プロテスタンティズムと「共存の作法」

ルターの宗教改革から500年。プロテスタントを生み出したとされる宗教改革とはいったい何だったのか? ルターという人物は何を成し遂げようとしていたのか? ナショナリズム、保守主義、リベラリズムなど、多面的な顔を持つプロテスタンティズムについて、『プロテスタンティズム』の著者、深井智朗氏に話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

 

 

宗教改革前夜

 

――日本では「免罪符」とも訳される「贖宥状」ですが、「贖宥」とはどのような営為だったのでしょうか?

 

「免罪符」と言うよりは、「贖宥状」の方がよいと思います。

 

中世のキリスト教の教えの特徴は、人々に、どうすれば天国に行けるのかをわかりやすく説明したことにあったと思います。キリスト教は、人間が死後天国に行くことを妨げているものとして、ふたつの理由をあげていました。そして人間は生きている間に、それら妨げになっているものを取り除かねばならないとしたのです。

 

ひとつは「原罪」と呼ばれるもの。最初の人間とされるアダムが神との約束を破ったことで、その後の人類に遺伝し続けているものです。この「原罪」は洗礼によって消されるとされました。当時は乳幼児の死亡率がかなり高かったので、洗礼は死の直前ではなく、幼児期に行うことになりました。なにしろ洗礼を受けて罪を消さなければ、天国には行けません。そのため、死者の洗礼という制度があったほどです。

 

もうひとつは、洗礼を受けた後に犯した過ちです。これについては、司祭の前で過ちを告白し、悔い改める必要がありました。この過失を消すために、司祭は告白した人に必要な罰を与えます。罰はそれほど大げさなものではありませんでした。たとえば1ヶ月、毎朝教会の中庭を掃除する、というようなものです。

 

ところが人々はこう考え、不安になったのです。もし1ヶ月の前に死んでしまったらどうなるのか? そこでこの罰を代行するという習慣が生まれました。代行は、最初は修道士たちによる愛の行為でした。不安な人々に代わって、修道士がその罰を果たしたのです。そうしてもらえれば、万が一自分が死んでしまっても罰は行われ、天国に行くための障害は取り除かれるという理路です。これが贖宥という考え方です。

 

ところがこれは誰もが欲したことだったので、いつの間にか有料になり、贖宥状として売り出されました。また、売り手市場ですから高額となり、教皇の支配下にあり、教皇至上主義を主張するローマ主義者たちの資金源にもなったのです。

 

 

――当時の神聖ローマ帝国は、贖宥状の販売を通してローマ・カトリック教会に搾取されていたと言ってもよいと思うのですが、こうした関係性はなぜ生じたのでしょうか?

 

それについては、当時の神聖ローマ帝国の教会は、政治的支配者の所有物であったということが重要です。自らの政治的統治に正当性や権威を付与してくれるのは宗教でしたから、領民がみな同じひとつの宗教を信じるように、政治的支配者は教会を建てたのです。しかし当然のことながら、建物だけでは宗教はできません。儀式を取り仕切るのは聖職者です。その聖職者はローマから派遣してもらうか、ローマの許可を得た人たちのなかから選ばれます。

 

聖職者がいなければ宗教は成立しませんので、領主たちはローマに公然と歯向かうことはできません。逆に、ローマから派遣された聖職者たちは弱みにつけこんで、搾取を繰り返し、神聖ローマ帝国の領邦からローマにお金を流していたのです。当時の神聖ローマ帝国は300から400の領邦や自由都市の結合体ですが、領邦の領主たちのなかには、このようなローマとの不均衡な関係に不満をもっている者たちもいました。

 

これがルターの改革の前夜の状況だと言ってよいでしょう。

 

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教会制度の「再形成」をめざしたルター

 

――そして、ルターの「宗教改革」が始まるわけですが、ご著書を読んでいると一般に流布しているイメージはだいぶ様子が異なりますね。ルターという人物は正確には何をしようとしたのでしょうか?

 

西ヨーロッパのキリスト教のことをカトリックと呼びますが、ルターは、その教会の修道士であり、聖書の教師でした。しかし彼は、先ほどお話しした贖宥状の有料化や高額化の問題、あるいはローマの教皇主義者たちの神聖ローマ帝国の教会の運営についての考えを知れば知るほど、教会が制度疲労を起こしていると感じるようになりました。そこでこの制度の「修復」(Reform)が必要だと考えたのです。

 

「宗教改革」と日本では訳されますが、ドイツ語ではReformationで、正確に訳せば「再形成」という意味です。ときに誤解がありますが、ルターはプロテスタントという宗派を生み出そうとしたのではなく、カトリックからの独立を考えたのでもありません。そうではなく、今ある教会制度の「再形成」を願い、それを強い意志と勇気をもって成し遂げようとしたのです。

 

教皇も人間ですし、教会の会議も人間が行うのですから間違えることもある。そこで彼は、キリスト教という宗教の正しさの判断基準として聖書のみが重要であると考えたのです。

 

聖書は教会が生み出したものですが、一度教会の正典(Canon)として受け入れられてからは、教会の教えや教会の宗教的な行為を規定することになりました。それまでの教会が聖書をまったく無視してきたわけではありません。教会の中で一番大切な基準は、聖書「と」教皇の判断、ということになっていたのです。ルターはそれにたいして、聖書「のみ」と言ったのです。

 

 

――ルターは新しい宗派をつくろうとしていたわけではないのですね。

 

ルター自身は生涯自分がカトリックであったと考えていたはずです。

 

最近、家のリフォーム番組というのが流行していますね。築後何年も経た、使い勝手の悪くなった古い家を、匠と呼ばれる設計者がリフォームするものです。全部壊さないで、土台や柱などは残して再生します。素人がみますと、いっそ建て直してしまった方が簡単だと思えるのですが、難しい条件のなかで、何とか住みやすい、そして前よりも素晴らしい建物に修復しようとする。ルターの「再形成」のイメージはこのようなものであったと思います。

 

ですから彼はカトリックの枠組みこだわったのです。先日も10月31日に、ドイツのアウクスブルクで行われた宗教改革500年の記念礼拝に出席しましたが、改めて思いますのは、バイエルン州のルター派の教会は建築構造の点でも、儀式の点でも、カトリックと似ているということです。あとで話に出るかと思いますが、「新プロテスタンティズム」とはその点で大きく違っています。

 

もうひとつ、ルターが新しい宗派として独立しようなどとは考えていなかったと思われる理由は、ルター自身がローマとの和解を試みようとしていたふしがあることです。たとえば、ルターは有名な『キリスト者の自由』(拙訳『宗教改革三大文章』に収録)をドイツ語で書いただけではなく、ラテン語でも書いています。ラテン語でも書いた理由は、それによってラテン語でものを考える教皇側と和解しようとしたからだと思います。ドイツ語版とは論じ方や内容が違っていて、明らかに教皇側が読むという前提のもとで自己弁護的な議論がなされています。

 

 

情報革命が可能にした改革

 

――ルターの改革にはヤン・フスのような先駆者がいます。しかしヤン・フスは教会に破門され、火刑に処されました。ルターの改革が成功した理由はどこにあったのでしょうか?

 

ルターの改革が成功したと言ってよいかは分かりませんが、ルターの考えは、当時の印刷技術の発展、また各都市の印刷所の成長などによって生み出された、当時の知識人である人文主義者たちの知的ネットワークを通して、またたく間にヨーロッパ中に広がりました。それはまさに情報革命で、詳しい内容はともかく、情報が瞬時に拡散されてしまったのです。

 

もちろんSNSなどが普及した現在とは比べものになりませんが、1517年に書かれたと言われている、いわゆる「95か条の提題」などは、数週間のあいだにヨーロッパ中に広がり、複製や海賊版がつくられています。そうしますとローマの教会が正式にその内容についてコメントしたり、判断する前に、知識人たちは内容を把握してしまっていました。

 

ルターはこの新しい仕組みをうまく利用しました。そして、さまざまな発言をしていったのです。彼は当時のベストセラー作家となり、もはやカトリック教会は自由に情報を発信するルターを止めることはできませんでした。

 

すると何が起こったか? 人々は以前と違って、教会によってコントロールされた情報だけではなく、ルターの考えを彼自身の声として聞くことができるようになったのです。そうしますと教会の側は、もはや都合のよい事実だけを公にしたり、事態を隠蔽したり、秘密裏に処理することができなくなった。つまりルターについて正義にかなわないことをすることがしにくくなったのです。

 

 

政治化する宗教改革

 

――そうしたなか、ルターの提起は信仰上、教義上の問題をこえて、世俗政治にも大きなインパクトを与えます。

 

先にもお話ししたように、それは領主たちの政治的統治とその安定のために教会が不可欠だったからです。ローマと繋がることで、自らの政治的統治に何らの利益を得ていた神聖ローマ帝国の領主たちは、ルターの主張に何も魅力を感じませんでした。

 

しかしローマとの関係に苦慮していた領主にとっては、これまで主張できなかったローマへの批判を代弁してくれるルターは重要な人物となりました。当時の帝国自由都市や領主のなかには、自らが手にした経済的成功にふさわしい政治的権利を主張したいと考える者たちがいたのです。

 

そのような領主たちは、従来通りローマと繋がることと、ルターの批判を支持するのと、どちらの選択が自らの統治に資することになるのかを計算しました。ルターたちの運動も、自らが政治的に使い勝手のよい宗教であることをアピールしたのです。

 

 

――政治にとっての使い勝手のよさと言いますと?

 

ルター派の特徴は、聖書のなかにあるローマの信徒への手紙13章にある「上に立つ権威」(die Obrigkeit)という考えに対する解釈にあると思います。そこにはこう書かれています。「すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。 したがって、権威に逆らう者は、神の定めにそむく者である。」

 

この箇所を「上に立つ権威」、つまりこの世の政治的支配者の権威は神によって与えられたものなのだから、それに従うべきだという考えだとしたのです。このことは従来のカトリック教会でも言われていたことですが、この世の政治的支配原理も、神によって建てられたのだから、政治性のみならず宗教性も持っているとまで言ったことがルター派の特徴です。

 

これが当時の領主たちへのセールスポイントでした。ですから、ルターの批判や「再形成」のプログラムは、宗教的な検討、議論ももちろんなされているのですが、むしろ政治的な枠組みの問題になったのです。

 

 

――バチカンの影響力と縁を切ることを望む領主にとっては、ルター派は格好の機会を与えてくれたわけですね。

 

ザムエル・フライヘル・フォン・プーフェンドルフ(生年没年不詳)という国法学者が、1667年に『ドイツ帝国の状況について』という書物を書いていますが、そこに次のような文章があります。「この宗派と同じように君主にとって都合の良いように広まった宗教を知らない」。

 

この宗派とはルター派のことで、プーフェンドルフは政治的に使い勝手のよい宗教として、ルター派を説明したのです。さらに彼は、ルター派の特徴は「内面化された宗教性による行政機関への忠誠にある」と述べています。つまり先ほど述べた「上に立つ権威」に従うことに対する解釈と同じで、政治的支配者に従うことは、神に従うことになるという考えで、人々は君主や国家に仕えることになっているというのです。

 

ルターの運動は最終的に、神聖ローマ帝国内の300以上の領邦の領主が、彼の改革を受け入れるのか、受入れないのかという政治的駆け引きとなりました。この騒動を沈静化させるために、ルターの死後、1555年に、アウクスブルクで帝国議会が開催されます。そこで「アウクスブルク宗教平和」と後に呼ばれることになる決議が出されますが、この決議によって「領主が自分の領邦の宗教を選択し、決定できる」ことになりました。領主たちが選択した教会が、その領邦における正統的な宗派となる、という合意が成立したのです。

 

このときルター派は、領主の政治的選択を促すように、政治的支配者に寄り添い、奉仕し、仕える宗教になりました。ルター派のこうした性格は、これ以降も変わりません。近代になってプロイセン主導でドイツ統一がなされた際も、ナチズムの時代も、そして戦後になっても、基本的には国家に寄り添う宗教であり続けました。宗教改革から引き出される宗教制度や社会の「改革」というイメージとは真逆に、ドイツのルター派は体制側に寄り添う保守的な勢力であり続けたのです。

 

ちなみに、「アウクスブルク宗教平和」において、ルター派の運動は「アウクスブルク信仰告白派」として、皇帝の「古い宗教」であるカトリックと並んで法的に認められるに至りました。当然、カトリックの側はこの決議の不法性を強く主張しましたので、ルター派の側では自らの宗派が「法的」な根拠を持つと主張します。そのとき、ルター派は法的にひとつの宗派になったのです。【次ページにつづく】

 

 

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