今、「部活がつらい」という声を出せるようになってきた――過熱する部活動から子ども・先生を救うには?

職員室は無法地帯の無風状態

 

――本書ではSNSを中心として、部活が苦しいという生徒や顧問の声、あるいは子どもが本当に苦しがっているという保護者の声を多く引用しています。ところが、学校側から出てくる声は、依然として、「部活は素晴らしい」「部活は教育効果がある」というポジティブなものが中心です。この乖離は、いったいどうして生じるのでしょうか。

 

この前とある記者さんが、教育委員会に部活動問題について取材に行ったそうなんです。「部活動が問題になっていますが、現場の声はどうですか?」と訊いたら、「いえ、うちの地域の教員は、みんな部活に熱心に取り組んでいます。嫌だなんていう声はまったくあがってきていません」と平然と答えられたと。これこそが、現在教員を支配している文化であり声です。

 

そういうポジティブな声ばかりが学校を支配しているのです。私が聞く限り、まだ「ブラック部活動」という見方は学校には響いていないようです。部活動顧問というサービス残業が、9割の学校で全教員に強制されるという無法地帯となっているのに、職員室は未だに無風です。SNSなどであがってくるのとはまったく逆の声なんですね。

 

 

――「苦しい」という声が見えてこないのは、そういう声が学校の中で抑圧されているからにすぎないわけですね。

 

私の調査研究や啓発活動はいつも、私のもとに届く苦しみの声とともに進んでいきます。柔道事故や組み体操の事故を取り上げた頃から、しばしば「内田は現場を知らない」と批判されてきました。だとするとこの声はいったい誰の声なのか。幽霊でしょうか(笑)。部活動の当事者の教員は、その声を学校現場で発せないからこそ、私に、あるいはSNSで言うわけですよ。それはそれでまたリアルな、本当の声なんです。

 

 

――SNSの声というのは、偏りがありうるとはいえ、絞り出された、リアルな声ですよね。本書でも随所に登場する、SNSであげられた声を拾うという方法論は非常に印象的です。

 

これまでは学校の先生の声を聞きたければ、研究者や記者は、教育委員会にお願いをして、学校に連絡が行き、校長が優秀な教員をピックアップして、そこでようやく声を聞くことができるというプロセスでした。幾重ものフィルターを通した手続きの中では、「部活動なんてやりたくない」などという声はまず拾えるわけがない。

 

ところがSNSを通じて、今まで研究者や記者がアプローチできなかった声が、ダイレクトに入ってくるようになった。パソコンの前に座っているだけで、次々と悩みのメッセージが、メールやTwitter、Facebookなどいろんな形で届きます。その意味では、SNSを通じて、今までのフィールドワーク以上に、リアルな声が拾える可能性を感じています。ただし、研究面でいうならば、方法論的に検討すべき課題はまだ多いですが。

 

 

展望にはエビデンスがない。だが今、語らないといけない。

 

――本書では、部活動の今後について一章を設けて描いています。こういう「展望」の部分は、内田先生がこれまであえて語らなかった側面だと思います。今回そこに踏み込んでいただいた理由を、あらためてお聞かせいただけますか。 

 

私がずっと取り組んできたのは、基本はエビデンス、つまり数字を使った研究です。加えて今回の本では、数字に加えて人々の声も取り入れながら、数字が持っている意味をより浮かび上がらせるというアプローチを採りました。 

 

けれども本書の第9章「未来展望図」には、根拠となる数字も声も何もありません。自分の中で思い描くしかない。そんなことは研究者のやることなのか、あるいは私にできることなのかと自問しています。だから今まで執筆した記事では、未来の展望のことはほとんど書きませんでした。

 

ところが、世の中の議論では、誰も展望図を描いていないのです。描いていたとしても、あまりにも目先のことしか見ていないように思えました。 

 

たとえば、現在は部活動の外部指導者を導入する議論があります。現状の肥大化した部活動で、先生が疲弊している。そして、先生はその競技の素人であることも多く、子どもが専門的指導を受けられない。その二つの問題を解決するために、外部指導者を入れようということになる。これは目の前の利益だけを考えれば、すごく合理的です。

 

ところが、外部指導者が入ってきて実際は何が起きるかというと、先生の代わりに、外部指導者が子どもを全国大会に向けて一生懸命トレーニングするのです。その意味では部活動の過熱ぶりは変わらない。人的資源が追加投入されて、先生の負担が減ったとしても、子どもの過重な部活動という問題は、解決するどころかさらに過熱しかねません。詳しくは本書にまとめたとおりですが、子どもの「自主的・自発的な活動」である部活動に求められるのは、そういった「競争の論理」ではないはずなのです。

 

さらにいうと、外部指導者が経験や知識をたくさんもっていたとしても、スポーツであればトレーニングの安全面の専門知識を有しているとは限りません。そもそも地域の「野球好きのおじさん」のような人が入ってくるだけという可能性だってあります。だとすると、子どもの負担軽減にはつながらないでしょう。

 

だから本書では大胆に制度設計を提出して、議論のたたき台にしてほしいという思いで、あえて未来展望図を書きました。 

 

 

――議論を引き出すために、本来禁欲的に守っている領域から、あえてこの本では一歩踏み出していただいたということですね。 

 

はい。その点では、部活動を丸ごと外部に委譲する可能性に言及したことも、自分としては思い切った提言です。部活動を外部に任せる、社会体育化するという議論は昔からあります。でもこの試みは、様々な地域で失敗しています。それはたとえば、外部に指導を任せられる人がいないために、結局は先生がそのまま指導に就かざるをえないことなどが理由です。

 

ただしその議論には、現状に至るまで巨大化した部活動のボリュームを維持することが前提になっています。でも、たとえば活動時間を半分にまで減らせば、単純化すると、人的資源は半分で済みます。今までの失敗をしっかりと踏まえたうえで、きちんと新しい制度設計をして、部活動を小さい枠にすればいい。

 

部活動が過熱しているのであれば、たとえば活動量を縮小して、週に3日程度にすればいい。そうすれば、全員が顧問を強制されるという現状も解消できるし、逆に部活の顧問を積極的にやりたい先生は、二つか三つの部活を受け持てばいいのですよ。スリム化すれば、予算面も含めて外部化のハードルも下がります。

 

本書の座談会でも議論があったとおり、今の部活動の状況だと、中学や高校の部活動で「燃え尽き」てしまい、競技や活動を辞めてしまう子どもが少なくありません。そうではなく、週に数日、ゆるくできる部活動を楽しめる方が、大学・そしてそれ以降も続く、生涯スポーツ・文化活動の視点からも有意義だと思いますよ。

 

 

職員室を動かすために、社会を動かす

 

――学校現場の先生方からは、「本書をぜひ職場に置きたいけれども、敬遠されるかもしれない」という懸念の声も聞こえてきます。それほどまでに、今まで守ってきた部活動という学校文化を変えたくない力が強いことを感じます。そういう状況で、苦しみを感じている人達がいる現場を変えるために、どういう道筋の戦略を思い描いていらっしゃいますか?

 

 

私が柔道事故や組み体操など、様々な問題に関わってきて感じるのは、本丸を一気に変えようとしても無理だということです。というのも、中枢にいるのは、現状の部活動が大好きな人達ですから、議論どころではないですよ。

 

だからまずは、外堀から攻めていくことです。その結果実際に、柔道も組み体操も変わりましたから。今回もそうですけれども、まずマスコミのみなさんに問題提起をしてもらう。そうすると今度は、学校の中で問題意識を持っている人達が、世論を背景に少し声を出せるようになるわけです。そうこうしているうちに少しずつ、本丸も変わっていくのかなと思います。それが、私が一貫して意識して行っていることですね。

 

 

――本丸を一気に変えるのは難しいからこそ、そういう戦略を採られているわけですね。

 

本丸を一気に変えるなどということは、まったく考えていません。本書の出版も、そして今日の取材も、賛同者を増やすための情報発信の一環です(笑)。

 

 

002

 

 

金髪は受け手に自ら考えてもらうための戦略である

 

――話題は変わるのですが、内田先生のような大学の先生が金髪にされているのは、非常に異色だと思います。その金髪の理由をお聞きかせいただけますか。 

 

いくつか理由はあるんですけど、いちばん重要な理由をお話しします。私はいつも講演会などで聴衆に、「世の中のルールってどこにあると思いますか?」と問いかけています。実際に訊いてみると、いくつか答えがあって、「自分の頭の中、心の中」とか、「法律の中」とか、「家庭の中」とか、みなさん様々な答えを持っている。 

 

その問いに対して、私が研究している社会学という学問が用意している答えの一つは、「人と人との相互作用の中にある」というものです。

 

たとえばいま、私たちは普通の姿勢で向かい合って話していますよね。この瞬間というのは、お互いの姿勢や態度に対して無意識に「OK」のサインを出しています。もし一人が背中を向けて座っていれば、私たちは気持ちが落ち着かず、きっと「何かあったのですか?」とその人に問いかけるでしょう。つまりその人に「NO」と言うわけです。そういう相互のやり取りによって、場のルールは確認されていく。

 

 

――相手との関係性から、相互に判断してサインを出し合っている、と。

 

私は執筆や講演で、自分の考えを伝えるとき、名古屋大学という旧帝国大学の准教授という肩書きを背負います。しかも私の売りは、今まで教育学が使ってこなかった「エビデンス」つまり客観的で科学的な証拠を用いて、さらには今まで誰も聞けなかった生々しい声も扱います。

 

それはまさに鬼に金棒状態というか、何本金棒を持っているのだという状態です。そこでふつうに黒髪でお話をしたら、聴衆は無意識に「OK」のサインを出して、「その通りです」とただ頷くだけになってしまうでしょう。

 

でも、そこで話している人間が金髪であれば「こんな奴の話を聴いてたまるか」という「NO」の要素が出てくる。それに対して私は、様々なエビデンスや声に基づいてお話をする。そうすると、聴いている人は、「聴いてたまるか」と思いながらも、でも「何かわかる気がする、たしかにそうかもなあ、う~ん」と考える。そうやって考えて聞いたり読んだりしてもらいたいのです。このとき、文部科学省が30年間ずっと追い求めてきた「自ら考える力」というのが育つんです。

 

誰かが言ったことを、深く考えもせず受け入れていくというのは、部活動がずっと維持されてきているプロセスと一緒です。「部活はいいものだよね」と無意識に「OK」のサインを出して、それ以上は考えない。大学でも、講演会場でも、どんな場であれ、私は自ら学び、考える力のある人を育てたいんです。

 

 

――そのために金髪にされているんですね。

 

さらに言うと、黒髪は学校あるいは権威の象徴だと思っています。黒髪こそが正しいし、茶髪の生徒はおかしい。そこでもし金髪の私が何か言ったときに、「お前は金髪だから話を聞かない」という態度をとることは、はたして教育なのか、というメッセージを私は一貫して訴えたい。どんなに正しいことを言ったとしても、髪の色だけでその説明が否定されるのだとしたら、この社会に未来はありません。

 

相手がどんな人間であれ、同じように相手の話を聞くというのが、私はアカデミズムのいちばん大事なところだと考えています。相手の髪の色がどうだとか、出身がどこで、性別が何で、何歳かということは問わずに、今この話題について一緒に議論をしましょう、という態度を維持することは大学の使命であり、そういう空気をもっと作りたいと思っています。 

 

 

本当は研究をやりたい。でも…… 

 

――内田先生は、日本教育社会学会などの機関誌に研究者として論文を発表される一方で、Yahoo! ニュースなどの様々な媒体で情報発信を行なっています。研究者として情報発信をしていく意義や、そういった立ち位置について、最後にお話をお聞かせください。 

 

本当のことを言うと、社会への情報発信よりも、アカデミックな研究をしたいんですよ。子どもや先生の苦しみを扱うにしても、もっと緻密にデータを扱ったり、声も丁寧に聴いたりしたい。よりアカデミックな手法を使い、社会学的な目線で、深く切り込んで「これだ!」という知的興奮に出会いたいのです。

 

一方で、本書やメディアの記事で私が用いている手法はシンプルなものです。柔道事故で30年間で120人が亡くなったとか、運動部顧問のうち競技未経験者が半分であるとか、そういった主張は、専門性の高いデータ分析とはいいがたい。本当は研究者として、もっと手の込んだ理論と分析によって、若い力のある院生や大学教員と競いたいという思いがあります。

 

他方で、シンプルに問題を社会に訴えることで、社会が実際に変わっていくんですよね。例えば柔道事故についていうと、それまでは毎年3、4人亡くなっていたのに、問題を訴えた途端に、2012年から2014年まで3年連続で、死亡事故が0件になりました。それを目の当たりにすると、自分の知的興奮なんて後回しになってしまうんですよね。

 

私は人々の苦しみにもともと関心があるから、自分の発信によって「救われた」と現実に人に言われると、そっちを優先したくなりますよ。もはや社会への情報発信は、私にとって使命だと思っています。

 

 

ブラック部活動 子どもと先生の苦しみに向き合う

著者/訳者:内田 良

出版社:東洋館出版社( 2017-07-31 )

定価:

Amazon価格:¥ 1,512

単行本 ( 256 ページ )

ISBN-10 : 4491033331

ISBN-13 : 9784491033334


 

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