徒といえます。ユダヤ教は母系宗教で、普通女性(母)が非ユダヤ教徒の場合、男性(父)がユダヤ教徒でも、その子供はユダヤ教徒になりません。そのため、子供たちをユダヤ教徒にするために、女性(母)がユダヤ教徒である必要があったんですね。
また、駐イスラエル大使に指名されたデヴィッド・フリードマンもユダヤ教徒で、オバマを反ユダヤ主義者呼ばわりしていすます。ヨルダン川西岸地区のエルサレム隣接するユダヤ・サマリア地区(Judea Samaria)のイスラエルによる占領を、国連に承認されていないにもかかわらず、旧約聖書のヨシュア記に明記されるユダヤ王国の一部であったことから、この土地はユダヤ・キリスト教国家であるイスラエル国家の帰属であると発言しています。この地区がエルサレムに隣接していることから、イスラエルがエルサレムを首都にしたい思惑とも関わっていますね。
――そうしたなか、トランプ政権ではキリスト教シオニズムが強まっている印象をもちます。
アメリカはイスラエル建国以降、ほぼ一貫してこの国を熱心に支援してきましたが、オバマ大統領時代は、パレスティナ人の土地に容赦なく領土を拡大するイスラエルを阻止するよう働きかけたり、強硬派のネタニヤフ首相には批判的姿勢をもせたりしました。
トランプはそれを、オバマ以前のアメリカの対イスラエル支援政策に戻し、さらに以前にも増してイスラエル内の強硬派寄り政策を推進しようとしています。
イスラエル内やアメリカのユダヤ・ロビーには穏健派も存在し、彼らは戦闘回避のためにパレスティナとの和平に応じる用意もありますが、強硬派はパレスティナと徹底抗戦によってユダヤ国家イスラエルを守り、さらに拡大し、聖地エルサレムを首都として奪回する考えを持つなど、おっしゃるようにキリスト教シオニズム的思考がみて取れます。
これら強硬派は、過去のアラブ諸国との戦闘でイスラエルが勝利してきたのは、アメリカの支援もさることながら、イスラエルが神に守られ、神から祝福されているからだというキリスト教シオニズム思想を持ち、アメリカのユダヤ教正統派もこの考えを共有しているのです。
――そもそもキリスト教シオニズムとは、どのような思想なのでしょうか?
キリスト教シオニズムの歴史的起源はアメリカではなく、イギリスの中東支配時代にまでさかのぼります。大英帝国にとってインド支配は要で、中東はインドに行くルートとして重視され、ここに非公式支配を確立しました。
19世紀英国を代表する外相で首相も務めたパーマストン、彼の縁者であったアントニー・アシュレー・クーパーが英国の中東支配にあたって、「アラブ人の土地支配からユダヤ人の土地を、キリスト教徒が守るべき」という発想を持ちますが、ここからキリスト教シオニズムが出てきます。その考え方が、ユダヤ教からキリスト教に改宗したディズレーリ首相によって、現実味を帯びる外交政策として実行されていくのです。
この過程でキリスト教でも、ユダヤ人をキリスト教徒に改宗させる福音主義的な教派の布教活動と結びつき、エルサレムやその周辺の土地はユダヤ人だけでなく、キリスト教徒が帰還すべき「聖地」だとみなされるようになります。
この背景には、18世紀頃イギリスのピューリタン思想から出てきた千年王国論があります。これは聖書のヨハネの黙示録に書かれているもので、この世の終わりに救われるためには、古代イスラエル王国を復活させ、そこにまずユダヤ人を帰還させる。そうすることで、ユダヤ人の帰還を支援するキリスト教徒も救われ、やがてキリスト教徒も聖地エルサレムを目指すという考え方です。
この思想が20世紀になると、ドイツやイングランド経由でアメリカに渡り、とくに戦後1947年のイスラエル建国以降、アメリカのキリスト教福音派の多くはこのキリスト教シオニズムを熱狂的に支持します。これが今日のアメリカのイスラエル支持の外交政策に繋がっていくのです。
アメリカにおける「政治と宗教」
――これまでのお話を聞いていると、アメリカでは「政治と宗教」とが解きがたく絡み合っています。
合衆国憲法修正第1条で「政教分離」が謳われていますが、これはあくまで公的な原則であり、場合によっては矛盾を生み出すこともあります。
この憲法が起草されたのは18世紀ですので、この場合の宗教とはキリスト教の諸宗派を意味します。カトリックやプロテスタントの非主流派であるピューリタンが、英国で迫害されたり差別されていた時代でしたので、「信仰の自由」とは、キリスト教のどの宗派を信じていても迫害されてはならないことを意味し、イスラム教や仏教はもちろん、ユダヤ教やモルモン教すら含まれていませんでした。
こうした歴史と伝統を踏まえてか、アメリカではキリスト教徒以外の大統領が選出されたことはなく、キリスト教、とくにピューリタンが建国した国であることから、その宗教的理念が政治と不可分に結びついています。
――それが大統領選にも現れ、宗教票が選挙を左右するにいたるわけですね。
欧州の主要国ではプロテスタントかカトリックですが、長い歴史のなかで、とくに近代以降世俗化が進み、また建国の理念とキリスト教はそれほど強い結びつきを持ちません。それに対して、18世紀に建国され移民によって形成されたアメリカでは、国民の団結を図るためにもキリスト教を共通理念とし、その信仰に訴えることが国民の心を動かすので、選挙などの投票行動に現れるのです。
とくに小さい国家を唱える共和党支持者にとっては、国より教会が日々の生活に入り込んでいます。とりわけ福祉の領域でそれは顕著ですが、先ほどお話ししたように、福祉国家でないアメリカでは、国より教会がそれを担っているからです。
またアメリカのプロテスタント教会、とくに福音派は、現世的な傾向のあるカルヴァン派が多いことから、勤勉に働くことによってお金を稼ぐことは神への奉仕である、という考え方をもっています。これは旧約聖書の申命記一説に基づきます。プロテスタントでもルター派は基本的に新約聖書を重視することから、旧約聖書を引用するカルヴァン派は特徴的です。
このようにアメリカではキリスト教が人びとの生活に密着し、資本主義の発展にも寄与してきたことから政教分離は難しく、大統領を選ぶときもその信仰が注目され、大統領就任式では聖書に手を置いて宣誓し、歴代の大統領はリンカーンの使用した聖書を使ってきました。
そのため、有権者にとって宗教は重要な争点であることを意識し、たとえ大統領候補本人が敬虔なクリスチャンでなかったとしても、そうであるかのようなパフォーマンスで、宗教票を集め選挙で勝利する可能性を高める努力をします。ただし共和党が宗教票を意識的に集め支持基盤としたのは、1980年のレーガン大統領選出以降です。
――そうしたなか、最大の浮動票のカトリックを制する者が、大統領選で勝利するといわれます。今回もトランプがカトリック票において、ヒラリーを上回りました。
過去三回の大統領選挙でのカトリックの投票行動を、ピュー・リサーチセンターの統計でみてみましょう。2004年のブッシュVSケリーでは、ケリーがカトリックであるにもかかわらず、ブッシュ52%、ケリー47%で、カトリック票を多く集めたブッシュが政権を取っています。ちなみに内訳を人種別でみると、白人カトリックはブッシュ56%、ケリー43%、これをヒスパニックでみるとブッシュ33%で、ケリー65%と逆転されます。
次に2008年のマケインVSオバマでみると、全体だとマケイン45%でオバマ54%、白人カトリックはマケイン52%で、オバマの47%を逆転し、これをヒスパニックでみるとマケイン26%で、オバマ72%と大差です。白人カトリックが共和党に多く入れているにもかかわらず、ヒスパニックのおかげでカトリック全体ではオバマが優る結果となりました。
2012年のロムニーVSオバマは、ロムニーはモルモン教徒ですが、ロムニー48%でオバマ50%、白人カトリックはロムニー59%でオバマ40%、ヒスパニックのカトリックだと、ロムニー21%でオバマ75%と、またしても大差です。
そして今回のトランプVSクリントンだと、トランプ52%でクリントン45%、白人カトリックだとトランプ60%でクリントン27%、ヒスパニックだとトランプ26%でヒラリー67%という統計があります。
合計数でカトリック票を多数、獲得した方が大統領に選出されていることから、カトリックを制する者が勝利するといえると思います。また、カトリックは共和党支持の保守と民主党支持のリベラルに分かれており、カトリックのケリーがブッシュに負けたことから、候補者次第でどちらにも転ぶという点では浮動票だといえるでしょう。
――現在、カトリックの40%がヒスパニックです。ヒスパニックが今後増えていくなかで、カトリック票と政治との関係はこれからどのようになっていくのでしょうか?
白人カトリックは共和党に、ヒスパニックのカトリックは民主党に入れる傾向が強いのですが、合計数では2004年と2016年では共和党が多数派になっています。そうしたなか、カトリックの40%がヒスパニックであることから、その影響は大きいといえます。
さらに年々、とくに南部でその人口が増加し、テキサスのような保守の牙城でもヒスパニックの流入が顕著なことから、彼らの投票行動を配慮した政策が求められると思います。
ちなみに、トランプの「メキシコとの壁発言」はヒスパニック全員を敵に回したわけではなく、違法移民の排除にはむしろ賛成の合法移民のヒスパニック系は、逆に「強いアメリカ」や「雇用増大のアメリカ」を信じていることから、トランプを支持しているともいわれます。
またあわせて注意しなくてはならないのは、ヒスパニックがカトリックとはかぎらず、近年は福音派に改宗しメガチャーチに通う者も増大傾向にあることです。著書を書くために調査したカルフォニア州オレンジ郡のメガチャーチでも、そうした人たちと多く出会いました。彼らのあいだではペンテコステ派という福音派がとくに人気があり、メガチャーチを運営し、もっとも信者数を増やしている教派ともいわれることから、共和党が票田として狙っています。
――福音派については、ABCニュースの出口調査によると、福音派の白人の81%がトランプに投票しており、過去3回の米大統領選で共和党候補者が獲得した以上の福音派票でした。トランプのエスタブリッシュメント攻撃が、福音派票を集めるのに利したのでしょうか?
そういえると思います。プロテスタントはもともと、権威主義的なカトリックに対抗して出てきた宗教なのですが、主流派のアメリカ聖教会などでは歴史的な経緯で、一定のヒエラルキー制度が確立されました。それに対して、非主流派として発展してきた福音派は、誰にもいつでも神が降りてきてボーン・アゲインすることで牧師になれる、徹底した平等主義の民衆のためのキリスト教の教えです。そういう意味では、知性より感情を露わにした熱狂が先行するので反知性主義的だといえます。
そして、トランプは反エスタブリッシュメントとして、典型的な反知性主義でポピュリスト的だといえます。ただ、福音派にかぎらずアメリカでは、知性=権威主義・エリートとする考え方が歴史的に根強くあり、トランプはそういう意味で反権威・エリート=反知性主義として有権者からの支持を得た大統領です。
反知性主義が攻撃する相手は「知性」ともいえるエスタブリッシュメントの学者やジャーナリストであり、ご存知のようにCNNやニューヨークタイムズを始めとする主要メディアをトランプが攻撃するのもそのためです。
――トランプは大統領になったら穏健化するのではないかといわれましたが、エスタブリッシュメント攻撃はやみませんね。
21世紀以降、グローバル化から取り残された民衆のなかでも、とくに失業や貧困に陥っている層から、トランプは熱狂的な支持を得ています。これら「民衆」がインターネットの普及によって、ツィッターなどを通じて政治的発言権を得て、エスタブリッシュメントを批判していることから、トランプも同じ手段によって大統領という地位に就いてからも、エスタブリッシュメントを攻撃しつづけるのです。
ただし、こうした傾向はトランプが始めたわけではなく、先にお話しした65年のバックリーによる草の根運動としての保守主義の浸透や、2009年から盛んになったティーパーティー運動にも類似性を見ることができます。英国のEU離脱を決めた国民投票は直接選挙であり、トランプはこれを称賛していることから、それは直接民主主義への希求ともいえるかもしれませんね。
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プロフィール
松本佐保
名古屋市立大学人文社会学部教授。慶応義塾大学大学院修士課程修了、英国ウォーリック大学大学院博士号(PhD)。専攻は国際政治史、主に英米、イタリア、バチカンの政治・外交・文化史の観点から近現代の国際関係を読み解く作業を続けている。著書に米大統領選をキリスト教の視点から見た『熱狂する「神の国」アメリカ』文春新書2016、バチカン秘密文書を発掘した『バチカン近現代史』中公新書2013、その他日本語及び英語による著書、共著書や論文多数。