二大政党制の国イギリスは日本政治のモデルなのか?

リーダーシップの弱体化と国民投票

 

――お聞きしていると、EU問題というのは二大政党制の揺らぎを、拡大して見せてくれた側面がありますね。

 

イギリスの首相のリーダーシップは、たとえば日本の首相などと比べても、強いというイメージがあるかと思いますし、実際強いです。そのことが、イギリス政治の安定性の要因にもなってきたでしょう。

 

その背景の一つには、二大政党制があります。どちらかの政党が必ず過半数の議席を獲得して単一の政党として与党を形成しますから、連立政権などと比べると、首相を支える力として強くなる面があります。

 

しかし、現在のイギリスでは多党化が進んできています。議席数に関してはまだ小選挙区制の効果がありますし、多党化の要因となった小政党はスコットランドや北アイルランドなどに限定された地域政党である場合も多いため、議席数自体は、個々に見れば大きなものではありません。

 

しかし、少しずつでもそれらの政党に議席数を奪われているため、二大政党が占める議席数が少なくなり、二大政党といえどもどちらかだけで過半数を占めることが難しくなっているのです。

 

実際、2010年の総選挙ではどの政党も過半数を占めることができず、戦後初めての連立政権となりました。また、2017年の総選挙でもやはりどの政党も過半数の議席を取れず、北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)からの閣外協力によってかろうじて保守党が政権を維持している状態です。

 

 

――まさにイギリス二大政党制は分解しつつあると。

 

はい。さらに言えば、過半数を超えたとしても、強いリーダーシップを発揮するためには、もう一つの前提条件があります。つまり、与党議員が一体となって首相を支えるという条件です。たとえ単一の政党で与党が形成されたとしても、党内で意見がバラバラでは、首相は党をまとめるのに苦心し、強いリーダーシップを発揮することができません。

 

今のイギリスの二大政党は、いずれもこの状態になっていると言えるでしょう。労働党の場合は右派と左派との対立で分裂直前の状況まで行きましたし、保守党の場合も、とくにEUをめぐっては大きく割れている状態です。

 

こうなると、「多数決型」の民主主義に基づき、首相が強いリーダーシップを発揮しながら安定的な政権運営を行うという、イギリスの民主主義の根幹にあったものが侵食され、「分解」していくことになります。

 

 

――そうした機能不全を補うために、国民投票が多用されるようになっていくわけですね。

 

ええ。ある争点が与党内での意見の対立を招いていることで、この状況が生まれているならば、その決定を直接有権者の意見に委ねることで、この対立に決着をつけてしまえばいい。もし、首相が望む方向で決着がつけば、与党内の対立は収束し、首相のリーダーシップも回復するでしょう。国民投票は、そのための手段として多用されるようになった面が大きいです。

 

しかし、この手段にはリスクもあります。首相の望む結果が国民投票や住民投票から得られなければ、そのリーダーシップは逆に瓦解するからです。キャメロン首相は、2011年の選挙制度改革への国民投票では成功し、また2014年のスコットランド独立を巡る住民投票でも、かろうじて目論見通りの結果を得ました。

 

しかし、2016年のEU国民投票では、残留という目論見通りの結果は得られませんでした。その結果、キャメロン首相は辞任を余儀なくされるとともに、イギリス政治をさらなる混乱へと導いたということになります。

 

 

イギリス政治から学ぶべきこと

 

――いまやイギリス政治は日本にとってのお手本とは言えない状況ですね。

 

イギリス政治は日本にとって、唯一ではないが重要なモデル・理想像の一つでした。とくに1990年代前後の日本では、自民党一党優位体制の下で実質的な政党間競争が十分に機能せず、またその自民党内では党内での調整が重視されて首相のリーダーシップが制約されるなどの点が問題視されるようになりました。

 

二大政党制というかたちで政党間競争が実質的に存在するとともに政権交代が常態化し、首相のリーダーシップも強いイギリスの政治制度は、モデルとしての価値を持ったことはたしかです。実際、小選挙区制は導入されましたし、首相や内閣のリーダーシップも高められてきています。

 

しかし、現在はその「モデル」とされたイギリス政治自体が変容してきています。その要因は、本で主に述べているような制度の分解によって、その制度に期待されていた効果が失われつつあり、そのことによって様々な問題点が生み出されるようになっている点にあります。小選挙区制でありながら多党化が進み、「民意の漏れ」が顕著になってきていること、またそのことによって政権交代も生じにくくなっていることなどが挙げられます。

 

私自身は、小選挙区制や二大政党制を軸とする「多数決型民主主義」というあり方自体は、決して否定しません。もちろんそれ自体様々な欠点を持ちますが、競争や安定性といった長所もあり、その長所を重視するのであれば、民主主義の一つの選択肢としてありうるでしょう。

 

しかしその制度が、長所とされるような効果すら発揮できないようになり、様々な問題点ばかりを生み出しているとしたら、それはもはやモデルにはなりえないのではないでしょうか。

 

 

――もうイギリスから学ぶべき点はないのでしょうか?

 

そうは思いません。だからこそ今度は、イギリスを「学ぶ」対象として見ることができるのではないかと考えています。

 

小選挙区制を採用したにもかかわらず二大政党制にならない点や、政権交代も現実味のないというかたちで政党間競争も十分に機能しないといった現象は、日本でも同様に、しかしより顕著なかたちで起きていることです。先日行われた2017年の総選挙でも、それは示されました。

 

ここで問われるべきは、イギリス同様、なぜ制度が期待された効果を持たないのか、ということです。これを考える上で、イギリスは重要な事例となります。

 

日本では、衆議院では小選挙区制と比例代表制が並立し、さらに参議院選挙や地方選挙ではまた異なった選挙制度が採用されています。イギリスで、ヨーロッパ議会選挙や地域議会選挙で比例代表制的な選挙制度が採用された結果として多党化が進んだことを踏まえれば、日本でも同様に、複数の選挙制度が採用されていることが、「二大政党制にならない」原因かもしれません。この場合、イギリスと同様のことが問題の要因になっていると考えることができます。

 

あるいはイギリスとは異なり、日本に固有の原因があるということも考えられます。たんに制度の問題ではなく、政党組織のあり方やその成熟度、有権者の政党支持の流動性の程度の違いなどにその要因を求めることもできるかもしれません。

 

この場合には、民主主義の制度を変えるだけでは十分ではないか、あるいはそもそもイギリスのような多数決型を目指さない方が良いという議論になるでしょう。また、制度採用からの時間の長さに原因を求め、日本でももう少し時間が経てば、期待された効果が発揮されるはずだという議論をすることも可能でしょう。こういった方向で考える場合でも、イギリス政治は重要な比較対象となります。

 

 

より深刻な日本政治

 

――イギリス政治と比べてみたとき、先生ご自身は日本政治をどう診断しますか?

 

先にもお話ししたとおり、現在の日本政治は、イギリス政治同様の問題を抱えている面が多いと思います。

 

たとえば、小選挙区制の下でも多党化が生じることにより、第一政党あるいは政権与党への批判票が複数の政党に分散し、第一政党が得票率に比べて過大な議席数を得るという現象がイギリスでは指摘されていますが、日本ではそれがより顕著に出ていると思います。2017年10月の衆議院議員選挙でも、「野党が共倒れした」あるいは「自民党が漁夫の利を得た」と言われましたが、まさにその状況です。

 

ただイギリスの場合には、二大政党制を形成した保守党と労働党の基盤がもともと存在し、それが揺らぐなかでのこの状況です。ですから、政権与党に有利になってなかなか政権交代が起こらず、一党優位な状況が生まれるとしても、それは揺らぎつつもまだ基盤を持つ二大政党間で「交互に」生じる現象となりえますし、今のところはそうです。保守党も労働党も、いろいろと危機的状況にあることは確かですが、分裂したり、無くなってしまったりする事態にははまだ至っていませんから。

 

しかし日本の場合は、もともと二大政党制の基盤がない状態から出発し、それを作り出そうとしているなかで起こっているため、事態はいっそう流動的であり、先が見通しにくい。さらに言えば、二大政党制を形成しうる政党の基盤を持つのが自民党だけで、もう一つの政党については新たに作り出さなければならないという状況下でそれが生じていることにより、一党優位が「交互に」すらならない可能性もあります。したがって、政党間の競争という点でも、民意の漏れという点でも、事態はイギリスより深刻と言えるかもしれません。

 

日本の問題に対して、私自身は明快な答えを持っているわけではありませんが、このように、現在の日本がイギリスと同様の問題を抱えるならば、その問題を解くヒントも、イギリス政治にあるだろうと思っています。その点においてイギリス政治は、日本政治に関わっていく人々にとっても格好の「学ぶ」対象になるのではないでしょうか。

 

本書を書くときに目標にしたことの一つは、イギリス政治の話だけを扱いながらも、日本政治にも様々な示唆を与えるものにしたいということでした。本書が、イギリス政治への理解を深めるとともに、日本政治の問題点とこれからを考える上でのヒントになれば、著者としても大変嬉しいです。

 

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